ドリーム小説

夕飯を食べて、お風呂に入るまでの一時間。
いつもなら慌ただしい時間も今日は余裕があって、は机に頬を乗せると指折り数え口を動かした。
「報告書も書いたし、明日の編制も決めたし、内番の担当も決めたし、遠征と演練の部隊も決めたしー。酒でも飲むかなあ。でも酔った身体で風呂入ると回るの早いしなぁ」
誰か一緒に暇潰してくれないかなあ。
なんて考えていると、ぴこんと鳴る携帯。
手繰り寄せたが画面を見ると、差出人は古本屋と書いてある。
「写メかな? あれ違うや」
本を求めて東へ西へ。時に秘境へ赴く古本屋は、面白い物を見つけるとに写メを送ってくれるのだが、どうやら今回は違うらしい。
「なになに…骨董屋が面白いブツを手に入れたらしいぜ。暇なら居間に集合…! えー、何それ、面白そう」
行く行く、と返事をしたは立ち上がった。
季節は盆も開けて秋の入り口に差し掛かり、幾分か肌寒い。ふふーんと鼻唄を歌いながら薄い上着を羽織って、は浮かれた声を上げた。
「骨董屋の仕入れと来たらロクなもんじゃないだろうしなあ。内緒で出よう、そうしよう」
「――誰に何を内緒で出るんだ? 大将」
「そりゃぁロクな事にはならないであろう品を見に行く事は皆に内緒の方向で、に決まってるじゃあ…」
ピタッと動きを止めた
沈黙が下りる。
声がした方へ、油を注し忘れた機械のようにギギギと首を巡らせれば、満面の笑みを浮かべる薬研。
ほう、と低い声を薬研が上げて、その瞬間時が動き出したはギャッと跳び上がった。
「びっくりした!」
いつから居たのか。茶を手に持った薬研はわざとらしい程切ない声をあげると、緩く頭を振る。
「驚いたのは俺っちだ。暇を持て余しているだろう大将に茶でも持って来てみれば、内緒で出掛ける算段を立ててるんだからな」
「え、あ、いや。出掛けるって言ってもアパートだし、そんなわざわざ言うまでもないかな、みたいな」
「ロクでもないと分かってる事にわざわざ首を突っ込みに行くのにか?」
にっこりと微笑む薬研、怖い。
行くと返事したばかりにぴこんぴこんと鳴り続ける携帯を横眼で見て、は薬研との間合いを測るように目だけを動かした。
「うわぁ、薬研。お茶ありがとう、嬉しいなぁ。机に置いて置いて貰えるかな!」
薬研が動く。
心臓が鳴った。
(今だ!)
薬研が障子から離れた隙に駆けるは対して距離も稼げないうちに、背中の服を掴まれつんのめる。障子にまでも届かなかった手が空を掴み、は静かに声を上げた。
「………すいまっせん薬研さん、ついて来て貰っていいッスか?」



