ドリーム小説

次の日。予約していたあげてんかのコロッケを取りに行こうと、部屋の障子を開いたは、立ち塞がっている薬研、光忠、清光、長谷部の四振りに面食らった。
思わず身構えたに、両手を広げた光忠が声を上げる。
「主! 今日こそは共を付けて出て貰うからね!」
「えぇー」
「そもそも、何故そうまでして共を付けたがらないんです?」
声のした方を見ると、小夜の髪を結っている宗三。
いつもなら部屋でしているはずの髪結いを、何故わざわざ縁側でしているのか。
小夜が日向に目を細めている。可愛い。
が言葉に詰まっていると、また別の方から声が聞こえて来た。
「上院には、地元の人間ですら近寄らぬ…心霊スポットがあるのではなかったか?」
三日月だ。
相変わらず内番姿で黄色いバンダナを巻いた三日月が、優雅に茶を飲みながら、余計なひと言を落とす。
前方に四振り。左右に三振り。ぐるりと見渡したは、ぐ、と奥歯を噛みしめた。
「道を塞がれている…だと!?」
「そもそも大将、上院に行きたかったのは俺っちのはずだったんだがなぁ? どういう訳で、大将の遊び場が増えてるんだ?」
「それは…! 昨日も説明した通り…」
ちょっと偵察に行ったつもりが、可愛い小学生の男の子たちに癒されて、美味しいコロッケを食べたからだ。
「共を付けない理由は?」
剣呑な瞳で睨む清光は、美人なだけに迫力がある。
万年ちょっとした事で愛を疑う病に掛かっている彼の口調に気圧されて、は一歩後ろにさがった。
「だって、皆を連れて歩くと…目立つと言うか…」
どこにでもいるような女が、見目麗しい男子たちを連れてあるいていると、大層目立つ。これは、女審神者だけでなく男審神者にとっても切実な問題なのだ。
どちらかと言うと、男審神者の方が可愛そうな話が多いような気もするが、だって、後ろ指刺されて笑われた事が一度や二度ならずともある。
ごにょごにょと言い淀んだを、長谷部は一刀両断した。
「だとしても、共は連れて行って頂きます」
「そうだそうだー」
「言ってやれ、長谷部。伊達に堅物拗らせてンだ。こういう時に使わなくてどうする」
「薬研、それは支援してるのか?」
「もちろんだ」
真顔で頷いた薬研に、二の句を告げない長谷部は、誤魔化すように咳払いした。
「ともかく、共はお連れ下さい。主」
「分かった、分かったから」
頭痛を抑えるようにこめかみに手を添えたは、ぐるりと男子達を見回した。そうして、頭の中で今日の振り分けと照らし合わせて、口を開く。
「じゃあ、青江と鶴丸で!」



