ドリーム小説

リュックの大半はなんと、菓子と髪染めだった。
ずらりと並べた色から愛染と秋田の髪色に近いものを選んで、てつしは赤、良次は桃色に染める。
干してある洗濯物から三振りの服を拝借して来たが障子を開くと、薄紫に染まった椎名の瞳を見ては呆気に取られた。
「カラーコンタクト?」
「うん」
「ひえー」
濡れたような黒髪に淡い紫色の瞳。体格も似ているから、薬研の服はぴったりあうだろう。
ねーちゃん、鼻に付けてたテープある?」
「うん。備品室にあったのを持って来たよ。それから、これ。まだ顕現させてない三振り」
愛染国俊に、秋田藤四郎。薬研藤四郎。
三人の前に置いて、は俯いた。
「家は、二振り目からは顕現させずに輪へ返しているの」
「輪?」
「うん。刀剣男子って言うのはね、大本の刀剣から生まれた、いわば分身なの。だから資材としても使わない刀は刀解して輪に戻す。そうしてまた、必要な本丸に顕現するのね。
この子たちもそうする予定なんだけれど。さすがに刀剣男子が刀を持ってないのは怪しまれると思うし…」
は眉間に縦皺を刻んだ。
「顕現させる前なら何かを見る事はないだろうし、影響も受けないだろうから」
「えいきょう?」
「つまり同じ刀同士、繋がってるって事だよ、リョーチン。その場にある薬研藤四郎が風邪を引いてたら、さんの薬研藤四郎に風邪が移るかもしれないって事」
「へぇ。だからおねーさんは、刀を近づけたくなかったんだね」
「うん。…そう、なんだけれど」
理解力の高さもさることながら、例えが上手い。
頭いいのね、この子。
親戚のおばさんみたいな気持ちで見ていると、服に手をかけた椎名と目があった。思わずぐりんと首を後ろに回す。

(小学生なのに…! 小学生なのに…っ、大人っぽすぎるから、見てはいけない気になっちゃう)

「できた!」
ねーちゃん、どうだ?」
「似てる。すごく似てると思う」
「ま、本当に好きで集めてる奴ならさ、俺たちがニセモノだって事くらい分かるだろ」
「その時はごめんなさいって謝ればいいしね」
「じゃああとは、鞄に戻してっと」
手当たり次第放り込んでチャックをすると、てつしはリュックサックを布団の中に突っ込んだ。手つきが慣れている。
見ると、良次も椎名も慣れた様子で工作していて、も座布団を丸めて縛ると布団の中に転がした。
これから一勝負出ると言うのになんだか楽しくなってしまう。
浮ついた気持ちを宥めて、は名刺と携帯電話をポケットに突っ込んだ。
「三人とも、ちょっと玄関まで遠回りになるけれど、左から出ましょ。短刀と脇差の部屋の前を通ると、気付かれちゃうかもしれないから」

抜き足差し足忍び足で廊下を進み、玄関から妖怪アパートへ出た三人は名刺に書かれた住所へと向かった。

「すっげ」
「さすが成金」
目の前には大豪邸。塀が高い。
見上げていると首が痛くなって、外から伺うことを早々に諦めたは、なるべく喋らないでねと念を押すとチャイムを鳴らした。
「おやおや。こんな時間に誰かと思えば、審神者のお嬢さんじゃないか」
「こん…ばんわ。夜分遅くに、このような恰好ですみません。なるべく、刀に知られたくなかったものですから」
椎名と打ち合わせた文句を口にする。
内心口から心臓が飛び出しそうだったけれど、気付かれないよう呼吸を整えて、は男を見た。
「うちの兼定はああ見えて練度が高いのでお譲りする事は出来ませんが、代わりに、顕現したばかりの三振りを持って来ました。もし御入り用ならば、お譲り致します」
「ほう」
男の唇が持ち上がる。
てつし、良次、椎名と見てもう一度「ほう」と頷いた。

「愛染国俊に、秋田藤四郎。薬研藤四郎ですな」
ほっとしたような、返って怪しくも見えて来て、は「詳しいんですね」と上っ面の世辞を並べる。

「そりゃあもう。特にそちらの――薬研藤四郎。その刀は現存していない。薬研藤四郎を持っているのは審神者だけ、と言う事になりますな」
「そう、ですね」
「良い値で買いましょう」
男は二つ返事で、たちを中へ招き入れた。
「あ、の。お譲りする条件があるのですが」
「条件?」
「お持ちの刀を、見せて頂きたいのです。愛着があるわけではありませんが、その、手入れなど、不安で…」
「ええ、ええ。構いませんよ。自慢の蔵です。見て行って下さい」
誘われたのは、小脇に立つ小さな蔵だった。南京錠がぶら下がっている。男はネックレスに繋がっている金色の鍵で南京錠を開けると、扉を開いた。

開いた、のだが。

「なかなかのものでしょう」
「…」
「……」
「………」
「…………」

何も見えなかった。
暗闇がぽっかりと口を開けている。
一寸先も見えない暗闇に、何と答えていいか分からないが戸惑う。
「泣いてる」
良次がぽつりと、落とすように呟いた。
「え?」
「助けなきゃ、おねーさん!」
「え、ちょっと」
手を取られ、は暗闇に飛び込んだ。
途端に息が苦しくなる。
「っ、良次く…!」
「リョーチン、まださんを入れちゃ駄目だっ!」
椎名の声が追って来た。でも、左右前後、どっちがどっちなのかが分からない。椎名の声は傍にいるようで、反響しているようにも思えた。

おいしそう

ほんの、耳元で声が聞こえるまでは。

「――ッ!!??」
全身の産気が逆立った。
声をあげようにもどうすれば声をあげられるのかが分からない。手を引いていたはずの良次も、いつの間にかいなくなっていた。
たった一人。
一人、とは何だろう。


わたしはどこからどこまでが、わたしだった?