かくいう訳で保護者同伴となったが居間へ降りると、夕士や一色、深瀬などなど馴染みの顔に混じって知らない男の子が一人座っていた。
「お、ちゃんも来たのかい」
「お久し振りです、骨董屋さん」
やあと手を挙げる骨董屋。
手を振りかえしていると、かしこまった様子で夕士が立ち上がった。
「あ、あのさん! こいつ俺のダチで、長谷って言います。アパートに入り浸りでしょっちゅういるんで、よろしくお願いしまス!」
「夕士くんの友達なのね。どーりで若いと思った! 初めまして、って言います。よろしくね、長谷くん」
見るからに聡明そうな男の子だ。
黒い瞳がを映し、緩やかな弧を描くと、彼は居間に置いてある段ボールの中から菓子折りを取り出した。仙台銘菓、と書いてある。
「いつも稲葉がお世話になっております! つまらないものですが…!」
「え、貰っていいの? 仙台銘菓かぁ、ありがとう!」
「燭台切の旦那たちが喜びそうだな」
「だねぇ」
ほくほくとした顔でお菓子を受け取るの横には薬研。そして一期一振。
二振りを変わる変わると見た長谷は子どものような顔をした。
「あの、失礼ですが…そちらはまさか…」
一期一振は恭しく腰を折る。
「一期一振と申します」
「薬研藤四郎だ。よろしくな」
「一期一振に…薬研、豊臣秀吉に織田信長の刀…ですか?」
「良く知ってるねぇ、長谷くん」
なんて審神者になるまでは、教科書に書いてある歴史の登場人物くらいしか知らなかった。
感心した声をあげるに夕士は慌てて口を挟む。
「すいません、さん。俺喋っちゃって…!」
「ううん、大丈夫よ」
「俺、結構歴史とか好きで…」
長谷はうわごとのように言うと、口元を抑えた。
「……感動してます」
「いやいや、そんなそんな」
「嫌、。お前は褒められてないだろう」
照れるに深瀬が横槍を入れる。
ですよね、と頷いていると、長谷は瞳を輝かせた。
「今度稲葉がお邪魔する時は、是非俺もよろしくお願いします」
「は!? ちょ、長谷…! おま…っ、勝手な事を! すんませんさん、コイツがこんな浮き足立つのってホント珍しくて…! つーか長谷、簡単に言うけどなぁ、相手は神様な訳で…!」
「人の身で貴重な話を聞けるんだぞ、稲葉。これ以上贅沢な事があるか? 多少の覚悟がいるのは当然だ」
「うわお。長谷クンったら潔いねぇ」
平然と言った長谷に、一色が妙に感心したような声を上げる。
瞬いたは噴き出すようにして笑うと、夕士と長谷を交互に見た。
「是非ぜひどうぞ。夕士くんも、あまり気張らずにまた遊びに来てね」
話していると後ろから気配がして、首を巡らせると、骨董屋の召使が一人箱も持って立って居る。
背中を押されるようにして居間に入ったは薬研、一期一振と共に腰かけた。
取り出されたのはレトロなランプで首を捻る。
「何これ?」
「分かりやすく言うと、全方向型立体映写機…だな」
「立体映写機?」
「全方向型…?」
「また、怪しげな見た目に似合う怪しい名前だこと」
まじまじと覗き込んでいると、秋音の声が聞こえて来た。
「あら? さん」
「やっほー、秋音ちゃん」
「皆揃って、何が始まるの〜?」
片付け終わりの秋音をちょいちょいと手招いた骨董屋。秋音が歩み寄ってくると、無邪気に頼んだ。
「秋音ちゃん、ちょっと居間の周りに結界を張ってくれんかね?」
「何で、何かヤバイことするつもりなの?」
「違う違う。ヤバイ事じゃない。ただ念の為に、ね」
大げさな身振り手振りがかえって怪しい。
取り繕う骨董屋を見ながら、古本屋は眼鏡を光らせた。
「…こりゃ想像以上にうさんくさそうだな」
「誘ってくれてありがとう、古本屋」
「おうよ」
グッと親指を立てると、古本屋も爽やかに親指を立てる。訝しげな顔をした秋音が手早く結界を張って、恭しく礼をした骨董屋は口上を垂れた。
「では、お集りの皆さま――」
「もったいぶんなー!」
「早くしろー!」
ヤジにもめげない。
「今宵お目にかけるのは、それはそれは素晴らしいもの。腰など抜かさぬように…」
「うさんくせー!」
古本屋がはしゃいだ声をあげる。
骨董屋が胸ポケットから取り出したチップをランプに差し込み、指を鳴らすと部屋の電気がかき消えた。暗くなった居間。瞬く合間に差し込んだ強烈な光に目が眩む。
「うぉおお――!?」
「空だ!!」
ようやく目が慣れると、一同は空に浮かんでいた。
「ほう、これは面白いじゃねぇか」
薬研がニヤニヤ笑って顎を擦り、血の気を失くしている一期一振。
が面を食らったような顔をしていると、佐藤が手を叩いた。
「ワンダーウーマンにあったね! 透明な飛行機!」
「佐藤さん、古っ!」
一色が笑い転げている。
森の上を飛び、湖が見える。青い湖に、赤い湖。白い大地が見え、黄金の城が遠く光っていた。
「綺麗〜〜!」
秋音とまり子がはしゃいでいる。
は辺りを見回すと、一人零すように声を上げた。
「なんだろう、ここ…変な感覚がする」
「……この世じゃないなあ」
古本屋が苦笑する。
「それでこんな感覚なのか。神域に近いけど…少しズレてるような…」
突然大きな影が横切った。
驚いて倒れ込んだの肩を支えて、古本屋がにんまりと笑う。
「お、役得役得。ロックバードだな!」
「ロック、バード?」
恐竜だ。
それも大きい。
呆気に取られてみていると、薬研がの肩を引っ張った。
「大将。倒れるならこっちにしろよ」
「おっと残念」
いつの間にか下は森から白い砂漠へと変わっている。なめらかな大地に黄金の城。その周りをゆっくりと飛んで行く。
「ファンタジー映画に出てくる、妖精のお城みたいね」
うっとりとした秋音の声に頷いていると、突然建物が動いた。地響きを立てながら砂漠の中へ沈んで行く。
砂煙を上げた城がちらりと最後に覗かせたのは尾鰭。開いた口が塞がらない。
「…尾鰭、ってことは…」
「ええ〜〜〜っ、ひょっとしてアレ、生き物〜〜〜!?」
「砂の海に棲む魚だよ」
「砂の海に棲む」
「…魚」
顔を見合わせた一期一振はそっくりそのまま同じ表情をしていた。
唖然とした顔があまりに瓜二つで、まるで自分を見ているような気分になる。
が思わず笑うと、一期一振も口端を緩めた。
その唇がキュッと結ばれて、突然は身体を抱き込まれる。
「…薬研!」
「ああ、分かってる」
薬研はいち早く刀を抜いた。
一期一振が刀を抜く音が傍で聞こえて、はようやく二人が見ている先が目に映る。