「そこで俺を選ぶとは驚きだな。さすが君だ」
ははは、と笑う鶴丸に、は肩を竦める。
「あんな血走ってる子たちの中から選ぶ事なんて、わたしは出来ません」
下手すりゃ手合せで決めるなどといいかねない。
コロッケだって、午前中に予約している事だし、には時間が無かったのだ。
咄嗟に頭に浮かんだ青江と鶴丸に挟まれて歩きながら、はううん、と首を捻る。
「…いつから三日月まであんなに過保護になったんだろう…」
最初はどちらかと言うと、主の器を試されていたような節を感じた。
さすが天下五剣を謳われるだけあって、馴染み方が他の刀と違うものだと、はまだ見ぬ数珠丸や大典太に多少の恐怖を感じたものだ。
それが今となれば、清光や光忠、長谷部や薬研とそう変わらなく思える。
唸るに、鶴丸は笑った。
「そこは一重に言うなら、君の成せる技…なんじゃないか?」
「えー」
「君に貰った人の心、と言うやつだ。あまりそう言ってやるな」
「鶴丸に諭されるとは…」
「…一つ聞くが、君は俺を何だと思ってるんだ?」
「力持ち」
「……この間の事を根に持っているのは良く分かった」
鶴丸が頷く。
がからりと笑うと、隣を歩きながら忙しなく何かを見ている青江は、「それにしても」と目を細めた。
「君、ここを一人で歩いたのかい?」
「行きがけはね。昼から夕方にかけては、子ども達と一緒だったけれど」
「へぇ、術者…って言ったか。視える世界が随分と遠くなっている今の世に術者が居る事も驚きだが、それが子どもとは、二重の驚きだ。どうだ、青江、君には何が見えてる?」
「夜になると、随分と賑やかそうな町…かな」
ふふ、と青江が鈴の音が鳴るように笑う。
途端に背筋を冷たいもので撫でられたように震えたは、二度、三度と心に止めるように声を出した。
「夜は来ない。絶対来ない」
「それがいいだろうね」
「そうしてくれ」
両側で頷かれて、は縮こまる。
に対して良い意味で甘いこの二人が言うのであれば、聞こうと思うのは何だろう。日頃の行いか。
口うるさい…もとい、心配性の数振りに心の中で謝った時、道の角から小さな何かが飛び出して来た。
「わ!」
「おっと」
「…」
鶴丸、青江が手を伸ばして、すぐさま奥に追いやられる。
何が飛び出て来たのか分からないまま押しやられたは目を白黒とさせていたが、「ねーちゃん?」と言う聞きなれた声に視線を下げた。
「てつしくんに、良次くんに、椎名くん。どうしたの、そんなに慌てて」
てつしが握っているビニール袋。
目が行く前に、てつしは慌てた様子で捲し立てる。
「悪い、ねーちゃん、今すっごい急いでんだ!」
「そ、そうなんだ。気を付けてね」
「うん、またな!」
「またね」
手を振ったてつしが走りだした。
だが脇を通り抜けようとしたその小さな手を後ろ手に取ったのは――青江だ。

「ちょっと待った」
「何だ!?」
「君、随分可愛い子を連れているようだけれど…彼女、そのままじゃ枯れるかも知れないよ」
可愛い子。
そこに来てようやく、てつしが持っているのが花の木である事に気付く。
「それ、山茶花?」
昨日話してくれた中に、山茶花の話があった。
胸を患っている女の子が、北海道へ転校するのだと。
彼女の傍に寄り添っていたのが、山茶花の花の精だと言う話を思い出したに、てつしは俯いた。
