短刀たちが、真剣な顔で向き合っているので、
「どうしたの?」と尋ねれば、今からかくれんぼをすると言う。
女審神者はへぇ、と言うと、にんまりと微笑んだ。
「わたしも混ぜて貰おうかな」
「ホントですか? やったぁ!」
「うん。あ、もしかしてもうじゃんけんすんじゃった?」
「いいえ、じゃんけんはしないんです」
「しない?」
五虎退の言葉に、女審神者は首を傾げる。

「鬼はいち兄がしてくれるんです」
前田の言葉に、乱が元気に頷いた。
「そう。でも今いち兄、ちょっと手伝いに抜けてて…」
「それでまってるんですよ」
「……ぼくは別に、したい訳じゃないんだけれど…」
粟田口に今剣。それに小夜と愛染。

女審神者がそっか、と頷いていると、奥から一期一振の声が聞こえて来た。
「すまない。遅くなった――主?」
「こんにちは、一期一振。わたしもかくれんぼに混ぜて欲しいな」
「構いませんが、その…」
「今日は珍しく、早く机作業が片付いたの。畑でも手伝おうかと思って歩いてたんだけれど、楽しそうだからこっちに混ぜて」
「分かりました」
「あるじはかくれんぼ、とくいですか?」
「全然。でも、鬼ごっこよりはマシかも」
「鬼ごっこなら、十秒で終わるだろうな」
「リアルな憶測をするでないよ、薬研」
言ってて悲しくなるじゃない。
女審神者が肩を落とすのを見ながら、薬研は屈伸などしている。
よくよく見渡せば、厚といい、愛染といい、皆そろって準備運動をしていて、女審神者は一期一振を見上げた。

「何故準備体操を?」
「せっかくなので、訓練も兼ねようかと」
「訓練?」
「そ。一番最初につかまったやつは、廊下の雑巾がけ五周を、一週間!」
愛染の言葉に、女審神者は目が飛び出る勢いで驚く。
「五周!? 一週間!?」
驚愕に震える女審神者を宥めるように、一期一振は慌てて付け足した。
「あ、嫌しかし主は…」
「しなくていい?」
一期一振の言葉に、女審神者はキラリと瞳を輝かせる。それを横目で見た薬研は、にやりと口端を針で引っ掛けたような意地悪い笑みを浮かべた。
「大将。ズルだな」
「えー」
「こら、薬研」
「薬研。………主には、無理があると思う」
「え、ちょ…小夜ちゃんに言われるとすごい悲しい気持ちになるよ!? 止めて、真顔で言うのっ」
「そうですよ。主君に申し訳がたちません」
「前田まで…なんか、わたしが一負けするが決定みたいに言うのは止めてよ。分かったよ!どうせ参加するんなら、罰ゲームも乗るよ!」
「主、早まっては…」
「一期一振まで一負け前提で話す! 絶対、二番目まで見つからない場所に隠れてやるんだから!」
「いちばんじゃなかったら、いいんですね」
「いまつるちゃん。目標は常に現実を見て立てないといけないんだよ?」
「主。それこそ自分で言ってて悲しくならない?」
乱に真っ直ぐ聞かれて、女審神者は静かに頷いた。
「なる」
「なるんだ」

「では、五分後に探し始めますからな」
「場所は本丸内ならどこでもオッケーだぜ、大将」
「ひろっ」
「大将なら、五分経ってもそんな遠くにいなさそうだな」
「薬研。いくらわたしでも五分あれば畑に行けるよ?」
「では、いーち、にー」

まるで自分の名前呼んでいるみたいだな。
まったく素であろう一期一振の掛け声に、短刀たちが一目散に駆け出していく。
女審神者もそろりと足を踏み出すと、とりあえず無計画のまま走り出した。先ほど畑の話をしていたからか、なんとなく畑に足が向いてしまう。