いつの間にか背の高い男が立って居た。
黒いロングコートに身を包んだ男はついと秋音を見ると、ニヤリを笑う。

「奇門遁甲か。やるね、お嬢ちゃん」
「結界が破られた…! こんなに簡単に!?」
そうして男の目は薬研と一期一振を映し、最後にを留めると愉快気に細くなった。
「そっちは日本の神だな。となると…審神者か。見るのは初めてだ」

「…俺っち達を一発で見破るとは…」
「なかなか油断ならない相手のようですな」
緊迫した声を上げる薬研に一期一振。が固唾を呑んでいると、骨董屋が小さく呟いた。
ちゃん」
「…何?」
「アレの隙を突きたいんだが、手を貸して貰えるかな?」

が薬研と一期一振を見る。
頷いた二振りは刀を構えた。
骨董屋が手を翳すと召使が現れる。男へと襲い掛かった召使が二人、男を取り巻く結界に容易く弾かれ、駆ける薬研は叫んだ。
「大将!」
「分かってる…! 刀にわたしの力を結ぶわ!」
幸いここは神域寄り。
は二振りの刀に意識を集中する。
振りかぶった薬研の刀は弾かれると思いきや、切っ先が力づくに捻じ込まれた。ギリギリと斬れていく。男はほうと感心したような声を上げた。
「上乗せしたのか。面白い」
「いち兄! 今だ!」
「ああ!」
僅かに開いた結界の隙間を一期一振の刀が薙ぐ。
男の服が切れ、身体がくの字に曲がった折、骨董屋は嬉々とした声を上げた。
「ありがとう、ちゃん、感謝する! では諸君、さらばだ!」
一期一振の背後から飛び出て来た召使が煙玉を投げた。男の眼前で爆発する。ぼふんと上がった煙が何もかもを飲み込んで咽ていると、面々はいつの間にやら居間に戻っていた。
たがしかし骨董屋が居ない。立体映写機もない。
刀を抜いたままの一期一振と薬研がしばしの間を置いてようやく鞘へと納めると、は丸い目を瞬かせた。
「コングレッソ・ヴィエタート。ヴァチカンの奇跡狩りの連中さ」
「奇跡狩り?」
「何それ?」
ちゃんも無関係ではないんだからさ、ちょ〜っとこっち側の事も勉強しといた方がいいんでないかい」
タバコをくゆらせる古本屋に変わって、なるほどと秋音は手を打つ。
「ヴァチカン! あの人、ヴァチカンの特務員なのね? ヴァチカンにはね、一般の神父の他に、退魔とか降霊とか、霊や妖怪に直接かかわる霊能力者たちがいるの。
ヴァチカンが組織的に抱えているのよ」
「いわば裏ヴァチカン、だな」
「信じられないだろうけど、国が抱えている特務機関って結構あるのよ。いい例がほら、目の前に」
秋音の声に、夕士と長谷はを見る。
「なるほど。つまりはヴァチカン版審神者」
納得した声を上げる夕士に古本屋は気が抜けるように笑った。
「ヴァチカン版審神者って言うと近いようで遠いんだけどな。ちゃんが歴史を守っているように、アイツらはアイツらで守ってるものがある訳だ。
コングレッソ・ヴィエタートは通称、奇跡狩り。奇跡を起こすと称して大衆を惑わしそうな別次元のブツを回収して回ってる」
「どうやら骨董屋さん、目を付けられてたみたいだネ」
「骨董屋さん、だから結界を張れって言ったんだわ。全然きかなかったけど」
ぷくっと秋音が頬を膨らます。
「いやー、でも面白かった!」
「翼竜と超巨大魚はすごかったぜー!」
「それに、夕士くんで言う所のヴァチカン版審神者と、我らがちゃんの戦闘もなかなかだったんじゃないかー!?」
「もうちょっと押せば案外イケてたかもな」
「いや、イケんだろうよ」
無茶苦茶な事を言ってくれるな。
が冷静な横槍を入れると、深瀬はからかうようにして笑った。
呆れるを見ている視線を、薬研は一期一振に向ける。真摯な声を上げた。

「いち兄。戻ったら手合せ頼む」
「ああ。こちらこそ頼む、薬研。例え相手が何であろうと…主を守れぬ訳にはいかないからな」


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「いやそんな鬼気迫った顔しなくても、…もう奇跡狩りやらと戦う事はないって」
「どうだかな。大将に至ってはありそうだからな。……それよりも大将」
「こちらの遊びに入られる際は、我々に必ずご一報ください。くれぐれもおひとりで向かいませんよう」
「………あい」