ドリーム小説
その日雑務で机に向かっていたは、ふと本丸の外に見知った気配を感じて顔をあげた。
思わず笑うと、ペンを置き、腰をあげる。
ちょうどその時襖が叩かれ、「主」と言う長谷部の固い声に、は笑い声をあげた。
「分かってるわ。龍さんが来たのね?」
「…はぁ」
「すぐ行きますと伝えて。それから、お茶を二つ。今日は陽も温かいし、縁側にお願いしようかな」
「かしこまりました」
長谷部の影が去って行く。
部屋を出て玄関に向かうと、涼しい顔をした龍が立って居た。
「こんにちわ、龍さん」
「突然すまないね。ちょっと近くに寄ったものだから」
「今日はそう忙しくもないんですよ。お茶飲む時間ありますか?」
「もちろん」
「晴れているので、縁側に用意して貰ってるんですよ。どうぞ」
切れ長の目が弧を描く。
所作の一つを取っても綺麗な龍は、靴を並べると、の後をついて歩き出した。
「そう言えばこの間、夕士くんがお茶をしに来てくれたんですよ」
「へぇ、そうなのか」
「街に出て、困っている所を助けて貰ったの。彼は……とてもいい子ね」
「困った? 何かあったのかな」
「ちょっと性質の悪そうなのに、付けられちゃって」
あはは、と笑うと、龍は眉を潜める。
「また君は、共を連れずに出掛けたのか。せめて神が居れば、そう近づいて来る事も無いだろうに」
呆れた声が背中にかかって、は苦笑した。
「本当に君は懲りないね」
息を吐くように龍が笑う。
縁側へつくと、お盆に乗せられたお茶が二つ、湯気をあげていた。
その傍らに座って、のんびりと茶を啜っている三日月に目を止めたは、驚いたように二回程瞬く。
「三日月」
「丁度茶が欲しくてな。長谷部に淹れて貰った」
「そうなの」
えーっと、とは三日月と龍を交互に見る。
この様子では、三日月はここを動くつもりはないようだし、わざわざ場所を変えると言うのも角の立つ話だ。
困っているを見た三日月と龍は、どちらともなく笑って、を縁側に促した。
「私は構わないよ」
「主、あまり客人を立たせたままなのは良くないのではないか?」
双方からそう言われれば渋る由もない。
腰を下ろしたは龍に茶を勧めると、自らも湯呑みに口を寄せた。
「なんだか、アパートの皆が夕士くんを可愛がるの、分かる気がするなぁ。
真っ直ぐだからこそ、ちょっと危なげで、それでいて芯の通った男の子。見てると、ハッとさせられちゃう。
こんな風に色々と吸収する事って、つい年齢に胡坐をかいて、忘れちゃうのよね」
「私からすれば、君も十分若いけれどね」
「俺から見れば、どちらも童のようなものだ」
ははは、と三日月が軽快に笑う。
龍は虚を突かれたような顔をして、のんびりと茶を飲んだ。
「確かに――神に成り得た物からすれば、どんなに年を取ったとしても、子どもと大差ないのかもしれないね」
「ああ。そう言う事だ。存分に走り回ると良い」
「走りまわる、って」
走り回る龍をあまり想像が出来ないは、思わず笑ってしまった。
麗しい見目の男だが、より二周り近くは上の年齢である。
かくいう天下五剣の一振りである三日月宗近は、一二回りなどと言う枠組みを遥かに超えている訳で、そんな彼から見れば龍との歳など、たいして変わらないのだろう。
「夕士くんは、どうだった?」
「その時は短刀たちがでむかえてくれたんだけれど、皆の話をとても楽しそうに聞いてくれたよ」
「それは良かった」
ふわりと笑った龍は、冗談めかして付け加えた。
「私はどうやら、随分と警戒されているようだからね」
「えっ」
まさかバレているとは思わなかったが、肝を冷やしたような声をあげると、龍は笑って、廊下の先を指差す。
釣られたように目を向けると、廊下の角から顔を覗かせている今剣、小夜と目が合った。
目が合うなり、サッと隠れた二振りの姿に、は拍子抜けしたように頬を緩める。
「ごめんなさい。門から尋ねて来るのなんて、他所の審神者か、政府くらいのものだから」
「確かに、神域に出入りする人間はそう居ないか。私も、君が居なければ…足を運ぶ事は無かっただろうな」
思い出したように、龍は物珍しげな目を庭に向けた。
日当たりのいい庭には、四季関係なく花が咲き乱れている。
はちょっと肩をすくめると、苦笑した。