とことこと走っていると、畑仕事をしていた光忠が首を巡らせた。
「主、何してるんだい?」
「かくれんぼ」
「かくれんぼって」
「鬼は一期一振なの。もし来て尋ねられたら、わたしは反対側に逃げたって言っておいて」
「ここに来たって言った時点で、大分絞られちゃうんじゃないかい?」
「それもそうか。じゃあ、見てないっていっといて」
「了解」
「夕飯、手伝いに行く予定だから」
「はは。早く見つかることを祈ってるよ」
「止めてよ! 一負けしたら雑巾がけなんだから!」
縁起でもないことを言う光忠を叱って、女審神者は畑を抜けた。そこから先といえば、塀の内側にある雑木林くらいのものだが。
「ううん。普段は虫が居るから、あんまり近づかないんだけれど。まあ、冬だしな。そんなに虫も居ないはず。木の上とか良さそうだなあ、登り切れたら登るんだけどなあ」
なんか手段はないかなあ、と首を横に捻る。
「そういえば、あっちに直す前の崩れた塀があったな。それを足掛けにして登るか」
足場をたどって慎重に登れば、いくら運動下手な女審神者でも登れるはず。
えっちらおっちらと塀によじ登り、なんとか木に掴まる。
「ふぬぬ…!」
聞かれると小ばかにされそうな低い声をあげて、審神者は木によじ登った。
「おお! 人生初めての木登り! よし、もう一段!」
もうちょっと上まで登ってみよう。
登るときは、上しか見ないからいい。
だが、調子に乗ってもう少し上まで登ってしまった女審神者は、改めて下を見ると、「げ」と呟いた。思ったよりもちょっと高い。
まじまじと見て、ぽつりと落とす。

「……降りれんな、これは」

まあ最悪見つけてもらえなかったとしても、ある程度経っても戻らない時は、光忠が迎えに来てくれるだろう。
割り切ると、女審神者は開き直ったように空を見上げた。
「空が近い」
いつもより、ずっと。
手を伸ばすと、瞳を細める。
「現代より、空は綺麗だな。でも、飛行機雲とかないのは残念かも」
身を切るような寒さも、陽に当たっているとどこか暖かく感じた。
かじかんだ両手を合わせて、ふぅっと息を吹きかけると、白い息が宙に昇って消えていく。

「お、手、切ってる。木で切ったのか。小さい傷って痛いんだよなあ」

幹にまたがった足をぶらぶらと揺らして、女審神者は本丸が在るほうを見た。
登ったとは言っても、女審神者が登って行ける距離など高が知れている。普段なら、木の枝と葉で見えないだろう。
「葉っぱが落ちて丸裸だから、ちょっと見えるな。………木の話だよ?」
ここで安定辺りが居てくれたら、「主、下手だね」と呆れてくれるのだろうが、今日は誰も傍に居ない。
一人で居るなんて、思えばあまり無い事だ。
いつも賑やかな本丸は、書斎に篭っていても誰かしらの声が聞こえてくるし、近侍だっている。いまだってそう。
登ったあとで降りられないと気付いても、光忠が迎えに来てくれるだろうという確信がある。

若い頃には、到底想像も出来なかった安心感の中に身をおいていることが急にくすぐったく思えて、女審神者ははにかんだ。

「好きだなあ、ここが」

皆がいるここが。
暖かいここが。
「とても好きだ」
言って、笑う。

すると、不意に木の幹を踏んだような渇いた音が聞こえて来て、女審神者は視線を下におろした。
「一期一振」
「すみません。立ち聞きするつもりはなかったのですが…」
「ああ。でかい独り言が聞こえた?」
「その、えっと、はい」
「ごめんごめん」
女審神者は謝ったあと、はたと目を瞬かせる。
「ちなみに、何番目?」
「………申し訳ございませぬ」
「一番か」
「主が畑と言っていたせいか、つい足が畑に向いておりました」
「あはは。一緒一緒」
へらへらと笑った女審神者は、ところで、と一期一振を見た。

