闇雲に走っていた女審神者は腕を掴まれた。
「なっ」
そのまま引き寄せられると、どこぞの部屋に引っ張り込まれる。
「や、薬研」
「よぉ大将。その様子じゃ、まだ無事だったみたいだな」
「……無事と言っていいのかな、これは」
耳と尻尾は相変わらず。
何か大事なものを奪われたような気がしてならない女審神者が呟くと薬研は少し笑った。
「似合ってるけどな」
「どこがよ」
「ま、だからと言ってこんまんまって訳にもいかねぇしな」
「当たり前!」
「じゃ、俺っちが王子って事でいいのか? お姫様」
尋ねられて、女審神者は面を食らったように瞬いた。
「意外」
「何がだ?」
「選んでいいの?」
「逆に、選んで欲しいけどな。俺っちを」
「あぁ、なるほど」
ぽん、と女審神者は両手を打つ。
ここから出て小狐丸に見つかるのは一番避けたい事態であるし、
他に最善の策も見つからない。
もう少しすれば遠征に出ている光忠と清光が帰ってくる。
そうなるとそうなったって、非常に事態がややこしくなるのは目に見えていて、女審神者は苦いものを噛むような顔をした。
意を決して頭を下げる。
「……じゃあ、薬研にお願いします」
「おっし。じゃあ、大将。座ってくれ」
「座る? ここに?」
「ああ」
女審神者が畳に正座する。
すると、薬研を見上げる形になって、
いつもは見下げることの多い彼が下から見ると一層大人びて見えることに、女審神者はいつになく気恥ずかしさを感じた。
「あ、あのさ、薬研。なんていうか、この感じは恥ずかしいんだけど…。た、立ってじゃだめ?」
「駄目だ」
薬研の瞳が悪戯に細くなる。
ちゅ、と唇に暖かなものが触れて、
とっさに目を閉じてしまった女審神者の耳を薬研の吐息がくすぐった。
「こっちの方が、絵になるだろ? お姫様」