「本当は、春でも夏でも、秋でも冬でも、季節を変えられるの。最初の頃は、それが面白くって日替わりにしてたんだけれど、体調変になっちゃってね。
やっぱり、日本人には日本の季節めぐりが一番身体に合うみたい。今となっては、現世に合わせて巡らせてるの」
「季節まで変えられるのか。どうりでここは――君の気に満ちている訳だね」
宙を仰いで、龍が微笑む。
なんだか恥ずかしくなったは俯いたが、そう言えば、と口を開いた。
「ねぇ、龍さん。上院って町にある、極楽堂って薬屋、知ってる?」
「…!」
は世にも珍しいものを見た。
いつ見ても涼やかな態をしている龍が、咽こんでいる。
慌てて背を撫ぜると、龍はこほ、と咳を零して、胸を撫で下ろした。
「どこでその名を?」
「薬研が最近、薬の配合に凝って勉強したがっててね。
乱が面白がって、インターネットでその手の薬屋を色々調べてたら、妖しげな店を見つけたって…。
てっきり、都市伝説か何かかと思ってたけれど、その様子じゃ、ホントにあるんだ。極楽堂」
「…町の子どもたちは、地獄堂って呼んでいるようだよ」
「地獄堂? なんで?」
「薬が効くからって、お使いに出されるそうなんだけれどね。店の親父が、見目も中身も、異界の住人なんだ。
それで、恐怖のお使いスポット、地獄堂」
「なるほど。子どもの発想には、頭が上がらないねぇ」
のんびりと相槌を打ったに、龍は浮かない顔をした。
「もしかして君は、あの店に行く気かい?」
「そりゃぁまあ…あるって分かった以上は。行けない距離でもないし…」
「上院には、イラズの森って言うのがあってね。地元の人間もめったに足を踏み込まない心霊スポットだ。あまり君が行くのはお勧めしないな」
「へぇ」
「へぇ、って」
の相槌を真似した龍は、くしゃりと笑う。
「懲りないなぁ、君は」
「要は遅くに行かず、近寄らなければ良い訳でしょう?」
「まあ、本当に気を付けるべきはそこじゃない気がしなくもないが…」
龍はそう言いかけて、やれやれと息を吐いた。
「……とにかく、私はあまりお勧めはしない…かな」
「龍さんがそう言うのも珍しいねぇ」
「確かに珍しいかも知れない」
げんなりとした口調で龍は言う。
脳裏に浮かんだ三人悪の笑顔を振り切るように、ゆるゆると首を横に振った。後味の悪さを茶で濁す。
龍は飲み終わった湯呑みを盆に戻すと、髪を結っている紐を解いた。
長く艶やかな髪が扇のように広がって、その内の一本を抜くと、に差し出す。
「これを」
「へ?」
「ここに居る時は…君以外の霊力を持つこの髪は、嫌がられるかも知れないけれど。
一人で出歩く時は……得に、上院に行く時は持って行くと良い。何かあった時、君を護ってくれるだろう。
骨董屋が居れば、ペンダントにでもして貰えるんだろうけれどね。あれについては、私は非公認だから」
「骨董屋、売ってるの? 龍さんの髪を、ペンダントにして?」
「ああ」
「うわー、あの人ならしそう」
本気で呆れた声をあげたは、ちょっと笑うと、龍の髪を慎重に受け取った。懐からハンカチを取り出すと、綺麗に挟み込む。
「ありがとう。あとで、お守り袋を作る事にするわ」
「…まあ、上院に居る本当に恐ろしい物には、そのお守りは効かないんだけれど」
「本当に恐ろしいもの?」
「……君が会わない事を願うよ。…会うような気もするけど」
こんなに煮え切らない龍は、本当に珍しい。
が驚いている合間に、手早く髪を結んだ龍は立ち上がった。
「そろそろお暇するよ」
「なんのお構いもなく」
「君の顔を見れただけで十分だ。また来るよ」
「ぜひぜひ。またアパートに戻れそうな時は…」
「ああ、連絡してくれ」
三日月に会釈をした龍を、玄関まで見送る。
普段はが行く先々にわらわらと出て来る刀が、龍が来た時は不思議と姿を見せないのは、やはりその力の大きさなのか。
特に何かが見える訳でもないは、いつも能天気に龍を迎えて、呑気に見送る。
手を振ったが縁側に戻ると、そこに三日月の姿は無く、茶も片付けられて居た。
首を傾げたが、部屋に戻って執務を再開し、もろもろが終わったのは、夕飯も食べ、陽が暮れたあとだった。
うん、と背伸びしたは、終わった書類を片付け、首を回す。
「風呂に入って、どっかの晩酌に合流するかなあ」