「分かってんだ。でも、僅かな可能性でも――これが、山内美由紀が秦野のトコに行ける、唯一の方法なんだ!」
「それならなおの事。今の彼女じゃ、力が足りないかもしれない」
青江はそう言って、小さく笑う。
「主」
「え、なに!?」
「彼女に祝福を与えてあげると良い。おそらく、咲くと思うよ」
思いもかけない青江の言葉に、は虚を突かれたような顔をした。呆気に取られるの傍で、鶴丸は分かったような口ぶりで「なるほど」と腕を組む。
「ようは、鍛刀をする要領だな、にっかり青江」
「ああ。君の力と心を少し、彼女に分け与えるんだ。それは審神者である君の得意分野だろう?」
得意分野と言えば、得意分野なのかも知れないが、得意分野だからと言ってこうすると意識をしてやっている事ではない。
がぐるぐると目を回していると、青江はてつしに「貸してごらん」と花の挿し木を受け取った。
に手渡す。
「君が刀を前に、刀剣男子を呼ぶ時と同じ要領ですればいいよ」
「お、おう…?」
どうも時間が無い様子だし、あまり愚図る訳にもいかない。
同じ要領でやればいいと言うのなら、は腰を下ろすと、アスファルトの上に正座した。
両腕に花の挿し木を乗せると、目を伏せる。挿し木に意識を寄せて、チャンネルを合わせる感覚。
す、と回りの音が聞こえなくなって、静かな空間の中に、声がした。
有子、と微かな声。
鍛刀をする折に、そのような声は聞こえた事が無いので、戸惑いに一瞬ひるんだが、それでもその声はどこまでも優しく、悲しかった。
胸が熱くなる。
一緒に居たいのだと願う彼女に力を貸したくなって、は瞳を開いた。
「貴方が遠い地で咲き誇る事。心より祈っております」
口にした途端、ふわりと花の挿し木が軽くなる。
色白の女の子が嬉しそうに笑う姿が見えて、驚くの手に、挿し木の重さが戻って来た。
「…今のは」
「良く出来たね。主。それだけ与えれば…あとは彼女の力次第で、どこまでも伸びる事が出来るだろう」
青江はの手から挿し木を取ると、呆然としているてつしの手に乗せる。
「さぁ、小さな術者さん。彼女の気持ちを届けに行くんだろう?」
「お、おう! 行くぜ、リョーチン、椎名!」
「うん、てっちゃん!」
同じく目を奪われていたらしい良次が、我に返ったような声を上げる。けれどもその声に椎名が続かない事を不思議に思った良次が振り返ると、椎名はひたと、を見つめていた。
「椎名?」
魅入られたようにも見えた。
だけれど少し違う。まるで何か懐かしい物を見ているような、遠い瞳。
良次がもう一度名前を呼ぶと、椎名はハッと目を開いた。黒曜石に輝きが戻る。
「悪い。行こう、てっちゃん。リョーチン」
おねーさん、またね」
「あ、うん。またね」
そのまま三人悪は、嵐が過ぎ去るように駆けて行った。
一体何が起きたのか。まだ理解が追い付いて無い頭で立ち上がると、青江が、一番後ろを走る椎名の姿を目で追いかけている事に気付く。
「どうしたの、青江?」
が呼ぶと、青江は笑った。
「いや。一度似たものを見た事があってね」
「似たもの?」
「さぁ、コロッケを買って帰ろうか」
皆まで答えず、青江が踵を返す。
鶴丸とすれ違う最中、彼は酷く小さな声で一言呟いた。
「古い縁だ」
鶴丸にだけ投げかけられた言葉を拾った鶴丸は、僅かに目を開く。そうして彼にしては珍しく、少し詰まらなそうな顔で笑った。
「…それは今日一番の驚きだな」



