「…」
これは嫌がらせか何かなのだろうか。
差出人、跡部景吾。
あの一件以来、住所もない本丸に直接届くようになった招待状に記された開催日程は、本日二月十四日、聖バレンタインデーである。
セントと打っても変換できず、せいんとと打てば聖闘士と出るバレンタインデー。戦いの日である。
跡部くん、忙しいだろうに。
しみじみ思いつつ、出しそびれた返信用ハガキもろとも封筒に仕舞い込んでいると、隙間から落ちてきたのは跡部直筆の手紙であった。
内内しかいない。来い。
たった一文に気迫を感じる。
おののいた女審神者はさっさと拾うと、ハガキもろとも封筒に押し込んだ。
「わざとじゃない。他意はないんだよ! 私服って訳にもいかないだろうな。服買いに行くのも面倒くさいな。バレンタインデーだからってチョコ用意するのも恥ずかしいな思ってスルーした訳じゃないんだよ! だって忙しかったんだもん! 鬼退治でいっぱいいっぱいだったんだもん!」
ごめんね跡部くん!
御託を並べながら襖に手紙をなおし込んだ審神者の手には箱入りチョコレート。招待状と違ってこちらは満面の笑みである。
「そうだよ! 忙しかったんだから! ご褒美のチョコレートくらいいいじゃないか!」
明石に見つからないよう奥に奥に隠していたチョコレート。小躍りしていると、不意にノックも無く障子が開いて、驚き首を巡らせた審神者は舌を噛む勢いで震えあがった。
「っ、べくん…!?」
「元気だな。よし」
頷いた跡部の横には小夜。
小夜の手には着物。素人目にも分かる高級着物に目を落とした審神者はたっぷり間をあけたのち、つぶやいた。
「………小夜ちゃん、その着物は…?」
「似合うと思う」
いつになく嬉しそうな顔をする小夜の、小さな頬は朱に染まっている。
断れない空気を前にして女審神者は跡部を伺い見た。
「…跡部くん、これは一体…」
「用意した」
「用意したって…い、いやいや、わたしまだ処務終わってないし…!」
「長谷部と片付けておいた」
「た、体調が…」
「……」
「さーせん。嘘つきました」
美人が睨むと迫力が半端じゃない。たった二分ほどで一切の抵抗が封じられた審神者は悪あがきのように尋ねた。
「……あの、うちの刀たちは…一体…」
何時の間に懐柔されたというのか。特に清光、光忠あたりは何かアクションを起こしそうなものだが。
すると跡部はその質問を予見していたように笑った。てっきり見慣れた、勝ち誇ったような笑みかと思いきや、ふわりと優しく小夜に微笑みかける顔に拍子が抜ける。
「内緒だな、小夜左文字」
「うん。内緒だね、跡部さん」
「え、ちょ…何その感じ! 仲間に入れてよ小夜ちゃん!」
「じゃあ跡部さん、着替えさせたら呼ぶから」
「ああ、頼んだ」
「そして拒否権ないし!」
着替えさせられた審神者は跡部に腕を掴まれ、小夜に背中を押され、半ば強制的に現世へと連れ出された。不本意はいえ、参加するなら手土産の一つもいるであろう。
「…あの、跡部くん」
会場へ入る寸前で、女審神者は跡部を呼び止める。
内内と言う位だから、集まっているのは氷帝レギュラーメンバーだろうが、審神者のチョコは一つしかない。今のうちに渡しておいたほうがいいだろう。
そう思って声をかけたというのに首を巡らせた跡部は、審神者が差し出すチョコを見ると笑った。
「な、何?」
「いや、最初からこうしとけば良かったと思ってな」
そういうと跡部は胸ポケットに手を差し込む。
取り出されたのは花があしらってある髪飾りで、跡部は腫物に触れるように審神者の髪をすくと、髪留めをさした。
