ドリーム小説

ウインドウショッピングを楽しむ振りをして、はガラス越しに、後ろをついて来る男たちを盗み見た。
(参ったな)
溜息を吐く合間にも手の中の携帯が震える。

どうも付けられているようだ、と送ってからと言うもの、引っ切り無しに震える携帯。
連なる文字の口調が違う事から、どうやら皆がパソコンに齧りついて、の動向を気にしている事が伺い見える。
これは本丸に戻り次第、説教を喰らうパターンの奴だ。
だからついて行くって言ったのに。
目くじらを立てて怒る刀達に囲まれた自分の姿が浮かんで、気が滅入る。

(たまには一人でゆっくり買い物でも、と思ったんだけどなぁ)

ゆるゆると息を吐きながら、肩を窄めた。

大抵のものは万屋で揃うとはいえ、たまには服を見たり、下着を見たりしたいもの。と言うのは、のお決まりな台詞である。
そんなこんなで一人出掛けたとしても、結局は皆で食べるお八つを買ってしまったり、珍しい食材を買ってしまったりするだけで、現にの両手にはずっしりと重たい袋が計四つぶら下がっていた。
刀たちとしても、そんな事はお見通し。
荷物持ちだっているでしょうと言う言葉をかいくぐって逃げて来たので、自業自得としか言いようがない。

(それにしても、嫌ぁな気配だなぁ)
佐藤の言葉を汲んで、早めにアパートに戻ろうとは思っていた。
それでもこの有り様だ。今回はよほど神の匂いが移っているらしい。
人の足音に混じって、ひたひたと後ろ暗い音が聞こえて来る気がする。
ぶるりと身体を震わせたは、気持ち早足になった。
タクシーでも乗り継いで、うんと遠回りしながら帰ろう。
背中にピタッとくっ付いて来るような陰の気を振り切るように足を動かすの後ろ手を、不意に誰かが取った。息を呑む。
さん!」
呼ばれて、振り返った。
恐怖に揺れる瞳に、夕士が映る。


「…夕士くん」
「あ、えーっと。待たせてすみません」
「え?」
「行きましょ、俺、荷物持ちますから」


夕士はの荷物を取る最中、顔を近づけると、小さな声で囁いた。
「恋人の振りしましょう。俺の腕、握って下さい」
離れた夕士の腕を、は取る。
まるで恋人のように寄り添うと、夕士の身体が僅かに緊張で強張った。
「え、えーっと。…さんの夕食、楽しみだなぁ!」
「ほんとう? 腕に寄りを振るわなきゃね」


ふふ、と無邪気を装っては笑う。
なるべく人通りの多い道を選びながら、夕士にくっつくようにして歩いていると、やがて後ろを付いて来ていた気配が途切れた。
おそるおそる振り返ったは、ガラス越しに見た男たちが居ない事を確認すると、ホッと息を吐く。
「…居なくなった」
「とりあえずさん、このまま歩きましょう。どこからか見られているかも知れないッスから」
「そうだね」
言いながらも、ようやく生きた心地を得る。
胸をなでおろすを、夕士は斜めに見下ろした。
「さっきの奴ら、何スか? なんか、妙に嫌な感じがしたんスけど…」
「多分…だけど、鬼?」
「鬼!?」
「今は昔と随分住処が違うみたい。ああいう――陰の気を持った心に棲みつく輩が増えたようだって、前に石切丸が言ってた」
「それでアイツら、ずっとさんを? でもなんで、さんに…」
「ああ、それはわたしから神気が漏れてるからだよ。この間、佐藤さんが言ってたでしょう? あまり夜遅く歩かない方がいいよ、って。
神気を帯びてるただの人間なんて、彼らから見たら、喉から手が出る程の御馳走だろうからさ」

ゾッとした顔をした夕士に小さく笑って、は首を傾げた。
「それにしても。私服とはいえ、高校生に恋人の振りをしてもらうなんて、なんだか背徳感があるわー。夏休みなんでしょう?」
「そうッス。今日はたまたまバイトが早く終わって…」
「そうだったんだ。おかげで命拾いしたわ。ありがと、夕士くん」
「いえ、そんな…!」
夕士は慌てて首を横に振ると、しばらく泳がせた視線を地面に落とす。
「正直、声を掛けるかちょっと迷ったんッスよ」
「いやいや。そりゃ当然だって、昨日今日会った女だもん。迷って当然。君子危うきに近寄らずってありがたい言葉もある事だし」
「と、言うよりもさん、自分で払ったり出来そうじゃないッスか。それが逃げてるようにみえたんで、やっぱり声かけようかな、と」

