再会×誓った事×情報屋
――取引よ
――何故かって? 愚問ね、アイツらは私の一番大事なものを壊したんだもの
【再会×誓った事×情報屋】
ザバン市――の中心から少し離れた辺りにある、寂れた商店街。
は手元の地図を覗き込むと、自分の頭上より少し上にある看板を交互に見比べた。
凶狸狐の情報なのだから疑いようもないのだが、何度も地図と店名を繰り返す。
「ここ、だよな」
肩をすくめた。
なるほど、こんな場所に世界中のハンター志望者が集まるなんて誰も思わないだろう。
「へい、らっしゃい」
小太りのおじさんがフライパンを手に、視線を向けた。
「注文は?」
フライパンの上でピーマンとたまねぎが踊っている。――是非ともその野菜炒めをと言いたいところだが、はそれを飲み込み、メモに視線を落とした。
「ステーキ定食」
「焼き方は?」
「弱火でじっくり」
完璧だ。おくから出てきた愛想いいお姉さんが片手を向け促す。――「こちらへ」
はおじさんにペコリと頭を下げると、誘われるがままに個室へ足を向けた。
狭い個室には、鉄板の上に乗せられたステーキと、四つの椅子。ドアが開いた瞬間に入り口が見えるように正面の席へ腰掛け、ステーキをよそった。
「頂きます、と」
ナイフとフォークを持った瞬間に、ガクリと地面が落ちるような感覚に囚われる。――エレベーターか。肉を口に頬張ると、はコップに水を注いで飲み込んだ。
やがてドアが開き、視界が開けると、はウッと二三歩後退さった。
細い地下道には、右を見ても左を見ても人、人、人。窮屈なほどに肩を詰めている。――それがほとんど男だから洒落にならない、特有のにおいから逃れるように鼻を摘むと、えいや、とエレベーターから降りた。
「プレートです」
下を向くと、男が一人立っている。――いや、男と言う表現はこの場合適切ではないのかもしれない、何故ならばタキシードを着ているから男と読み取れるのであって、顔は――空豆に目口鼻を描きこんだようなものなのだから。
「どうも」
( 四百六番、か)
二三歩歩いたところで、辺りのざわめきに立ち止まる。
「アーラ不思議腕が消えちゃった」
その声が聞こえた瞬間、は何も見なかったぞ、と自分に言い聞かせて踵を返した。――アイツとは関わらないに越した事は無い――極度の厚化粧に身を隠した、自称奇術師のあの男とは事あるごとにからかわれた――いや、からかわれたと言うのはあくまであの男の主観であって、としてみれば、殺されかけたもいいところであった記憶しかないのだから。
「へえ、女の子か珍しいな」
片手を挙げて近づいてきたのは、中年の男。
「俺はトンパ。この中では三十五回の試験経験者で・・・まあ言うなれば、試験のベテランと言うヤツだ。分からないことがあったらなんでも聞いてくれ――これはお近づきの印だ」
懐から取り出したジュースを男が差し出す。断るのも忍びなく、が受け取ろうと伸ばした手を、
「やめといた方がいいよ。お姉さん」
どこからともなく現れた手が妨害した。気のせいだろうか、男が低く「チッ」と舌打ちしたような気がする。見ると少年で、彼は大きな瞳を細めてニヤリと笑うと、缶を指差した。
「俺みたいな人間じゃないなら、飲まないほうがいい」
意味ありげな台詞の下に、何が隠されているのかは分からない。
ただ、は缶を受け取ると、持ち運んでいたリュックの中にそれをしまいこんだ。
「どうもありがとう」
貰ったのはトンパへの良心、その場で飲まなかったのは忠告してくれた少年への良心。がリュックに直すのをさも不快そうな目で見ていたトンパは、「フンッ」と鼻を鳴らすとその場を後にしていった。
「お姉さん、面白いね。俺キルア。名前は?」
銀色のくせっ毛髪を揺らすキルアは片手にスケボー、他は何も持っていない、と、ハンター試験に臨むとはとても思えない。
「・・・お姉さんじゃない、俺は男だ」
ピシャリとそう言うと、キルアは「へー」と相槌を打つ。先ほどのトンパと言い、自分がどう頑張っても男として見えないのは重々承知している。それでも男と言い張るのは――これだけの中で女であることを隠している以上、更にその上を行く秘密はばれないだろうと考えたからだ。
「まぁ、どっちでもいいや」
あっけらかんとキルアは言うと、スケボーを抱えなおして腰を下ろした。も立ち往生しているわけにもいかない。万に一つの可能性がある以上、ヒソカに近づかないと言うのは絶対条件に含まれている。
ジリリリリリ
狭い地下道に鳴り響くベルの音。とキルアは同時に顔を上げると、ベルを持つ男を瞳に映した。
「ではこれよりハンター試験を開始いたします。さて一応確認いたしますが、ハンター試験は大変厳しいものであり、運が悪かったり、実力が乏しかったりすると、怪我したり死んだりします」
それに続く言葉を試験官は続けると、受験生に参加の有無を振り返り尋ねた。――当然だが、誰一人立ち去るものなどいない――彼らの反応に試験官は大した反応も返さず、ただ「四百六名全員参加ですね」と言葉を紡いだ。
試験官は歩いているつもりなのだろうが、辺りは確実にスピードを上げ、小走りになってきている。
「申し送れましたが私、一次試験担当官のサトツと申します。これより皆様を二次試験会場へとご案内いたします」
試験参加者達が波打ったようにざわめく。
――二次試験会場だって?
