今日は万屋へ買出しの日。
そんな日は決まって次郎太刀が酒をねだるものだがら、
結果買出しの日の夜はいつもより多めに酒を振舞って、呑んでついつい呑まれてしまう。
「気分悪い」
「大丈夫かい? 主」
「………年々酒に弱くなっていく気がする。昔はもっと呑めてたのに」
「主、酔うと必ずその話するよね」
「わたしの中の武勇伝なの」

厚にジャイアントスウィングをかける次郎太刀を見ながら、
女審神者は猪口に残っていた最後の一口を流し込むと、緩慢な動作で徳利に手を伸ばした。
「こら」
「もう一杯!」
「言ってることとやってる事が違うよ、主」
「光忠は本当に口うるさい。お母さんみたい」
「手がかかる主に問題があるんだよ。明日はもっと口が回るのが帰ってくるからね、ほどほどにしておいた方がいいはずだよ」
言われて、女審神者はうつろに天井を見上げた。

「遠征組み、大丈夫かしら」
「彼らなら大丈夫だよ」
「うん。何かあったら、すぐ撤退するように清光と長谷部に言ってるしね」

審神者の中には、刀が倒壊したものも居ると訊く。
幸い、女審神者は未だその経験はないが――時代をさかのぼるにつれ、敵が強くなっているのも事実。

いずれは、そう考えるだけで、背筋がぞっと寒くなる。

空の猪口を握ったまま、なにやら重く思案し始めたことを察知して、光忠は女審神者の背中を軽く叩いた。
己を取り戻したように彼女は徳利に手を伸ばす。
「だから駄目だって」
「あと一杯――」
「あら、主ったら空じゃなーい! 呑んで呑んで〜!」
「次郎太刀!」
厚と遊び終えた次郎が女審神者の猪口になみなみと酒を注ぎ足した。
と、と、とと、と言う景気のいい音を聞きながら、彼女の頬も、酒に上気して桜色に染まっていく。

「ありがと〜、次郎」
「酒の味が分かる主でよかったぁ!」
「わたしも飲み仲間が出来てよかったあ!」
手を広げる次郎の胸元に飛び込むと、力一杯抱きしめられる。
「次郎! 加減して! 痛いっ」
「あらら。ごめんねー、主」
「だいじょうぶ。でも、次郎はやっぱり髪綺麗だねぇ〜、太郎ちゃんも綺麗だけれど、羨ましいなぁ…」
「主も可愛いじゃない」
「いやいや、可愛いは清光の為にある言葉だから」
お世辞を真に受けて照れていると、「どーん」と言う言葉と共に、今剣が女審神者の太ももにダイブしてきた。

「あるじさま、ぼくもかわいいですか?」
「いまつるちゃんも、超かわいいです」
「やったー」
両手を広げる今剣は、女審神者の膝の上を居場所と決め込んだらしく、彼女が猪口をゆっくり傾ける間も、にこにこと楽しそうに寝転がっている。

飲み干すと、次を入れようとした次郎は今度こそ光忠の苦言を受けて、ふてくされた。
「なによー、光忠のケチ」
「ケチ」
「……主まで、戯れが過ぎるよ」
「………仕方ない、寝るか」
「え〜、寝るのぉ?」
「次郎、明日は遠征組みが帰ってくるからさ」
「もしかして、祝杯?」
「そーそー」
「やったぁ! 明日も大義名分があるんじゃないかぁ!」
「だから、とりあえず今日はわたしは寝るね。みんな好きに寝ていいから。
光忠は、明日片付け手伝うからこのまま休んでいいよ」
「了解」
光忠は緩やかに微笑む。
口ではそういいながら、朝起きたら決まって綺麗に片付いているのだが、だからと言ってそれが当たり前なのもどうなのか。
女審神者はうん、と背伸びすると、膝で寝転ぶ今剣の髪を撫ぜた。