「似合うじゃねぇか」
「な、なんで」
「俺様はこっちが本家なんだよ。日本とてめぇの流儀に合わせてたらキリがねぇ事に気づいたからな」
「…それって」
跡部の頬が赤くなる。
ついとそっぽを向いた彼は吹き出すようにして笑うと、口元を抑えた。
審神者の頭に伸びてきた手が、先ほどの繊細な手つきはどこへ行ったのか、ぐりぐりと力任せに撫ぜる。
「あー!小夜ちゃんが整えてくれたのに!」
「小夜左文字の自信作は俺様が見たからな。他の奴らにはこれくらいが十分だ」
子どもみたいな顔で跡部は笑う。
その笑顔を見て、学生の頃の方がずっと大人びた顔をしていた気がするなと頭の端で考えていると、跡部は審神者の手を取った。ぐいと引っ張られて、歩き出す。
跡部の背中を見ながら歩いていると、
「なあ」
「…何?」
「学生の頃も、結構ちゃんと恋と言うヤツをしてたつもりだったんだがな」
そう言った跡部の声はどこまでも穏やかに続いた。
「今の方がずっと、お前は綺麗だな」
*+*+*+*+*+*+*
後日、チョコレートの箱を開けたらチョコレートは一粒も無く、
明石作、愛染による肩たたき券が出て来ました。
と言うオチにしようと思って書き始めたのに
バレンタインに惑わされてしまった
刀剣とテニス。楽しかったなあ…
◆
「やあ」
「こんにちわ、龍さん」
相変わらず何の前触れもなく本丸を訪ねて来た龍は珍しく少しくたびれているように見えた。
どうしたんですか龍さんと聞くより先に、彼の手に握られた花に目が引かれる。
「これを君にと思ってね」
差し出された花束を見た審神者は二度ほど瞬いた。
「これ、何の花ですか?」
見た事もない花だ。
極彩色の花は目に痛いくらい眩しい。まるで宝石のようだ。ルビーにサファイヤ、エメラルド。唖然とする審神者に、龍は何の事はないように返す。
「妖精の森の花だよ」
「妖精の、森?」
「所要があってね、行ってきたんだ」
「はあ」
所要があって妖精の森に行く。いまいち日本語が難しい。
難しいけれど、確かにどう見てもこの世のものとは思えない花の束。審神者はおっかなびっくり手を伸ばすと、おずおずと龍を見上げた。
「全然詳しくないんですけれど、こういうのって…なんか法に触れたりとかしないんですか?」
先日も、怪しげな品を持ち込んだ骨董屋とヴァチカンの騒動を見たばかりである。
おそるおそる尋ねると、龍はんーと首をひねった。
「まあ相応の働きはしたし、問題ないんじゃないかな」
「そうなんですか」
相応の働きってどんな働きだ。
同じ言葉を骨董屋や古本屋あたりが言えば胡散臭い事この上ないが、龍が言うとなまじ説得力あるだけに緊張する。
吸血鬼だけにとどまらず、もしや今度は妖精と闘ったりしたのだろうか。聞きたいような、聞くのはちょっと怖いような。
悶々と考え込んでいると、龍は困った顔で頬をかいた。
「貰い辛いかい?」
「あ、いえ! そんな、とんでもないです。あまりに珍しいから驚いちゃって」
「うん。あまり気負わず貰ってくれると嬉しいかな。ようは君に見せたかっただけなんだ」
さらっと言う龍に少し赤面してしまう。
いつも通りスマートな龍だが、珍しく少しくたびれている彼にお茶でも飲んでいきませんかと声を掛けるか迷っていると、龍は審神者を見る目を細めた。
「いや、今日は帰るよ」
「え!? まだ何も言ってないのに!」
「ははは。君の事だ、お茶でもどうぞと言うつもりだったんだろう?」
「そうです」
「嬉しいお誘いだけれどね。この格好じゃ様にならないし…今度またご相伴にあずかるよ」
「は、はい。その時は是非」