「二次試験会場まで私についてくること、これが一次試験でございます。場所や到着時刻はお答えできません。ただ私についてきてもらいます」
そう言っている間にもどんどんとスピードは上がっていく。も地を蹴ると、辺りを見回しながら走り出した。
「お姉さん、じゃないんだったよね・・・お兄さん、一緒に行こうよ」
スケボーに集まる視線が痛い。
「お兄さんはさ、なんでこの試験受けようと思ったわけ?」
は豪胆な横顔を眺めた。
「別に言いたくないなら聞かなくてもいいんだけど」
正直暇だったから聞いただけだし、とキルアが付け加えた言葉に、は口ごもった。
「人を、人を探しているんだ。ここに参加していると聞いたから、もしかしたら会えるんじゃないかと思って探しに来た」
そう、ここに居るはずなのだ、アイツが。
は改めてあたりの受験生に視線を走らせる。
「へぇ」
「お兄さん、と言うのはやめてほしいな。って呼んでくれ」
出来ることならあまり目立ちたくはない。
どこからどう見ても男装している女にしか見えない以上、「お兄さん」を連呼されるのは返って目立つ。
「、ね」
ふーんとキルアは言って、息を切らしている受験生たちを見た。――これじゃぁハンター試験も形無しだな、つまらない。彼の憂鬱げな表情が何よりもそれを物語っている。しかし何を見たのかキラリと瞳を光らせ、の腕を引っ張った。
「こっち」
走り狂う受験生の間を潜り抜けて、は駆ける。キルアは小回りがきくが、時折人にぶつかりながら進んで行くしかない。
「おい、ガキ汚ねーぞ!そりゃ反則じゃねーか、おい!」
はちきれんばかりの怒声が響き、キルアは振り返る。
「何で?」
テストは基本的に持ち込み自由。疲れた上での八つ当たりだろう、とが知らぬ振りを決め込んでいると、
「何でっておま・・・これは持久力のテストなんだぞ!」
は息をつく。
出来ることならさっさと後にしたい。が、キルアが袖を掴んでいるため出来ない。せいぜい後ろを振り返らないようにしていると、
「違うよ、試験官はついてこいって言っただけだもんね」
「ゴン、てめどっちの味方だ!」
(うぅん、うるさい)
その様子を面白そうに眺めているキルア。
いよいよ「前に行きたいから、袖を離してくれないかな?」と、出掛けた言葉は、背後から聞こえてきた声につっかえた。
「どなるな、体力を消耗するぞ」
どなるな、体力を消耗するぞ
――どうしても、出て行くと言うのだな?
は弾けんばかりの勢いで背後を振り返った。グラサンの親父と、少年。その奥に揺れる金髪の髪――。
「くら、ぴか」
小さな、本当に小さな声は彼に届くはずもない。が呟いた言葉を聞き逃さなかったのは、きっと傍にいたキルアぐらいのものだろう。彼は横目でを見ると、少年に目を戻した。
「ねえ、君歳いくつ?」
「もうすぐ十二歳」
「やっぱ俺も走ろっと」
「かっこい〜」
「失礼」
穴が開くほど見つめれば当然、クラピカはに声をかけてきた。
「どうかしたのか?」
声にならない悲鳴を上げ、口をパクパク。どうしよう、なんて言おう。帽子を深く被っているため、向こうは口元くらいしか見えていないはずだが、それでも動揺を知られるには十分だ。
「いや、あんたのその服・・・クルタ族だなと思ってな」
咄嗟の言い訳にしちゃ十分だったと思う。
現に彼は驚き、「クルタ族を知っているのか!?」と言ったのだから。
「そりゃね、俺情報屋だし」
半分正解、半分嘘。確かには情報屋だし、裏の世界に居る人間なら誰もが一度は聞いた事があるであろう。しかし、彼女がクルタ族を知っているのは
――例えば、彼女の帽子の下にある目が、あめ色の綺麗な瞳だったとしたら
――例えば、彼女の帽子の下にある目が、怒りの場面で色を帯びる特別なものだとしたら
「情報屋?」
「そ。何かあったら言ってよ、今回のよしみで安くしてあげるからさ」
おどけているようにそう言っている間にも、どきん、どきんと心臓が波打つ。
頬が熱くなって、目元が揺れる。
やっと会えたね
ずっと君を探してた。
溢れんばかりの思いは心を揺さぶるけれど、何一つ言葉に出来ないもどかしさが同時に胸を締め付ける。
「これでもお前らと同じ十代なんだぞ、俺はよ!」
その叫び声で現実へと戻されて、無意識のうちに胸元を掴んでいた手をは離した。
「「ウッソォ!?」」
「ひっでーゴンまで!もう絶交な!」
盛り上がる三人のテンションについていけないのか、肩をすくめたクラピカが列を離れて去っていく。はあっと声を挙げると、追いすがる。
「ねえ」
キルアはそんなに口を開いた。
「あれがアンタの探してる人?」
――まったく、頑固なのは直したほうがいいな、お前の場合
――お互い様じゃないの。それは
「ああ、そうだ」
――蜘蛛がクルタ族を襲ったらしい。緋の目がすべて奪われていたそうだ。
クモガクルタゾクヲオソッタラシイ
「クラピカを、止める」
――ブラックリストハンター希望だって俺の船に乗ってやがった。外見もお前が言っていた通りだったぜ・・・あれがお前の探してたやつじゃねぇのか?
クラピカに会う自信は、正直ないよ。
今更どの面を下げて会えばいいのかなんて、全然分からない。
(きっとクルタが滅びたのは私のせい。何も知らない、闇の深さを知らなかった私の責任)
(だから私は、貴方を守ると誓ったんだ)
キルアの手が袖から離れたのを合図に、は足を速める。
「・・・情報屋、ねえ」
ぽつりと、キルアが呟いた。