「一期一振、木、登れる?」
「登ったことがないので何ともですな」
「やっぱり?」
「どうかされたのですか?」
「いやぁ、登ったものの、降りられなくなっちゃって」
「……主」
「え、やだ。一期一振までそんな顔で見ないで」
不器用だよね、と口を揃えて言う時の刀剣男子たちと同じ顔をした一期一振に、女審神者ぶるぶると首を横に振った。

「受け止めましょう」
「嫌々。そんな少女マンガみたいなのは無理だよ。体重的に」
「ですが――」
「一期一振がまず登るでしょう。そこから降りる。そしてどこに足を掛けたかわたしに指示をしてくれる、と言うのはどうだろう?」
「分かりました」
「そこから登ったの。その、壊れた塀」
「ああ。こちらですな」
一期一振が足を掛けて、いともたやすく登ってくる。
その一連を見ていた女審神者は、ぽそっと呟いた。
「手足の長さが憎らしい」
「なんと?」
「嫌、なるだけ降りるときは短いリーチがいいなって」
「分かりました」
「わわ」
同じ高さまで登って欲しいと言ったが、
一期一振が登ってくると、幹の根元に座っていた女審神者のすぐ後ろに一期一振が来ることになる。背中にぬくもりが触れて、女審神者は思わず背筋を伸ばした。
「どうかされましたか? 主」
「い、いえ何でも」
なんだか意識しているみたいな恥ずかしい声をあげてしまった。女審神者がごにょごにょと言葉を濁すと、すぐそばで「なるほど」と言う声が聞こえる。

「何が?」
「主が見入っていたのも分かります」
「いい景色だよね。特にほら、空とか近くて」
指で示すと、一期一振も後ろで見上げた気配がした。
「そういえば、一期一振の髪は、空の色だね」
「そうですか?」
「うん。確かに、一期一振は空っぽいかも。なんかこう、包容力的な。
一期一振が顕現してからの粟田口は、いままで以上にのびのび頑張っている気がする」
「主がそういうのでしたら、そうなのでしょうな」
「どういう意味?」
「主は、よく皆を見ていますから」
「あっちこっちに居て落ち着きがないって意味でしょう? この間も、近侍だった宗三にチクリと棘刺されたんだよね」
「宗三殿らしい」
「そういう一期一振こそ、馴染むの早いよね。
弟たちが多いからなのもあるだろうけれど、たぶん、そういうのとはまた別に、一期一振の性格なのかも」
「と、言いますと?」
「ううん。なんていうか、よく人を見るよね。そして、どうやって立ち回るか考えるのが上手、みたいな」
「そうですかな」
「うん。でも一期一振のすごいところは、そういうのが全部素な所かな。嫌味がないから、すぐ馴染んだんだね」
「主はいい所を見つけて褒めるのがお上手ですな」
「わたしが褒めて欲しいタイプだからね。そろそろ降りる? 短刀たちが、いまかいまかと待ちわびてるかも」
「確かに」
一期一振が動いた。
すると、ぐぃっと髪を後ろに引かれて、女審神者は仰け反る。
「おお!?」
「大丈夫ですか、主」
「髪が引っかかったみたい」
「すみません。すぐに」
「ああ、いいよ。慌てなくて大丈夫」
女審神者が笑うと、どうやら必死に手を動かしているらしい一期一振が微かに笑った。
「主を言うなら、綺麗と言うんでしょうな」
「は!?」
「嫌、先ほどの独り言で、その…」
「空が綺麗?」
「そうです。あとは、ここが好きだと」
「うん。とても好き」
「そんな主が守っている場所だからこそ、皆が居心地良く暮らせるのだと思います」
「一期一振は褒めるのが上手ね」
「貴方の刀ですからな」
「……」
「どうされました?」
「うちの本丸には居なかったタイプだなぁ、と。皆本当に口が達者で、ああ言えばこう言うのばかりだから」
「それも、主の刀だからではないかと」
ふふ、と笑った一期一振の笑顔に、女審神者は瞬いた。
なるほどこれは、乱が王子様だと力説していた意味も分かると言うもの。
見目華やかなのに、どこまでも穏やかな笑みだ。王子様の絵面にそっくり。
「お待たせいたしました。ほどけました」
「ありがとう」
内心納得した女審神者が身を起こすと、幹が揺れて、ぐらりと身体が傾いだ。
「お」
「主?」
「おおお」
「主!」
重力に引っ張られる。
バランスを取れないまま、女審神者は逆さまに木から落ちた。 反射的に伸ばした手を一期一振が掴んで、女審神者はわ、と声を上げる。

