ドリーム小説


二振りに問答無用でかまくらに押し込まれたは、気付けば小洒落たカフェに居た。
「居ましたよ、あそこです」
「…誰だ、あれは?」
眉を潜める長谷部の視線を追うと、今度は少しばかり歳を取ったがケーキをつついている。前には若い男。
濡れたような黒髪に、黒い瞳。遠目から見ても美しい青年の姿にはまさかと言いかけた口に両手で蓋をした。



「ねぇ、さん」
「ん?」
「そろそろ俺と結婚しない?」
ブッとが吹きだすのと同時に、椎名の前に座っているも紅茶を吹きだす。ハンカチで口を押えると、伺うように椎名を見上げた。
「あのさ、祐介くん。…結婚するも何も、わたしたち付き合ってもないような」
さん、俺がさんの事好きなの分かってて、知らない振りしてるだろ」
は視線を泳がせる。
「え、いや、それは…」
「それに、さんも俺の事好きだと思うけど」
涼しげな顔でアイスコーヒーを呑んでいる椎名。対するはフォークを滑り落とすと、あたふたと両手を動かした。
「それは、その…っ、好きと言うか、好きになるのはマズイと言うか…!」
「俺十八だよ」
「いや、それも知ってるけど!」
「それから、これ」
差し出された用紙を見て、瞬き二回。
は嘘、と頬を引き攣らせた。
「審神者の、通知書?」
「うん」
「ちょっと待った。祐介くん頭も良いし、大学行ったりだとか、大きな会社継いだりだとか、霊能者の知り合いだって多いだろうのに何でわざわざ審神者に…!」
さんが審神者だから」
「!」
大きな黒目を縁どる、長いまつげ。
ついと見つめられたは真っ赤に染まる。
「だからさん、俺と結婚」
「しない!」「しませんよ」

一刀両断、長谷部と宗三が声を上げた。何で長谷部と宗三が?と言う驚いた瞳と目があって、
「わたし?」
さん?」





「ギャっ!」
再び雪が降って来た。すぐさま両腕を掴まれたは目を回す。
「もういい! お腹いっぱいだから!」
「駄目です。あんなものが主の未来などと…許せるはずがない」
意固地に引き摺られて、は手近なかまくらに放り投げられた。どすんと尻もちついたのは、固い床。見上げると、上座に座る男の背に家紋の幕が下がっている。
「あの家紋は」
まさか、と言いかけたひおりの後ろで、暗く低い声があがった。
「…織田……信長」
は身体を震わせる。振り返れば、剣呑な顔つきで信長を見ている長谷部と宗三。
あたふたしていると、外がピカリと光って稲妻が落ちた。

「ホント、今日はよく来るね。未来人に遡行軍」

頬杖をついた何気ない一言には目を剥く。
「遡行軍を…知っているんですか?」
「え、何? もしかしてお前、遡行軍?」
おっかなびっくり尋ねると聞き返されて、は慌てて首を横に振った。
「ち、違います!」
「じゃあ審神者?」
「審神者も知っていらっしゃるんですか!?」
「そりゃあね。上杉だろうと前田だろうと、武将にとっちゃ常識みたいなもんだよ。あ、そろそろ猿にも教えてやらないとか」
思い出したように手を叩いて、信長は口角を緩める。


「俺たちの刀が、天下に続くこの時間を守ってくれているとな」


どすんと雪が落ちて来る。
はびっくりした顔のまま、大雪原の上に座っていた。
「……何を泣いているんです? 長谷部」
「泣いてなどいない。お前こそ、随分締りのない顔をしているぞ」
はたまらず腕を伸ばす。珍しく素直に身を委ねて来た宗三と長谷部を一緒くたに抱きしめた。


「…刀に、守られてるんだって」
「…はい」
「全く、貴方も長谷部も酷い顔ですよ」
着物の袖で涙を拭われる。あからさまに嫌そうな顔をして、長谷部の目元も拭った宗三は息を吐いた。

「 しょうがなく守っているんですよ、と言うべきでしたね。まあ、薬研と不動への土産話にくらいにはなりますか」

「おーい、夕士くーん」
「秋音ちゃんだ。おーい、夕士くんならこっちだよー!」
「あ、 さん! 今から聖護院大根食べるんですけれど、一緒にどうですか?」
「食べる――!」
「酒もあるよー!」
「飲む――!」
黎明に明、佐藤と続々に雪道をならして歩いて来る中、龍の姿が見えたは頬を朱に染める。なんだか恥ずかしい。
(見てはならないものを見てしまった気分だわ)

すると長谷部と宗三が間に割り込むものだから、可笑しくなったは噴き出した。

「何です?」
「んーん、考え出したら難しいことは置いておいて、やっぱり今が幸せだなあと思っただけ」

後ろから、二振りの腕に手を回す。
「どっちにしろ、今を生きていかなくちゃ未来は来ない事だし、楽しんで行こー!」
「…あれが主の未来だとは思えません」
「うーん、確かにわたしも信じがたい。…けど、ま、あとは飲みながらと言うことで!」
「あまり急ぐと転びますよ」
「大丈夫、だいじょっ!?」

「だから言ったじゃないですか」


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また短編で書きたいなあなどと思ってはおりますが、ひとまずこれで本編は終了です。お付き合いいただいた方、ありがとうございました。