「なうまくさんまんだぼだなん いんだらやそわか!」

てつしの声が響いて、ドカンと雷が落ちた。カッと指した光が蔵を照らす。
いつの間にかはしゃがみこんでいたらしく、ショーケースの中に入れられた刀剣が目に入った。
「な、に、これ」
封じの紐によって縛られている刀剣は怒りのように黒い靄を発していた。
ずらりと並んだ刀剣の靄が一つになって、再び蔵が黒霧に包まれていく。

「……はせ、べ? あっちは燭台切、骨喰に…」

見える限りの刀剣を追っている瞳から、ぼろりと涙が零れ落ちた。呼吸が苦しくなる。
「苦し…っ」
「リョーチン、さんを護れ!」

「おんかかかびさんまいえいそわか!」

ふと温かなものに包まれて呼吸が通った。ぼとぼとと床に落ちる涙は、まるで自分のものではないよう――そうか、とはようやく合点が言った。
「泣いてるのね、良次くん」
「うん、泣いてる」
良次も泣いている。次から次にあふれ出てくる涙に鼻の頭を真っ赤にして、良次はしゃくりあげた。
「還りたいって、言ってる」


「中途半端に祀られてるんだ」


言って、椎名は拳を握る。
「それなりのものは、それなりに祀らなきゃいけない。綻びから邪気が入り込んでる。もう邪気なのか、神様なのか、境目が分からない」
は手を伸ばした。ショーケースに触れた指先から、とぐろを巻くようにして何かが入り込んでくる。途端に気分が悪くなって嗚咽した。
「触れない」
「このままじゃ駄目だ。てっちゃん」
「おう! 邪気を払っちまう! なうまくさんまんだぼだなん いんだらやそわか!」


バンと弾けた音がして霧が霧散した。
刀の周りには薄靄が漂っているが、ゆらゆらと漂うばかりで霧は生まれない。
ゆっくりと指先で冷たいガラスに触れたは大粒の涙を零した。

苦しい、悲しい。辛い。

「そう、だよね。貴方たち刀剣男子は、戦う為に――斬る為に、再びこの世に生まれたのだもの」
ごめんなさい。
呟いて、は泣いた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

泣きじゃくるの手を良次が握る。反対側の手をてつしが握って、肩に椎名の温もりが触れた。


「君たち何を――うぉ!?」
崩れ落ちた男の後ろには、箒を掲げた一色。
「お、いたいた。ちゃん。おうい、見つけたよ。明さん、龍さん、佐藤さん」

「蒼龍」
「全く君たちはそんな恰好をしてまで、危ない事をして」
「時のなんちゃらは呼んだのか?」
「それはちゃんの刀に頼んだからね。もうすぐ来てくれるんじゃないかい? なんて言ったって、貴重な審神者が誘拐されたとなっちゃあ」
「嘘も方便って奴だねぇ」
「ソーちゃん、どうしてここが分かったの?」
「和泉守兼定がね。ここの住所を覚えていたんだよ。きっと俺の主は、こういう事に首を突っ込むだろうからってね」
「さすがねーちゃんの刀」
てつしがカラカラと笑うのをどこか遠くで聞いていると、そっと両目が塞がれた。

「あまり見ない方がいい。審神者と刀は繋がりやすいから」
「でも、龍さん。きっと、このままじゃ。………この刀たちは、還れない。研いで祓ってあげたいけど、たぶん、触る事すら許してくれない」


言ってる傍から泣きたくなってくる。
すると一色は隣にひょいと腰かけた。まじまじと覗き込む。

「ふぅん。ねぇ龍さん、龍さんだったらこの封印、解けるんじゃないの?」
「解けるけれど。どうするんだい?」
「そりゃあ決まってるじゃない。神様だろうと、人だろうと、口があるなら話せばいいのさ。溜まりに溜まった鬱憤を聞いてあげれば、研ぐ事くらいは許してくれるんじゃないのかい?」
「そりゃあいい」
息つくように龍が言って、おどけたように「じゃあお茶でも買ってくる?」と笑った佐藤に、明は鼻で笑った。

「供え物っていやあ、酒だろ」
「お神酒だねぇ」
「じゃあるり子ちゃんに電話して、ちょちょっとツマミを作ってもらって、酒でも持って来ようか」
「子どもたちにジュースもね、佐藤さん」
「でも」

言いかけたを、流れるような動作で一色が見る。

「君は審神者なんだろう、ちゃん。刀に心を与える君が、持ってあげる事を諦めちゃってどうするの」

龍にいち、と指差されては瞬いた。
にが龍。
さんが一色で、よんが明。ごに佐藤で、ろく、しち、はちとてつしに良次、椎名を指差した龍は微笑んだ。

「こんなに荷物持ちが居るんだ。ちょっとくらい重くても大丈夫だよ」
「そうそう。あとしまつはぜーんぶ政府に任せて、僕らはここで酒でも飲もうよ」
「ガキんちょども、来い、菓子買ってやる」
「やったー!」
てつしと良二が両手離しで駆けていく。


「龍さん、一色さん…」


ぐるりと見渡したは、隣に立つ椎名を見て、刀に目を戻した。
「わたし、審神者なの」
どろりと流れる黒い靄。
は瞳を揺らすと、決意を込めて口を開いた。


「貴方たちを輪に返す、お手伝いをさせてちょうだい」