箪笥の上に置いてあるダンボールを取ろうと、手を伸ばしたが届かない。
足先がプルプルし始め、く、と悔しげな声を上げた女審神者だったが、
ふと視線を感じて振り返ると、開け放たれた襖の向こうに立っていた宗三左文字と目が合った。

「……いつから居たの?」
「そうですねぇ。主が手を伸ばし始めた辺りから」
「結構前じゃん、それ! 手伝ってよ!」
「そうでしたか。あいにく、ただ見ているだけに慣れているもので」

そう言った宗三は、
すす、と滑るように畳の上を歩いて部屋に入ってくると、
女審神者が届かなかったダンボールをいともたやすく下ろす。
ありがとう、と言った女審神者に、彼はいいえ、と単調に言葉を返した。

「丁度良かった。小夜ちゃんにこれを渡そうと思ってたから」
「お小夜に?」
「うん、ちょっと待ってね。えぇっと…」
ごそごそとダンボールをあさっていた女審神者だったが、
ややあって、あった、と色紙を取り出した。

「何です? これは」
「折り紙って言うの。
随分昔に、綺麗な柄だったから買ったんだけれど、
買ったものの折ったりしないからしまいこんでて。小夜ちゃんの手遊びにどうかなって思ってね」

粟田口や今剣、愛染と、良く外で遊んでいるのを見かける短刀たちに比べて、小夜は圧倒的に部屋の中で見かけることが多い。
柿を食べていたり、ぼぅっと宙を仰いでいたり。
一時期は、他の短刀と馴染めずにいるのかと危惧したりもしたが、
そういう訳でもないらしく、ただ単に、あまり軽快に動く性質ではない様子。
内番のとき以外は部屋に篭りきりな事も多々ある小夜に、
折り紙をプレゼントしようと思い立ったのは、今朝方のことであった。

「折り紙、ですか…」

宗三が面妖なものでも見るような視線を下ろしている。
ただ綺麗に彩られた紙にしか見えないのであろうそれを、
女審神者は一枚取り出すと、机に置き、宗三を手招いた。

「こうするの」

鶴の折り方、と言うのはなかなか忘れられないもので、
大昔の記憶をたどりながらなのでつたないのだが、ゆっくりと鶴を折って行く。
やがて羽を広げると、珍しく宗三は興味を向けたようだった。

「なるほど」
「この本に、折り方も書いてあるから」

折り紙の折り方、と書かれた本も、一緒に差し出す。

「これ見ながら折ったら、結構楽しいかも」

「お小夜が喜びそうですね」
粟田口の短刀たちのように、いち兄、いち兄、と感情を前面に出すことこそないものの、左文字兄弟も仲が良い。
特に上二人の小夜に対する愛情の注ぎ方は、静かに流れる水のように惜しみなく注がれていく。
傍から見ていて、ほっこりした気分になるのだ。
女審神者が笑うと、宗三は眉間に僅かな皺を寄せた。

「…ですが…」
「何?」
「綺麗なだけで、飛べない鳥など……作るのは、可愛そうな気もします」
「あー」

宗三左文字は、こうしてちょこちょこと、コメントし辛い台詞を投げつけてくる。
元の主が織田信長と、確かにインパクトがあるが、
宗三といい、長谷部といい、あまり良く言わない所を見るに、よほど強烈だったに違いない。
女審神者は苦笑を浮かべると、
「そんなものかなあ」
と、鶴を指差した。

「この折り紙選んだのはね、宗三の着物の柄に良く似てるからなんだけど」
「はあ」
「例えば、えっと…ああ。これが江雪兄さんに近いかな。
そして………うん、これが小夜ちゃん」

三枚取り出して、
女審神者は藍色の折り紙を四分の一に切ると、小さくなった紙を宗三に渡した。

「はい、折るよ」
「嫌ですよ」
「まあまあそういわず」
「……仕方ないですねぇ」
「私は江雪兄さん担当ね」
「また叱られますよ」
「でもなんかほら、呼び捨ても呼び辛くない? 雰囲気的に」
「刀相手に、変な人ですねぇ」

小夜が顕現され、宗三が顕現され、
長兄である江雪がこの本丸に訪れたのは、それから少し時間が経ったあとのことだ。
小夜と宗三から、会話の端々で、
この少し神経質も優しい兄の話を聞いていた女審神者は、
いざその姿を目の前にしたとき、
『こんにちは、江雪兄さん』
と、つい口を滑らせてしまい、挙句
『貴方の兄ではありません』
一刀両断で斬られたのだ。