ひらりと手を振ってかえって行く龍。
そうまでして届けてくれた妖精の森の花をぼんやりと見ていた審神者は、ふいに玄関口にかけてあるカレンダーが目に留まった。
「あ」
忙しさにかまけてすっかり忘れていたが、今日は二月十四日。世の中はバレンタインデーである。つまりはこの花がプレゼントと言う事なのかしらと気づいた審神者は、慌てて玄関を開いた。
「龍さん!」
遠く背中が見える。
審神者の声が届いた龍は首を巡らせて、横に傾いだ。
「どうしたんだい?」
「いえ、あの…龍さんは…甘いものはお好きですか!?」
「甘いもの、かい? 嫌いじゃないよ…ああ、もしかして、バレンタインデーのプレゼントだとばれたのかな? 君が気づいてなさそうだから黙っていたんだけれど」
「すいません」
「いや、面白くてついね」
悪戯が見つかった子どものような顔をして龍が笑う。
唇に手を添えて微笑んだ彼は、踵を返して戻ってきた。
審神者の目線に合わせて腰をかがめると、顔を覗きこむ。その丹精な顔立ちが目の前に来るとどうにも緊張してしまって、つい固まった審神者に龍は笑みを深くした。
「幸せかい?」
「へ? あ、はい」
「君が幸せならわたしも幸せだ。それだけでこの上ないお返しだよ」
「龍さん?」
思わず訊ねたけれど、答えが返ってくる素振りはない。
にこにこと笑った龍は付け加えた。
「とはいえ君の手作りお菓子ならぜひ食べてみたいな。その時は是非よろしく」
「手作り!? ですか!? が、頑張ります」
「ああ」
龍が踵を返す。
スーツが靡く。
その後ろ姿を見ていると不意に胸が疼いて、審神者は思わず手を伸ばした。裾を掴む。龍が足を止めたけれど、どうして止めたのかもわからない審神者は慌てて手を離した。
慌てて付け加える。
「また来てくださいね」
「また寄らせてもらうよ」
龍にはきっと審神者には見えないものがたくさん見えていて、それが審神者に見える事は一生ないのだろう。
もし同じものが見えたのなら、龍のように穏やかに君が幸せなら自分も幸せだと言えるだろうか。嫌、きっと言えない。龍もきっと、そう望んでいる訳ではない。
ようは君に見せたかっただけなんだ。
花を太陽にかざす。
かざすとなおのこと色がはっきり見えて、審神者はにんまりと微笑んだ。
「うん、とっても綺麗!」
◇
〜OROCHI編〜
「だからそれは甘寧と福島正則が悪くて――!」
陸遜と話ながら歩いていると、ドンと固い何かにぶつかった。
額を抑えて目を向けると、飛び込んできた姿に息を呑む。
「りょ…!」
りょりょりょりょりょ呂布だぁああぁあああぁあああ!
初期からプレイしている人なら誰もが一度は言った事がある…かも知れないセリフである。
口に出せないセリフを寸でのところで飲み込み、黒々とした瞳で見上げていると、ようやく何かがぶつかった事に気づいたらしい呂布が首を巡らせた。険しい顔がこちらを向いたのだが、それよりも動く触覚が気になる。目で追っていた彼女はワンテンポ遅れて呂布と目があった。
「何だ貴様は」
「あ、え、す、すみませ…! よそ見をして歩いておりまして…」
司馬昭、呂布が仲間になっているのなら言っておいて欲しい。心の準備が必要だった。無双にトリップして以降、呂布が生きている時代じゃなくてよかったと何度思った事だろう。うっかり対峙した日には即元の世界に強制送還されていたと思っていただけに、恐怖で身体が縫いとめられる。
「奉先様?」
「ああ、貂蝉。すまん」
そんなとき、呂布の奥から鈴の音がなるような声が聞こえてきた。
貂蝉ですと!?
