「主〜」
ひょっこりと顔を覗かせた清光は、
女審神者の部屋に安定が居る事に驚き、鳩が豆鉄砲をくらったような顔で瞬いた。
「……安定?」
「あ、清光」
「あ、清光じゃないよ。何でお前、主の部屋に…」
「沖田くんの話してたんだ」
穏やか笑う彼の手元には、湯呑み。
湯気もたっていない事から、もうずいぶんと話し込んでいるのが伺える。
一方の女審神者の湯呑みは空で、彼女の周りには、せんべいの空き袋が無数に散らばっていた。
その真ん中で、女審神者はしみじみと深く頷いている。
「歴史上の偉人の話を刀から聞けるって、今更ながらすごいよねぇ〜。
今度、他の皆にも聞いてみようかな」
「今剣とか面白そう」
「そうね。源義経とか、超気になる!」
「うん。今度聞いてみよう」
「…その前にさ」
和やかに談笑する二人を遮った清光の声は、いつもよりいささか低い。
綺麗な顔の眉間に縦皺を寄せて、清光は尋ねた。
「いつの間にそんなに仲よくなった訳?」
その事に気付いて首を巡らせた女審神者が口を開くより先に、安定が答える。
「この間、定例会に行った時。沖田くんの話を聞かせて欲しいって」
「そう。わたしが頼んだの」
「ふぅん」
不機嫌そうな清光の声音を、あれほど共に居て気付かぬ安定ではない。
そっと目配せしてきた彼に、女審神者が小さく笑って答えると、彼は湯呑みを畳においた。
「主、じゃあぼく戻るから」
「うん」
「清光、あとでね」
「……うん」
小さく返事する清光の肩を叩いて、安定が部屋をあとにする。
残った清光を見据えた女審神者は、
「面白くないって顔に書いてあるよ、清光」
と、小首を傾いで微笑んだ。
仏頂面のまま、吐き捨てるように清光は言う。
「沖田くんの話なら、俺も出来るし」
「うん」
「でも、主が話を聞きたいだけじゃない事も、分かるけど」
「うん」
「――俺、すっごく面白くない!」
きっぱりとそう言った清光に、女審神者は破顔するように笑った。
腹を抱えて、太ももを叩きながら笑う彼女は、目尻の涙を拭う。
「嫌々、清光のそういう素直な所、わたしは好きだなあ」
「す、好きって! そういう言葉で機嫌取ろうとしても、ダメなんだからな!」
「はいはい。拗ねてないで」
おいでおいでと手招きすると、彼は仏頂面のまま、部屋の敷居を跨いだ。
「せんべいいる?」
「いらない」
「えー、美味しいのに」
「……どうしてもって言うなら、貰うけど」
「どうしても」
「………しょうがないなあ」
あくまで渋々といった態で、清光はせんべいの袋を破った。
女審神者も一枚取ると、一緒に齧る。
手慣れたその仕草を見ながら、清光が静かに尋ねて来た。
「主、何枚目?」
「五…?」
「じゃあ安定が十枚食べたって事?」
「八だったかなあ?」
「まったくもう。燭台切と薬研に叱られても知らないから」
「内緒って事で」
「ホントにもう」
肩でため息をついた清光に、女審神者は朗らかな笑みを向ける。
怒る方が馬鹿らしいと、清光はせんべいの味がついた指先を舐めた。
「それで? 安定とはどう?」
「清光のおかげで、話が出来るようになった!」
「俺のおかげって」
「清光がずーっと、わたしの事褒めてくれてたって安定に聞いたの。
安定が主と思ってくれてたのも、清光のおかげかなぁって」
「褒めるって……あいつ、何か言ってた?」
「何かって?」
「えーっと、何を褒めてたか、みたいな?」
「とくには聞いてないけど」
あからさまにホッとした雰囲気を見せた清光に、
女審神者は「ほぅ」と言いながら、目を細めた。
「なんだい、清光。わたしの何を褒めたんだい?」
「ちょ、どういうキャラだよ、それ!」
「直接褒めて欲しいキャラ」
「無理やりじゃん!」
うりうりと脇腹を突く女審神者に、清光が思わず笑う。
声をあげて笑う清光を見て、彼女はにんまりと口角を持ち上げた。
「清光は、良く気が付くから」
「え?」
「これから、本丸にまた刀が増えていって、そのたびに、いろんな男子が来ると思う。
清光はきっと、そのたびに色々気付いて、気を回したりすると思うけれど、それだけじゃダメだからね。
ちゃあんと面白くないって言える清光が一番大切な事、忘れちゃダメよ」
女審神者は膝立ちで一歩前に進むと、両手で清光の頬を挟んだ。
色白の頬を僅かに朱に染める彼の柔らかな頬を、ぎゅっと押す。
「ちょ、主!」
「ま、清光は不貞腐れてても可愛いからね!」
「今の顔が可愛いとは思えないんだけどッ」
「えー、可愛いのに」
「主だって…!」
「ぎゃ!」
負けず劣らず強く頬を挟まれて、女審神者は潰れたような声をあげた。
同じ顔をして見据えあう二人は気が抜けたように笑って、手を離す。
「ねぇ主?」
おもむろに声をかけられて、女審神者は瞬いた。
「なーに」
「燭台切と薬研が後ろで睨んでる」
「え!?」
「嘘だよ。本当にそうなる前に、さっさと片付けた方がいいんじゃない?俺も手伝うからさ」
「清光ー!」
うおぉお、と心臓に手を当てて泣く彼女は、なまじ冗談に受け取れなかったらしい。
清光は小さく笑うと、女審神者の脇に散らばった空の袋を一つづつ拾い集めた。
「泣いてないで、ほら、手を動かす」
「びっくりしたぁ」
「…………ホントに、しょうがないんだからなあ」
*+*+*+*+*
分かっちゃいるけど、振り回される清光。