その言葉に、は面を食らったように瞬いた。
次の瞬間、破顔する。
「さすが、あの面々に囲まれてるだけあって、大人だねぇ、夕士くん。本当に困ってそうだから、手を貸してくれたんだ」
「…生意気で、すみません」
「うんうん。そう言うの、わたしはとても素敵だと思うよ」
のんびりと言いながら、は前を見た。
「確かに、払えない事もないんだけど…。
審神者は霊能者って訳でも、超能力者って訳でもないし、まあ中にはそう言う事に特化した審神者もいるんだけれど、私ときたら、力の加減が未だに良く分からなくって」
「力の加減?」
「そうそう。小さい穴に、針を通すのが苦手…みたいな。壊す勢いで叩きつけちゃうのよね。だから、あんまりしたくないの」
「…壊しちゃうんスか?」
「そりゃぁもう、完膚なきまでに。それじゃあ、どっちが襲われてるのかも分かんないでしょ?」
「確かに」
頷いた夕士に、はカラリと笑った。
「そう言う事だから、タクシー乗り継ぎながら遠回りして、巻いて帰ろうと思ってた所だったの。タクシー代も浮いたし、ホント助かっちゃった」
口ではそう言いながらも、あの時振り返ったの蒼白な顔を思えば、今は随分と落ち着いている事が伺える。
釣られたように夕士の緊張もほどけて来て、安堵している彼に、はポンと手を打った。
「そうだ、夕士くん。浮いたお金で、御礼にケーキでも買うよ!」
「え、そんな、いいッスよ!」
「若者は遠慮しなーい! どうせなら、家でお茶でも飲んで行く?」
「え!?」
「あはは。そりゃ怖いか」
言ったものの、気にしないでとが笑う。
そうして夕士の腕から手を離すと、目と鼻の先に見える高そうなケーキ屋へ軽い足取りで向かう
その背を見ながら、夕士はふと、龍の言葉を思い出した。


――君もも、ただの人間だよ。それ以上でも以下でもない。


青っ白い顔の
安心したように息を吐く
お礼を買ってくれると言う
普通に考えた時、お礼にお茶でも飲んで行くかと訊かれたら、なんと答えるだろうか。そう過った夕士は、決意を込めて拳を握った。

夕士はの後ろ背に、声をあげる。
さん!」
「ん? どうしたの、夕士くん。ケーキよりご飯とかの方がいい?」
「お茶、御馳走になります!!」
「…」
の瞳が僅かに開いた。
一瞬、とても驚いたような顔をした彼女は、口元を綻ばせるようにして笑う。
「喜んで」


は夕士に特大ケーキと、シュークリームをとんでも無い数注文した。
タクシー代より高くついたのではないかと思う箱を両手に抱えて寿荘へと戻ると、階段を登って、家のドアを開く。
先日見た、長い廊下。
は夕士を促して扉を閉めるなり、その奥へ向けて大きく声を上げた。
「ただいまぁあ!」
とたんにドタバタと無数の足音。


「あるじさま!」
「お怪我はございませんか!」
「連絡なかけん、どげん心配したと思っとーと!」
小学生くらいの子たちが、口ぐちに叫びながらアッと言う間に距離を縮めて来る。
瞬く合間に囲まれる夕士。
はあ、と言うと、渇いた笑いを浮かべた。
「しまった。安心しきって、連絡するの忘れてた」
「…兄様に、伝えなきゃ」
「ま、待って小夜ちゃん! そのまま伝えるのは止めて!」
青い髪の子どもが踵を返す背中にすがりつくような声をあげる
一番最後に歩いて来た、眼鏡をかけた少年は、そんなの傍らに立つ夕士を見上げた。
「大将、そっちは?」
「同じアパートに住む夕士くん。颯爽と現れてね、助けてくれたの」
「颯爽と、って、そんなカッコよくは無いッスよ」
実際、しばらく右往左往していたのだ。
そんな夕士の胸中を知る由もない子どもたちは、感服したような声を口ぐちに上げると、らしくない態で頭を下げた。