刀種、刀派、元に仕えた主、日によってどこかしらで集まって飲んでいる刀たち。太郎次郎に至っては、毎日二人で呑んでいるため、どこかの部屋に行けば御相伴にあずかれる。
そうと決まれば早めにお風呂へ、と立ち上がった時、襖が叩かれた。
返事をすると、三日月が顔を覗かせる。
「どうしたの、三日月」
「大福でもどうだ?」
「それ、今日のおやつの大福? まだあったの?」
「ああ、六つあってな。一人で食べようとも思ったのだが…なに、幸せは分かち合う方が美味かろう」
「えー、やった。じゃあ、お言葉に甘えて貰おうかな」
「大福に、酒だ」
「乙だねぇ。どうぞどうぞ」
三日月を手招いたは、箪笥の中から座布団を取り出すと敷いた。
その上に腰を下ろした三日月は、薄紙に包まれた饅頭と、酒と猪口を畳に置く。
「どれ、猪口を持て」
「ありがとうー」
三日月に酌をしてもらい、また彼の猪口に酒をつぐと、乾杯と共に口をつけた。大福を頬張ると、はんー、と声をあげる。
「やっぱりこの大福、超美味しい」
「好きなだけ食べていいぞ、許す」
「これが明日の身になると分かってても美味しいんだよねぇ」
うっとりと頬をとろけさせるを見て、三日月は緩やかに笑った。金色の月が光る瞳が、美しい弧を描く。
「さて、主」
「ん?」
「主はあの男…龍と言ったか、どう見ているのだ?」
「どう見てる、って、どういう意味?」
「なに。皆、奴を婿に取るつもりではないのかと、肝を冷やしているようだぞ」
「…」
「……」
「………え、なに、みんなまさかそれで龍さん警戒してるの?」
これには、大福の中の小豆も落ちると言うもの。
ボトッと音を立てて落ちたそれを慌てて拾ったは、三秒ルールに甘えて口に入れた。
「てっきり龍さんの力に警戒してるのかと」
「警戒、と言うよりも、神をも恐れぬその力…面白くないと思う刀の方が多いのではないか?」
「あー、小夜ちゃんの生意気って、そう言う意味合いだったんだ」
あっけらかんとは頷く。
「じゃあ今日三日月が居たのも、それで?」
思い返せば、龍が茶を飲みに来るたび、姿を見せぬ刀が多いが、必ず一人はどこか近くに居る気がする。何ともない態で控えていたり、隣の部屋から出て来たり。
が問うと、三日月はしゃあしゃあと笑った。
「今剣に買収されてな」
「いまつるちゃんに?」
「褒美はこれだ」
指を指したのは、大福。
目を丸々と開いて大福を見たは、腹を抱えて笑った。
「大福で買収されたの!? 三日月」
「ああ。今剣のをひとつ、小夜のをひとつ、燭台切と加州清光のをひとつづつに、長谷部のをふたつ、だ」
「…」
計六つ。
数のあったそれを見て、は唸った。
「どうりで長谷部、お八つの時間に居ない訳だ」
まさか二つともあげたなんて。
驚きに詰まりそうになった餅を飲み込んで、は酒を呑んだ。
「龍さんって、なんか不思議なんだよね」
「不思議、とは?」
「なんて言うか…初めて会ったのは、審神者になって、誰もわたしを知らない所に引っ越そうと思って、アパートを探していた時だったのね。
たまたま寿荘の前を通って…なんか、色んなものの混ざった気配とか、次元が混ざった気配とかに驚いて入ったら、すごく雰囲気が良くて。
まだ空いてる部屋があるって言うし、本丸に繋いでもいいって言うから、その場で契約したんだけれど。
わたしとしては、皆にあったのも、龍さんに会ったのも、同じような時期なのよ」
言いながら、酒を舐めて、宙を仰ぐ。
「これと言って、何を話した印象もないんだけれど、気が付いたら、一番良く話すようになってて、すごく気にかけてくれると言うか…」
「ほぉ。好意を持たれている自覚はあるのか」
「こ、好意…と言うと、恥ずかしいけれど」
ごにょごにょとは言葉を濁す。
「ほら、龍さんってあんな感じだから。涼しく、その…そう言う風にとれる事を言われた事はあるよ?」
「なるほど。主に気付かせるには、伝えるしか方法は無い訳だな」
「…そう言うとちょっと、すごく鈍い女みたいで嫌なんだけど」
「それで?」
の抗議の声など、まるで揺れる柳のように受け流して、三日月は先を促した。
「うん、でも、なんか龍さんって、さすが厳しい修行をした身と言うか。こう、お付き合いしたい、とか何したい、とかそう言う欲があんまりないんだと思うの。
見守ってくれてると言うか、あったかい感じ?
