「大将」
布団の中でうつらうつらと船を漕いでいると、
襖の奥から聞こえてきた低い声に、女審神者は寝ぼけた眼を擦った。

「薬研?」
「ああ、俺っちだ」
「おはよう」
「おはよう」
「…………今日の近侍って、薬研だったっけ?」
「ああ!」

元気良く返って来た返事に、彼女は「そっかぁ」と言いながらあくびする。
短刀でありながら妙に大人びた雰囲気を持つ薬研だが、彼にはどうにもいただけない癖がある。


「大将の体調管理の件だが…」
「…まだその話続いてたの…」
「当たり前だろ。大将の健康が第一だ」
「健康だよ。ちょっと太っただけで…」
「そのうち膝が痛いとか」
「言わないよ! そこまで管理できなくないよ!」
「怪しいものだな」


女審神者はのろのろとした動きで布団から出てきた。
お決まりの赤い芋ジャージは寝巻き兼部屋着で着替える必要はない。
と言うのに、薬研の手にあるのは代えの芋ジャージで、
どうやら彼はこれに着替えろ。その時に体重測定と採寸な、と言いたいに違いない。


「今から?」
「昨日の夜、春雨スープ食っただろ?」
「なんで知ってるの!?」
「燭台切の旦那が吐いた」
「………光忠め…」
「俺っちの自白剤にかかれば朝飯前だ」
「自白剤!?」
「冗談だ」
「薬研が言うと、冗談に聞こえないんだけど…」

本当に作れそうな奴が言うとしゃれにならない。
女審神者は驚きと共に覚めて来た頭で多少機敏に布団をたたんだ。
そうして箪笥にしまいこむと、薬研に手を伸ばす。

「ジャージ」
「お? 計る気になったか?」
「…ようするに薬研は、わたしの身体の状態を把握したいわけだよね?」
「ああ」
「計れば満足なんでしょ?」
「もちろん」
「じゃあ計る」

現世からうっかり体重計なんて持ち込んだら、短刀達の遊び道具と化してしまった。
それならまだしも、薬研はちゃんと使い方を踏まえたうえで催促してくるから性質が悪い。

体重計とメジャー、そして代えのジャージを受け取った女審神者は、
「じゃあ、計ったら教えるから」
と言って襖を閉めた。


女審神者はそそくさとジャージに着替える。
そうして少しぽやんと天井を少し見上げた後、
「薬研、計ったよ」
なんとなく近そうな体重とウエストの報告をした。

「   と、   」

薬研が女審神者を見上げる。
大人びた眼と目があって、多少の罪悪感を憶えなくも無い。
白々しく小首などかしげた審神者に、薬研はふっと笑みを浮かべた。
「大将」
「何?」
「それ、嘘だろ?」
思っていたよりあっさりバレて、不服なのが前面に出てしまう。

「はぁ?」

「明らかに違う」
「あ、あ、明らかって」

口をパクパク開いたり閉じたり。
挙句、「何を基準に!?」と逆切れした。
薬研は縁側に紙とペンを置くとおもむろに両手で円を作る。

「……何それ?」
「今剣が作った、大将のウエスト」
「んなッ」
「これを計ったサイズと違う」
「いまつるちゃぁああああん!」

もはや半泣き。
容赦なさ過ぎる刀剣男子たちに、赤一点といえば聞こえはいいが、ようするに孤立無援の女審神者は叫んだ。
「一応わたし、女子なんですけど!?」
「もちろんだ」
平然と頷く薬研。
「刀剣とは言え、皆男の子だよね!?」
「ああ、もちろん」
「女の子の刀剣、いないのかな!?」
「話は聞かないな」
「味方が欲しいっ」
「残念だったな、大将」
「諦められた!」
ひどい、薬研の鬼!
そう叫ぶ彼女に、薬研はとつとつと尋ねる。

「で? サイズは?」
「計ってない!」
「嘘は良くないな、大将」
「計りたくない!」
女審神者は地団駄を踏んだ。
こうなったら子どもじみていると笑われようが、己を通すのみ。
「計っても絶対、薬研には教えない!」
短剣相手に恥ずかしげもなく豪語した女審神者は、薬研の横を駆けて通り抜けると、べぇ、と舌を突き出した。

「薬研のバーカ!」
そうしてすたこらさっさと駆けていく。

一方取り残された薬研は「ほぅ」と言うと、子どもの面に似合わぬ妖艶な微笑を浮かべた。

「いい根性だな、大将」


戦線は火を見るより明らかだった。
ここは、味方になる刀でも見つけてかくまってもらう作戦に方向転換をするまでもなく、
「いたいぃぃいい――!」
日頃の運動不足がたたって、見事に足が攣ったのである。


ものの数分で見事につかまった女審神者は痛めた足でろくに歩くことも出来ず、
結果、薬研に肩を借りて部屋へと戻ることになった。
箪笥に直したばかりの布団を出してもらい、横になる。

「ぅぅ…悔しい…」
「運動不足だな」
「分かってるよ!」

真正面から言われては二の句も継げない。
ぶすくれた彼女は、へぇへぇ、と下唇を突き出した。

「わたしがわるぅございました」
「思ってもない言葉を言うな、大将」
「思ってないからいえるんだよ」
「最低だな」
「なんとでもどうぞー」

相変わらず下唇は出たまま。
不満を顔に描いた女審神者を、薬研はどこか愉快気な瞳で眺めている。

「素直じゃねぇなぁ、大将は」
「ん?」
「いい勉強だ。素直じゃねぇと、こう言う目にあう」


不貞腐れていた女審神者の上に突然薬研が覆いかぶさって来た。
上乗りになった彼の眼鏡と、手の中にあるメジャーがキラリと光る。


剥がされて、計られる。


途端にぎゃぁああと断末魔のような悲鳴を上げた女審神者は両手を振り回しての抵抗を試みたが、
あっという間に薬研の片手でひとくくりにされてしまって、あわあわと泡を食っている間に、ジャージの裾に手が伸ばされた。

「薬研、自分で計る! ちゃんと計るから!」
「……ホントだな?」
「インド人、嘘つかない!」
「あぁ?」
「主、嘘つかない!!」
「素直が一番だな」
「……申し訳ござらんかった…」

もはや気分は土下座だ。

薬研はそんな彼女が顔を上げるまで待って、視線が合うと、華が咲くような笑みを浮かべる。

「大将。あんま早まって巣を突くようなマネすんなよ。
俺っちもこう見えて一応、男だからな」


じゃあ外で待ってるから、採寸よろしくな。
爽やかにそう言って出て行く薬研の姿を見送って、
女審神者はげんなりとした面持ちのまま、口を押えた。


「……なんでこう、扱いにくいのばっかりなんだ。この本丸は…」



*+*+*+*
構いたい薬研