「主君を助けて頂き、本当にありがとうございました」
「おんにきます、ゆうし」
「あ、いや、そんな…」
「それでね。お茶を御馳走したいんだけれど…」
「そう言う事なら、歌仙と燭台切に伝えて来るぜ!」
「ありがと、愛染。ついでにデザートにシュークリームがあるから、と伝えて」
「おうよ」
「あるじさま、持ちます」
「ありがとう、五虎ちゃん。ケーキはね、夕士くんのなの」
「分かりました。お皿に入れますね」
「よろしくね」
ケーキの箱を受け取った子ども二人が、駆けていく。
呆と見ていた夕士に、短髪の男の子が手を差し伸べた。
「大将の荷物だろ、それ」
「あ、ああ。でも…」
子どもに持たせるには、いささか重すぎる気がする。
迷っていると、男の子はくしゃりと笑った。

「見た目こんなんだから気がひけるってか? こうみえて、結構力があるんだぜ。だがま、気ぃ遣ってくれるってんなら」
くるりと男の子は後ろを向く。
「いち兄ー、大将の荷物持つの、手伝ってくれよ」
奥から男が出て来た。
青色の髪を持つ、顔立ちの整った男である。
男は夕士に頭を下げると、
「一期一振と申します。弟に聞きました。主をお救い下さったそうで、感謝しております」
そうして、ついとに目を向けた。

「主、おひとりで大丈夫だと、申されたそうですな」
「…」
「長谷部殿や加州殿を振り切って行かれたと、聞いております」
「……」
「あとで、ゆっくりと話しましょう」
「………あい」


二の句が継げるはずもなく、はコクリと頷いた。
夕士の荷物を軽々と持った男が歩き出す。その背に少年たちが続くなか、少女が一人、夕士を見上げていた。
「どうしたの? 乱」
「んー、ボクは龍って人より、こっちの方が好みかなぁ」
「…乱…」
「主には、ああいう腹黒そうなのより、こっちの人の方が似合うと思うな! もちろん、いち兄が一番似合うと思うけど! あとはまあ、百歩譲った辺りに薬研…?」
言うだけ言って、とことこと駆けていく。
その背中を見ながら、夕士はポツリと尋ねた。
「あの子も、刀剣男子…なんスよね?」
「うん、男の子なの」
「…」
靴を脱ぐと、屋敷を案内された。
古き良き日本家屋で、庭まである。
縁側を通り客間に案内されると、皿に乗せられたケーキと、紅茶が用意されていた。
机を囲むように、シュークリームを持った子ども達がいる。
皿に乗せられたシュークリームを指差して、目元を赤く塗った男の子が明るい声をあげた。
「あるじさまのは、ここにあります!」
「ありがとう、いまつるちゃん」
「主、あとで長谷部が話があるって言いよったばい」
「宗三兄さんも」
「燭台切さんも、言ってました」
「加州さんもです」
「……どうせ同じ内容だから、まとめて聞くよ…」
げんなりとした声をあげて、が手を合わせると、子どもたちは揃って「いただきます」と声をあげた。
夕士もそれに習うと、さっそくフォークを握る。
「頂きます」
「どーぞどーぞ」
一口食べると、とんでもなく美味しかった。
値段が張る味がする。
んま、と夕士が声をあげると、おいしいですね、と男の子が頷いた。

「当然スけど、みなさん…その…」
「かたなですよ。みーんな、あるじさまのかたななんです」
「オレらは短刀なんだぜ」
「さっきのいち兄は、太刀なんだよ」
そう言えば、先日会った鶴丸と言う男も自らを太刀だと言っていた。
どうやら刃の長さで外見も変わるらしい、と夕士はケーキを飲み込む。

「たとえばどんな…」
「ゆーしは、れきしにきょうみがありますか!?」
夕士の言葉を遮って立ち上がった男の子は、瞳を輝かせた。
「ぼくは今剣。よしつねこうの、まもりがたなだったんです」
「義経って…源?」
「はい! なんなら、よしつねこうのおはなし、きかせましょうか!?」
「ぜ、是非お願いしまス!」
何故だか背筋を伸ばしてしまう夕士。
それからは、刀から見た義経公の話し、歴史の話、渡り歩いた主の話など、教科書や小説では聞いた事もないような話に、アッと言うまに時間が経った。
ケーキも完食して、紅茶を飲み終えてもなお、話に聞き惚れていた夕士に、は笑うと立ち上がる。
「お茶のおかわり持ってくるね」
「あ、いや、そんな長いするのも悪いんで…!」
「夕士くんさえ都合が良ければ、あと一杯飲んで行って。きっと話は尽きないから」
「大将、俺が行こうか?」
「ううん。薬研のシュークリームを三分の一貰った身としては、動いてカロリーを消化したい所」
「そうか。じゃぁ、頼む」
ちなみにあと三分の一を食べた秋田は、一生懸命話している。
そんな光景を微笑ましく見ている薬研に、夕士は声を高くした。


