白い刺客4


劉備と趙雲が呉を訪れた。
「よくぞ参られた」
孫権と劉備の挨拶を経て、夜の宴の案内。
そうして解散が申し付けられると、が動くよりも先に歩き出した趙雲は、
真っ直ぐとのもとへと歩いて来、両手を額の前で合わせた。
「ご無沙汰しております。殿」
「あ…いえ、そんなご丁寧にされずとも…。ご、ご無沙汰してます」
も丁重に頭を下げる。


趙 子龍。
相変わらずの凛々しい顔立ちに、隆々とした体躯。
見上げなければならない程高い背に、艶やかな黒髪、涼しい目元。

「赤壁以来か」
笑うと、目尻が下がる。

は思いのほか穏やかに微笑む趙雲に一瞬瞳を奪われた。
そんな自分に遅れて気が付いて、慌てて応える。
「そうですね。あの、先日は贈り物を頂き、ありがとうございました」
「嫌その…喜んで頂けたなら良かった。女性に装飾品を贈るのは慣れておらず…」
「あ、いえ、その……素敵でした」
もうちょっと地味なのが好みですとは言えないよなあ。
が苦笑すると、趙雲も困ったように眉尻を下げる。
もしかしたら思う所がバレたかしら、と、は一瞬ヒヤリとしたが、
趙雲は頬をかきながら、「情けなくも」と言葉を続けた。

殿のお気に召す所が分からず…実の所、旧知の尚香様にかなりご助力を頂いたのだ」
「えっと、うん、だと思いました」
趙雲がこの手の服を好むようにも見えない。
と、なれば末っ子属性を日頃から存分に発揮し、
基本ゴーイングマイウェイの尚香のほぼほぼ独断と偏見によって決められたは目に見えていた。


思い返せば、彼女は常日頃から、が男のような恰好で出歩く事に不服を覚えていた人間の一人であった。
城に商人が来る時は、逃げたり隠れたりしたら追いかけたり探されたりするレベルで誘われていたし、
今回は趙雲と言う断れない理由にかこつけて、積年の思いを込めた服を贈って来たに違いない。


日が暮れたら準備するから部屋に来てね、と先ほど言われたのを思い出す。
(今日は長い一日になりそうだ…)

「それから、これを」
が早くも夜を憂鬱に思い始めていると、趙雲は懐に手を伸ばした。
「?、それは?」
「南蛮平定の際、現地の品で購入致した」
「ってことは…象牙ですか?」
小さな球が連なるネックレスを受け取って、は目を丸々とする。
象牙のネックレスなんて、元の世界でもお目にかかった事がない。
が喜んだのが伝わったのか、趙雲が緩やかに頷いた。
「よく御存じですな」
「すごい、初めて見た! ありがとうございます!」
ネックレスを手に、小躍りする勢いでは飛び跳ねる。
これなら、普段の服にもよく合いそう。
さっそくつけて見ると、「お似合いです」と言われて、は恥ずかしさにはにかむようにして笑った。
すると、何となく空気が柔らかくなった気がして、は趙雲を見上げる。
「と言う事は趙雲殿、もしかして、象にも乗られたんですか!?」
「ああ」
「どんな感じでした!?」
「馬よりもずっと視界は高いが…足は遅い。勝手はやはり馬の方があるが…あれはあれで、貴重な経験だった」
「すっごい! わたし、一度乗って見たくて!」
「なら、今度蜀にいらしたらどうだ? 連れて行こう」
「うわぁ! ぜひぜひ! たのし…」
みです、と言おうとしたは、たまたま趙雲の背後が見えて、言葉を詰まらせた。
孫権と劉備が、ものすごい興味深々な顔でこっちを見ている。
ちらりと別の方を見ると、尚香と甘寧、凌統までが、皆似たり寄ったりな顔をして目を向けていた。


もしかして、晒し者?


急に押し黙ったを不思議に思った趙雲も、後ろを振り返る。
そうして状況を察したらしい彼は、に向き直ると、頭を下げた。
「申し訳ない。後にするべきでしたな」
「いえ…、趙雲殿は何も悪くないかと…」
大人気ない大人ばかりな事に問題がある。
ここの大人は、そろいも揃って見ない振りすら出来ないのか。
はため息をひとつつくと、小首を傾げた。

「趙雲殿、夜までご予定はありますか? よければ、城をご案内しましょうか?」
「嫌…私は殿の傍にいなくては…」
「そっか、そうで…」
「趙雲! 私は尚香と居るから、案内してもらいなさい!!」

間髪入れずに劉備の声が割入って来る。

「ですが…」
「大丈夫だから!」

と、劉備。
尚香と孫権が何度も頷いていた。
これにはさすがの趙雲も困り顔でを見る。
何というか、ここまであからさまに応援されると、
なりに真摯に向き合おうとしているのが、恥ずかしくなってくると言うかなんというか。

「では、お願い致す」
「はい。あとでお迎えに伺いますね」


愛想笑いに戻したは、
居心地悪いその場をそそくさと後にしようと踵を返した。
すると、陸遜が見えて。
相変わらず眉間に皺を寄せている彼が目に映った途端、の心臓はとくん、と跳ねた。


(あれ?)


びっくりして、足が止まる。

(あれ、れ?)



なんだ、今のは。


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ファン心理とすきの違いはなにか