あげてんかのコロッケは、本丸の男子たちに大評判だった。
また食べたいと言う声続出に、得意気に胸を張ると、もちろん共付ですよ、と長谷部がすぐさま横槍を入れる。

そんなこんなで数日。
が演練の戦績をまとめていると、すみませーん、と女の子の声が聞こえて来た。
「この声は…秋音ちゃん?」
は腰を浮かす。
薬屋が来る際はメールをすると言っていた彼女が、まず尋ねて来る事と言えば、急ぎの郵便が届いたとか、誰かが注文した小包が届いたとか。
そんな話は聞いてないけれどな、と首を傾げていると、障子が叩かれた。
「主?」
「あ、ああ。ごめん安定。秋音ちゃんの声だよね」
「うん。アパートの人みたいだよ。なんか、しいな? とか言う子どもが、主を尋ねて来てるって」
「椎名…祐介くん? どうしたんだろ。すぐ行く」
「その恰好で?」
安定が指差す恰好と言えば、演練で出向いたそのまま、審神者の装束だ。
袴を見下ろしたはそれもそうか、と頷く。
いつもなら帰ってすぐに着替えるのに、今日はそのまま書類をまとめていた。
どうしようか、と右往左往したものの、まあいいかで締めくくる。
「このまま行くよ」
「了解。ぼく、付いて行った方がいい?」
今日は近侍の安定は、さらりと付け加えた。
「あんまり遅くなるようだったら、清光が怒ってめんどくさいから、付いて行くけど」
「ううん。この恰好だし、そう遠くも行けないから、話したら戻って来る」
「分かった」
頷いた安定が下がる。
が玄関から出ると、秋音はわぁ、と声を上げた。
さんのそんな恰好、初めて見ちゃった!」
「いつもジャージだもんねぇ」
「ねぇ」
くすくすと、栗色のポニーテールを揺らして秋音が笑う。お礼を言って、持って来た下駄を突っ掛けて外に出ると、椎名は塀に背を預けて立って居た。
「こんにちわ、椎名くん」
「こんにちわ、さん」
相変わらず抑揚のない声。深い黒の瞳が、寿荘を見上げる。
「…すごい所に住んでるね、さん」
「賑やかそうでしょう?」
さん、幽霊とか妖怪とか、平気なんだ」
「あんまり得意じゃないんだけれど。寿荘には妙なのは入って来れないから、ここに居る人たちには慣れちゃった」
「へぇ」
「それにしても、どうしたの。椎名くん」
「…」
「……」
「………近くを通ったから」
「そう?」
しばしの合間を開けてそう言った椎名は、黒い短い髪を風に靡かせたまま、を見据えている。
飲み込まれてしまいそうな程深く、黒い瞳。
呆と見惚れていると、椎名はおもむろに口を開いた。
「ねぇ、さん」
「ん? 何?」
「蒼龍とは付き合ってる?」
「んん!?」
明け透けな問いに、は驚いて固まった。
慌てて首を振る。
「付き合ってないです」
「じゃあ、恋人は」
「居ない…けど…」
何だ、何しに来たんだこの子は、と今更ながら、は背に冷や汗が流れるのを感じた。
それが尋ねて来る用事とは思えないが、より二周り近くは下であろうこの少年が、何を考えているのかがにはさっぱり見えない。
あの時のイメージだと、てつしや良次が主に喋って、椎名は口数が少ないように思えた。
その彼がこんなに喋るのも驚きだが、次ぎは何が飛び出すか分からない唇に、の肝は冷えている。
「えっと、椎名く――」
「小学生は、無いか」
独り言のような言葉だったが、は音速の速さで首を縦に振った。
「俺の家、結構金持ちなんだけどな。地位もそこそこだし、顔も悪くは無いし、優良物件」
つらつらと並ぶ言葉はそりゃぁ優良物件この上無いが。
「それでも犯罪は犯罪かと」
いくら短刀で小さい男の子に慣れているとはいえ、いくら椎名が大人びた風貌だからとはいえ、法律は飛び越えられない。
は震えると、おそるおそる尋ねた。
「どうして急に…そんな話に?」
「良く分からない」
「…」
「でも、なんか…さん見てると、懐かしいと言うか…どこかで、会った事があるような気がして…。
その時俺は、たぶんさんの事好きだったんじゃないかな」
「お、おう?」
辿るような話は随分と突飛だが、椎名にも不思議な力があるようだし、そう言う既視感みたいな事を覚えるのもあるのかも知れない。
はちょっと考えた挙句、腰を下ろした。椎名と目線を合わせる。
「もしかしたら、そうだったのかも知れないけれど。でもほら、今椎名くんは椎名くんな訳だし、あんまり深く考えなくていいんじゃない?
わたしみたいに大分年の離れた女より、可愛い子たくさんいるよ」
下手すりゃ、親に歳が近いはず。
なんだか言う気の起きない言葉を飲み込むと、椎名は「ふぅん」と声をあげた。
「それもそうか」
存外椎名はあっけらかんと頷く。
そうだ、いくら大人っぽくても子どもは子ども。
寝て起きたら忘れてるとまでは行かなくても、多少の気の迷いは風邪の内。大人になるにつれて、癒えて欲しい傷が一つ増えるだけ。
良かった、と内心安堵するに、椎名はちょっと首を横に傾いだ。
「審神者って、どうやったらなれるの?」
「どうだろう? わたしの場合は、適正があるって政府から人が来たけど…」
「そう」
刀剣男子と並んでも差異が無い程整った顔立ちに、真っ直ぐと見られたは腰が引けた。
「とりあえず、今日は聞きたい事聞いたし、帰ろうかな」
「う、うん。またね」
「またね、さん」
何事も無かったかのように帰って行く背中。
その背を見送ったは、どうにも立つ瀬が無くて、顔を覆った。

「…とりあえず、明日には忘れてる事を祈ろう」


あげてんかのコロッケ買いに行ったの、数日前だけど。


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「あれ、さん。こんな所で何してるんスか?」
「お帰り夕士くん。そして、聞かないで夕士くん」
「いやぁ、そりゃぁもう盛大に告白されてたねぇ、ちゃん。小学生の男の子相手なんて、ちょっとした自慢かもよ?」
「…! 一色さん、明さん!? いいいいいいつからそここここに…っ」
「いやぁ、門の外でも意外と聞こえるもんだな」
「すごい所って言うのはある意味褒め言葉だよねぇ」
「…つまりは、最初っからって事ですか」
「え!? コクられたんスか!? それも小学生!?」
「夕士くん、声がデカい…ッ!」
「じゃあ、まあ、ちゃんが小学生に告白された記念に、カンパーイ!」
「だから一色さ、声でかい――ッ!!」

あっという間に広まりました。