「いまつるちゃん、そろそろわたしは寝るからね」
「ぼくがあるじさまをへやにおつれします!」
「え? いいよー、一人で戻れるって」
「おつれします!」

真っ直ぐ瞳を見て言われると、女審神者は弱い。
「じゃあお願いしようかな」と言うと、今剣は飛び跳ねるようにして起き上がった。
「わーい!」
「じゃあ、光忠。あとは任せるね。次郎、また明日ね。
皆も今日もご苦労様、本当にありがとう。ゆっくり休んでね」

手を振ると、
次々とお休みなさいの声が来る。
女審神者が一歩を踏み出した途端、ふらりとよろけると、今剣は彼女を支えて手を取った。
「あるじさま、だいじょうぶですか?」
「大丈夫。ごめん、ごめん」
ゆっくりと手を引かれて居間を出る。
廊下に出ると、ひんやりとした風が火照った頬を冷まして気持ちがいい。
具合がいいのは最初だけで、すぐさま冷えた足先に女審神者は身震いした。

「さむっ」
「あるじさま、はやくはやく」
「そうね。早く戻りましょう」

二人で歯磨きをして、部屋へと戻る。
箪笥から布団を出してひくと、寒い寒いと包まった女審神者は今剣に手招きした。
「いまつるちゃんもちょっと温まっていく?」
「いいんですか?」
「うん、外は寒いし」
「わーい!」
駆け寄ってきた今剣を布団の中に取り込むと、小さな体の彼は思った以上に冷たかった。
「あるじさま?」
「ん?」
「こちょこちょー、なのです!」
「ぅえ!? わ!」
懐に今剣の手がもぐりこんでくる。
ひんやりした手に驚く暇もなくわき腹をこしょぐられて、女審神者は驚きに布団に倒れこんだ。

「ちょ、いまつるちゃん!」
「うごいたほうがあたたかいですよ」
「そうかもしれないけど…!」
今剣に上乗りされて、女審神者はわたわたと手を動かす。

つい先日も薬研にマウントを取られたばかりで、まだその傷は癒えていない。

止めてと言おうにも全力で笑わされるから、そのうち息が絶え絶えになってきた。
「いまつるちゃん、ちょ、待って…」
「だめですー」
「酒、まわる…っ」

なんだか、天井がぐるぐるしてきた。
こそばゆいはずなのに、笑っているはずなのに眠たくなってきて、重たくなったまぶたが半分くらい落ちてくる。
ぼんやりと天井と今剣が見えた女審神者は、「ねむ」と呟いた。

「あるじさま」
「ごめんね、いまつるちゃん。ちょっと眠いから、寝る…」

そう言えば、彼も暖を取って居間へ戻るであろう。
ぼんやりと遠くなっていく目に、こちらを覗き込んでいる今剣が揺れている。

くるくるとした今剣の二つの目。
綺麗な目だなあ、と薄れいく意識の中で思う。
彼はその猫のような眼を細めると、にぃ、と笑った。

「あるじさま、ぼくがむかしみたいにおおきかったら、
いまごろあるじさまはたべられちゃってますよ」



翌朝。
「…!?」
目が覚めた女審神者は勢い良く布団を捲り上げると、中に今剣が居ないことをまず確認した。
今剣の言葉。近づいていく距離。
なんとなくおぼろげにある記憶が夢なのか現なのか定かでない。

「夢…、よね…?」
落とすようにそう言って、大きく膨らんでいく不安に蓋をするように勢い良く頷く。

「夢だ。いまつるちゃんが、そんな……いや、マジで恥ずかしい夢みたぞこれ」

思い出すだけで、顔から火が出そうだ。
両手で顔を覆い隠した彼女は自分の首筋に赤い痕があるなどとはついぞ知らず。

「主――! 長谷部、ただいま戻りました!」
と、言う長谷部の声を聞くまで固まっていた。


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ゆめじゃないですよー