それ以来「江雪兄さん」「貴方の兄ではありません」は、左文字兄弟と審神者の間ではお決まりの応酬となっている。

軽口を叩きながら、
女審神者の手折るそれを真似て、宗三も折っていく。
やがて出来上がった鶴を見て、彼は小さく息を吐いた。

「自分で折ってみると、ますます面妖ですね」
「折り方発案する人って、良く考えるよねぇ。わたしには無理」
「主は不器用ですから」
「そういうこと、言う!?」
「ほら」
「ぐ…確かに、四分の一サイズの鶴の方が美しい…!」

明らかにできばえの違う鶴を見て、
女審神者はぐぬぬ、と唸るような声を上げた。

「悔しい」
「せっかくです。折ってみてはいかがです?」
つい、と残りの藍色折り紙を差し出され、女審神者は下唇を突き出した。

「やーよ」
「嫌々折らせた人の台詞とは思えません」
「……分かったわよ…」

言葉の節々に棘と距離感を感じる宗三の台詞だが、
よくよく付き合ってみると、嫌味なのではなく、こういう言い回しなのだという事に気付く。
そう気付くと、つんけんとした口調の裏にあるのは、
意外と優しい心根を持つ刀の一言だったり二言だったりするので、分かるようになると、宗三と過ごす時間は心地良くて穏やかなのだ。

かさかさと、木の葉が揺れる音が聞こえる。


女審神者がえっちらおっちらと、細かい鶴をようやくこしらえると、
ふむ、と言った宗三は、珍しく笑みを浮かべた。
「ほら」
「二回も言わないで! その為に折らせたの!?」
「並べてみると、一層分かりやすいですよ?」
「へぇへぇ。不器用でございますよ!」
優美な仕草で並べられたそれを、女審神者はすぐに退けた。

「違ったのに! 違ったのに!
わたしが言いたかったのは、難しいこと考えないで、
三つ並べると、仲良しで寂しくないよ、って言いたかっただけなのに!」
「相変わらず、伝えるのが下手な人ですねぇ。とりえは、一生懸命と言う所だけですね」
「何その通知表の最後に書いてあるフォロー的な雰囲気」
「優しさも、伝え方を間違えればただのおせっかいです」
「普通に貶されたっ」
おせっかいといわれた女審神者は、あまりのショックに打ち震えた。
そんな彼女を見て、宗三は着物の袖で口元を覆うと、目尻が下がる。

彼がこういう仕草を見せるときは楽しいときで、
どうやら冗談だったらしいことを察した女審神者はひそかに胸をなでおろした。

「ですが」
おもむろに宗三は言うと、
女審神者が並べた三つの鶴を、目を細めて眺める。

「そういう伝えられ方が心地良く感じるようになった僕は、
随分貴方に馴染んだという事なんでしょうねぇ」

「…宗三…」
「確かに、三つ並ぶと、飾られるのも悪くない気がします」
「ホント!?」
「お小夜と兄様への手土産にしましょう」

小夜へのプレゼントである折り紙と本。
そうして、女審神者と宗三で折った三羽の鶴。
その隣にあった不恰好な藍色の鶴に手を伸ばした宗三に、審神者は「待った」の声を上げた。

「それは、置いていってください」
「何故です?」
「下手だからに決まってるでしょ! 宗三のの横に並べられたら、なんか、恥ずかしいし!」
「並べませんよ。そしたら四羽になるじゃないですか」
「でしょう? ならなおさら、置いていってください」

宗三と女審神者の瞳がぶつかる。
彼は、ふ、と口端を緩めるようにして笑うと、女審神者が有無を言わぬ隙をついて、藍色の鶴を抱え込んだ。

「ちょ…!」

「いいじゃないですか」
「いくない!」
奪い返そうと手を伸ばしたが、
宗三はゆらりと立ち上がると、まるで風に揺れる柳のように女審神者の手を交わした。

すたすたと歩いて部屋を出て行く彼は、
ふと立ち止まると、思い出したように首を巡らせる。

「飾られるだけの痛みを知っている僕が、
あなたの作ったこの不恰好極まりない鶴を飾って差し上げる。

その意味が、貴方に分かりますか?」

尋ねられて、女審神者は鼻に皺を寄せた。
しばらく黙り込んで、弱く首を振る。

「ぜんっぜんわかんない」
「内緒ですよ」

くすりと笑って、宗三は審神者の部屋をあとにした。
後ろから審神者の「こら!」と言う叱責の声が投げかけられるが、
彼はまったく気にも留めない。

少し離れたあと、不意に彼は足を止めた。
手の中にある、歪んだ小さな藍色の鶴に小さく囁きかける。

「――貴方の存在は、僕だけが知って居れば十分です」

そうして、そっと袖の中にしまうと、彼は笑いながら一人呟いた。

「本当に…つくづく感情と言うのは、面妖なものですねぇ」

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小夜ちゃんはすぐに本の折り方を全てマスターしました。