私の一生を、近くで見れたらそれでいいかな、みたいな事を平然と言ったりすると言うか」
「…ほう」
「実際わたしも、龍さんに恋をしている訳でもないし、でもなんか、不思議と他人のような気がしないと言うか、
そんな感じで見てるから、正直そう言う龍さんの態に助かってると言えなくもない…と言うのが現状なので、正直みんなが考えてる程、そんな甘くもない話だよ」
「なるほど」
と、言いながら三日月はようやく大福に手を伸ばした。一口含むと、頷く。
「甘いな」
「美味しいよね」
「ああ」
三日月が笑う。
その妖艶な姿には一瞬魅入りかけて、慌てて目を逸らした。
この刀に慣れても尚――時折引き込まれかける。
天性の美しさを前にして、は豪快に大福を頬張った。
「とにかく、龍さんとの事は…そんな、大福あげてまで心配して貰わなくても大丈夫だよ、ちゃんとお八つ食べてね、といまつるちゃんに言っておいてくださいな」
「…」
「え、三日月偵察に来たんじゃないの?」
てっきり偵察に来たと思ったので、洗いざらい話したまでなのだが、
僅かに驚いたような顔をした三日月に拍子抜けしたは、呆気に取られた。
三日月はしばしの間黙り込むと、ややあって、口元を緩めるようにして微笑む。
「あい分かった。伝えておこう」
それからは何を言う訳でもなく、のんびりと大福と酒を楽しんで、やがて三日月は席を立った。
「そろそろ風呂に入らねばだろう。俺は部屋へ戻ろう」
「あ、うん。おやすみ、三日月」
「ああ。――主」
「ん?」
襖に手をかけた三日月は、ふと気まぐれた猫のような態でに首を巡らせた。
「今宵ここを訪れたのは、今剣に頼まれたからではない。俺としては…そうだな。ようはこう言いたくて大福を餌に来たのだ」
廊下に足を伸ばして、襖を閉める最中。
三日月は謳うように口を開いた。
「あのような生意気なわっぱに、くれぐれも靡いてくれるなよ」
すぅ、と襖が閉まる。
瞬きも忘れて襖を見ていたは、驚いて跳ねた心臓を宥めるように撫ぜた。
「面白くないのは、三日月も一緒だったのか…」
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「みかづき!」
「どうした今剣。鬼の面でも被っているのかと思ったぞ」
「じょうだんをいっているばあいではありません。またあのおとこがきました!」
「あの男…ああ、門をくぐって来るあの人の子か」
「いりぐちとはいえ、ここはしんいきです。ひとのこがやすやすとはいってくるなど、なまいきにもほどがあります!」
「まあ、面白くない気持ちは分からなくもないが…。あれが尋ねて来るのを、止める訳にも行くまい」
「…いしきりまると、あおえもいってました。あのおとことあるじさまのあいだには、えにしがあるのだと。そのようすじゃ、みかづきにもみえているんですね」
「……今世の縁とも違うようだ。あれは、古い縁であろう。主はあの通り、審神者業以外はからきしだからな。気付いてはおらぬようだが…。
あの男のあの力を持ってすれば、見えているのだろうな。もしくは…知っていても不思議はあるまい」
「そこがまたなまいきなんです! いいですか、みかづき。いまからみかづきは、かんじゃです」
「間者?」
「ぼくのおやつのだいふく、ひとつあげます。あるじさまとあのおとこのはなし、しっかりみみにいれてくださいよ!」
「…ほぅ。大福一つで、俺を買収する気か? 今剣」
「そういうとおもいました。さよちゃんのをひとつ、しょくだいきりのをひとつ、かしゅうきよみつのをひとつ。けい、よっつでてをうちましょう」
「……ふむ」
「六つだ」
「? はせべ? いつからそこに?」
「俺のを二つやる。三日月、茶を飲みたくはないか?」
「…」
「……」
「………あい、分かった。給料分は働くとするか」
結局感情に任せて、給料分以上働いた三日月。
「やっぱりみかづきにまかせてせいかいでした!」