「今度長谷にも聞かせたいぜ…!」
「はせ? ゆーしのおともだちですか?」
「ああ。長谷泉貴って言うんだけど、そいつすっげぇ頭良くて、だからきっと皆の話とか俺以上に思う所があるんじゃねぇかって…!」
よほど話しに興奮したのか、口調にまで気が回っていないらしい夕士は、あ、と小さく声を上げた。
「ああ、名前か」
薬研は事も無さ気に言うと、少し笑う。
「気にすんな。俺達は別に、とって喰ったりも、隠したりも興味ねェからな」
「あるじさまも、アパートの方たちにはって呼ばれてるんですよね。ぼくたち、知ってます」
「まぁ、大将の場合は本名じゃないだろうけれどな」
「薬研や加州さんとかが、隙あれば隠しちゃおうって思ってるのバレてるんじゃないぃ?」
にやにやと、乱が笑う。
「おいおい、いち兄を棚に上げるつもりか? 乱」
「いち兄は、ぼくたち置いて行ったりしないもの」
あっけらかんと笑う乱に、呆れた顔の薬研。

神様の会話だ、と今更思い出したような顔で震える夕士を横眼で見て、薬研は口端を持ち上げた。
「ま、確かにむやみに神に名前を言わないってのは、良い心掛けだな。ましてや俺達の大半は、祀られた神って訳でも無いしな」
「たまに、審神者が消えたって話も、聞かなくもないしね」
「それでも家は――少なくとも、大将の刀は、あの人を連れて消える事も、あの人を置いて消える事も望んじゃいないよ。悲しませるだけなのは、目に見えてるからな」
「みんながいて、しあわせ、ですもんねぇ」
にこにこと今剣が笑う。

 ――君の心を分けた付喪神だ。確かに悪い子なんて居ないだろうね。

佐藤の言葉が胸を過って、夕士は思わず笑った。
「良い家族なんですね」
「ゆーしはあるじのおともだちですからね。またあそびにきてもいいですよ。こんどはぼくのきょうだいをしょうかいします」
「宗三兄さんと、江雪兄さんも」
「国行の野郎はあれだからなぁ…今度は蛍が居る時に来いよ!」
「なんならその、長谷くん? も連れて来たらいいんじゃない?」
「おい乱、あんまり軽々しく言うなよ」
「なんでー。厚は主の友達と会えてうれしくないのー?」
「そりゃ嬉しいけどよ」
「じゃあいいじゃん」
「止めとけ、厚。じゃあいいじゃん、に勝てる言葉はねーよ」
「主君も、とても嬉しそうでしたね」

「なんだかすごく賑やかだねー、なんの話?」
「あ、あるじさま! ゆーしが、いいかぞくっていってくれたんですよ!」
「そうなの? 嬉しいねー」
紅茶のポットを手にしたがくすぐったそうに笑うのを見て、薬研が少し、眩しそうに目を細める。
その姿が、先日時折龍が見せていた姿に重なって、夕士はなんだか急に恥ずかしさに駆られた。
今更ながら、見てはならないものを見た気がする。

「あるじさま、おともだちというのは、かくあるべきですよ」
「ん? 何の話?」
「とつぜんやしきのもんをたたくようなふとどきものは、あるじさまにはふさわしくありません! みかづきやこぎつねのほうが、よっぽどいいというものです」
「……もしかして、龍さんの事?」
「あん時は驚いたよなぁ、審神者以外の人間がここに入って来れるなんて、初めて聞いたぜ?」
「それで、気配がしたから寄ってみた、だもんね」
「…ちょっと、生意気だよね」
ぽつり、と青い髪をした子どもが落とす。


(龍さん、神様相手に…何したんだろう…)