ドリーム小説

行きかう人々の顔を背伸びしながら見ていると、堀川が駆けて来た。
「兼定いた?」
うん、と堀川は煮え切らない返事をする。
「見つけたのは見つけたんだけれど。…兼さん、誰かと話してて」
「話してた?」
は怪訝な顔をした。
しばしば心配をかけ過ぎたせいか、非番の和泉守と堀川を共につけなければ屋敷から出して貰えなかったのだが、
「ナンパとか?」
続けると、堀川は首を横に振る。

「兼さん、僕が居る事に気付いたんだ。…あの目は来るなって言ってた」
「…妙ね。国広、連れて行ってくれる?」
「うん。こっちだよ」
通って来た道中に和泉守は立って居た。
むっつりと黙り込んでいる和泉守は、遠目から見ても熱心に話掛けられている。
「主さん、知ってる人?」
「ううん。知らない。…なんか、嫌な感じがする人ね」
恰幅の良い身体を高そうなスーツに押し込んで、杖には派手な装飾。
いかにも成金が服を着て歩いていますと言わんばかりの男は分厚い唇をめくりあげるようにして笑うと、和泉守の腕を取った。
「ここにいて、国広」
「え? 主さ…!」
和泉守が振り払う。
二人の間に身体を捻じ込ませたは、再び伸びて来た男の手を払った。
「うちの兼定に何か用?」
「バ…ッ!」
「おおお。君が審神者か」
まとわりつくような視線はまるで品定めでもされているよう。なめられないよう背筋を伸ばして見返すと、男は猫なで声を上げた。
「君のように可憐な子が審神者とは、まだまだ我が国も捨てたもんじゃないなあ」
「…政府の関係者には見えませんね」
「ああ。わたしは刀集めが趣味でね。君たちの、そうだな。いわばパトロンとでも言おうか」
「パトロン?」


一応審神者は公務員な訳で、月々支給される給金はいわば税金。
基本引きこもりな職の為、相手にするのは政府の人間か同業者。そして遡行軍くらいのもので、パトロンなんて存在とは無縁の職なはず。
差し出された名刺を取るか取らぬか迷って受け取ると、男はにんまりと頬を持ち上げた。

「どうかな。ひとつ、君の和泉守くんを私に譲ってくれないか」
「はあ?」
「それなりの礼はするよ」
「…意味が分からないんですけれど――」

刀集め。
パトロン。
その二つがようやく結びついたは嫌悪を隠しきれなかった。カッと熱くなると、声を荒げる。

「ふざけないで!」
「雀の涙程の給金で、本丸を運営するのも大変だろう」
「そんな事、貴方に関係ないでしょう! 貴方こそ、審神者でもないのに刀を集めてどうするつもり!?」
「飾っているのだよ」
「飾る?」
「ああ。付喪神が宿った刀なんて目出度いじゃないか。このご時世、刀と言うのは使う物じゃない…飾るものだ。神様を祭ると言うのは、君たち審神者よりはよほど正しい行いをしていると、多少理解は得られているつもりなのだがね」
「な…、にを言ってるの、貴方? まるで」
言葉が出て来ない。
呼吸の仕方を忘れて喘いだは、ようやっと掠れた声を上げた。
「売った…審神者が居るみたいな、言い方」

男が笑う。
頭を殴りつけられたような衝撃が走って、は崩れそうになる足に力を込めた。

「お断りするわ」
「金の算段を立ててからでも遅くはないと思うが?」
「いくら積まれてもゴメンよ!」

「――さん」


突然下から掛かった声に、は一瞬気が付かなかった。
ワンテンポ遅れて視線を落とすと、いつの間にか椎名が立っている。
いつから聞かれていたのか。
澄んだ黒い瞳と目があって、毒気を抜かれたは瞬いた。
「しい、なくん」
「どうしたの?」
「え、いや、なんでもな――」
「あら、金成さんじゃない」
次いで後ろから声を掛けて来たのは、それはそれは美しい女性だった。ダークルージュのパンツスーツが良く似合う。
「椎名さん」
男が浮き足だった声をあげて、椎名、とは考えた。
(椎名!?)

美女美男は並ぶと確かに良く似ていそうだけれど、この美女、とても子どもがいるようには見えない。
美魔女は高らかに靴を鳴らして歩いてくると、男と二三言葉を交わしながら、そっとの背中を撫ぜた。
「ごめんなさいね。彼女、息子の友達なの。今からご飯の約束をしているのだけれど、お話しは今度で構わないかしら?」
「ああ、ああ。もう話はあらかた済んだんだ。気が変わったら連絡をくれよ、お嬢さん」
ようやく男が去っていく。
絡みつくような視線から解放されて、は肩の力が抜けた。
気分が悪い。思わず口を覆うと、椎名の母親は首を傾ぐ。


「大丈夫? 酷い顔色だわ」
「だ、いじょう…ぶ。です」
「そう? 良かった。社交界でもあまり良い噂を聞かないのよね、あの人」
社交界。なんと別次元な響きだこと。
俺の家、結構金持ちなんだけれどなと言った椎名を思い出したは、泡を食ったように頭を下げた。舌を噛んでしまう。
「あああり、ありがとうございました!」
「祐介が急に走り出すからびっくりしちゃったわ」
「ごめん。母ちゃん」
困っているを見かけて助けに来てくれたのだろう。
「椎名くんも、ありがとう」
しゃがんで視線を合わせると、椎名の瞳はひたとを映していた。
さん、平気?」
「平気よ。平気。ちょっとびっくりしただけ」
笑ってみせたが、何故か誤魔化せている気がしない。
見透かされているような瞳にドキドキしていると、椎名は少し考えるような素振りをしたあと、「分かった」と頷いた。

「じゃあ、またね。さん」
「うん。あの、本当にありがとうございました」
見送ってようやく胸を撫で下ろしていると、堀川が駆けて来る。

「主さん! 兼さん!」
「バカ、国広! 来るなっつったろうが! よりにもよって主を連れて来る奴があるか」
「そうなんだけど、兼さんが心配で…」
「兼定」
「あぁ?」
「名刺、貰ったりしてない?」
「あ、ああ。ここにあるけどよ」
和泉守が握っていた名刺は即座に破り捨てた。一緒に破り捨てた振りをして、自分が受け取った方はポケットに滑り込ませる。脈打つ心臓は早いのに、指先だけは嫌に冷たかった。
「兼定。国広。今ここで聞いた話は、他の刀に喋っちゃ駄目よ」
「だが主、刀剣男子が下げ渡されるっつーのはマズイんじゃねぇのか?」
「もちろんよ」

審神者が使う刀剣は、大本の刀剣から生まれるいわば分身のようなものだ。
その為同じ本丸に二振り三振り存在する男子も居る訳で、刀剣の管理こそが審神者の主だった仕事な訳だが、誤魔化しようはいくらでもある。

「政府には報告する。…けど、証拠がない以上、動けないって言われる可能性は高い」
「俺が潜入する、とか」
ぽつりと呟いた兼定をは燃えるような瞳で睨んだ。
兄貴肌なこの刀の事だ。
邪見にせず聞いていたのはそう言う目論見もあるのだろうとは気付いていたものの、口に出されると歯痒ゆくてたまらない。
「悪い」
目があった和泉守は罰が悪そうにそう言って、よし、と明るい声を上げた。


「なんか喰おうぜ」
「そう…だね、兼さん! 主さん、せっかく現世に来たんだし、何か食べよう」
「うん。…そうね、そうしよう」