「ダメだって、一期一振!」
「言っている場合ではありません!」
引き寄せられて、抱き込まれる。
咄嗟に一期一振が下に回って、女審神者は近くなっていく地面に恐怖感を煽られ目を瞑った。ぎゅ、っと唇を噛むと、どすん、と身体に衝撃が走る。

「だ、大丈夫? 一期一振」
「平気です。木の葉が下にありましたから、それほど衝撃もありませんでした」
「良かった…これで中傷とか負ったら、わたし短刀たちに顔向けできない。いてて」
地面に手をついた女審神者が小さく声をあげると、一期一振が恐ろしい速さで身を起こした。

「どこかお怪我を?」
「いやいや。これはさっき木登りした時に引っ掻いただけよ。一期一振のおかげで無傷」
「そうでしたか。あとで、手当しましょう」
「大丈夫だよ。お酒飲めば治るから」
「?」
「アルコール消毒、みたいな」
「……治りはしないかと」
「ですよね」

「いち兄―」
遠くからの声に、二人して首を巡らせる。
痺れを切らしたらしい短刀たちが、どうやら探しに出向いた様子で、
薬研を筆頭に歩いて来た彼らの第一声は
「やっぱり大将が最初か」
と言うものだった。

「悪かったわね」
「それにしても、どういう状況だ?」
「木の上から落ちたの」
「はぁ!?」
「あ、大丈夫。一期一振が庇ってくれたから」
「……おいおい。遊びで怪我してたら洒落になんねぇぜ」
「ごめんごめん」

「と、言う事は、主が雑巾がけ?」
「そうなるね」
「一周に負けといてやろうか? 大将」
「甘く見ないで厚。勝負は勝負よ。やる時はやるんだから」
「大丈夫かぁ?」
「……多分」
「多分って」

一期一振は起き上がると、木の葉にまみれたジャージの裾を叩いた。
そうして、ゆるりと微笑む。

「鬼をサボってしまいましたからな。わたしも手伝いましょう」
「え、いいよ。悪いし」
「構いません」
「それなら、よろしくお願いします…?」

何故最後が疑問形なのか。
自分でも分からないまま言った女審神者の脇を、乱が突いた。
耳を寄せると、こっそりと口を寄せてくる。
「素だよ」
「…マジでか」
そうか。
一癖も二癖もある男子たちばかりに囲まれているから、つい言葉の裏を探る癖がついてしまっていた事に気付いて、女審神者は胸を抑えた。

「心が洗われるよう」
「ね」
「荒んだわたしに素で王子は対応に困る」
「今だけじゃない?」
「え。今だけのスキルなの!?」
「皆、主に少しづつ心を分けて貰っていくからね」
「…何それ、皆濃いのわたしのせいって事?」
「ぼくはノーコメントー」

のんびりと乱が相槌を打つ。
二人の横に立っていた薬研は、こっそりと話していた内容が耳に入って来て、
腰に手をあてると、少々複雑な面持ちのままため息をついた。


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素に素がぶつかるのを危惧していた男、薬研。
乱は安定と一緒にニヤニヤ見る派。

乱は漫画を呼んでなうい言葉をたくさん知ってます。