見たい。見たいけど、呂布で見えない。
ググッと上体を横に伸ばしたが、呂布の巨体は思ったよりも幅が広くて見えない。
唇を噛んで、思い切って一歩横に進んでみた。
すると、呂布の影に隠れて見えなかった貂蝉と目があう。
「貴方は…?」
首を傾げる貂蝉、美しい。
思わず見とれていると、貂蝉が見えなくなった。呂布が一歩踏み出して、貂蝉を影に隠したのだ。思わず一歩横に踏み出す。貂蝉と目が合う。貂蝉が見えなくなる。一歩踏み出す。
繰り返してぐるりと一周回った頃、ようやく陸遜が口を開いた。
「いったい何がしたいんです?」
「貂蝉が見たいんです」
ぽろりと零したあと、慌てて口を押えた。
呂布の目が険を帯びて、ギラリとにらみ据えられる。
「貂蝉に何の用だ?」
「よ、用はないんですけど! 綺麗って聞いてた方なので、ホントに綺麗だなぁと思って…!」
嘘ではないのだが苦しいか。
慌ててまくし立てていると、呂布の横からちょこんと貂蝉が顔を覗かせた。
「貴方は?」
「わ、わたしは呉の…! 将で…っ」
「そうなんですね。わたくしは貂蝉と申します。これからどうぞよろしくお願い致します」
「よ、し…おな…しま…!」
ふわりと笑う貂蝉。
なにこの子可愛い。
見とれていると、チッと舌打ちが聞こえた。見上げると、呂布がすごい剣幕でこちらを見ている。この人、思った以上に心が狭い。一歩、二歩と後退さると、呂布はフンと鼻を鳴らして貂蝉の肩を抱いた。
「行くぞ貂蝉」
「はい、ではまた」
「ではまた」
つい同じ調子で言葉を返してしまう。去っていく二人の背中を呆と見ていると、陸遜が息を吐いた。
「ではまた、なんて殊勝な言葉が使えるとは知りませんでしたよ」
「…わたしも知らなかった」
真顔で言ったあと、目を輝かせる。
「いつかは会えるかなぁって思ってたけど、ついに会えちゃったなあ! よかった戦場じゃなくて!!」
「呂布殿の名前は伺った事がありますが…貂蝉、そんなに有名な方なのですか?」
「貂蝉と言えば、三国志で名高い傾国の美女だよ、陸遜!」
呂布と貂蝉。切ないけれど可愛い二人である。画面越しに見ても呂布はいつも必死だったが、実際に会うと必死どころか余裕がなさ過ぎた。
敵じゃなくてよかったー!会いたかったー!
それまでけんか腰だった事などすっぽり頭から抜けおちてはしゃいでいる彼女の傍らで、陸遜は首をひねった。
「確かにお美しい方でしたね」
「え、何そのそれはそうですけれど的な感じ。陸遜の美的感覚疑うわぁ、ないわぁ」
ないないと繰り返す彼女。
陸遜はしばしの間をあけて訊ねた。
「それ、貴方が言います?」
「どういう意味?」
訊ね返すと、陸遜首を横に振る。
「貴方がそれでいいのでしたら別に構いませんが…」
「が?」
おうむ返しに訊くと、陸遜はふわりと花が咲くように微笑んだ。
「わたしには貴方が一番愛らしくみえますよ」
「…」
「……」
「………え、今そこでそれ言う?」
「だから言ったじゃないですか。それでいいなら構いませんがと」
*+*+*+*
オチなどありません。
つぃったーで無双とマルちゃんがコラボしてるよと妹からラインが来たら、ラインナップが陸遜、趙雲、郭嘉、呂布で、なにこのラインナップすごくないうちのためにあるのかな!? と無意味にはしゃいだテンションで、せっかくなので呂布とも絡んでみようと言う企画でした。
ありがとうございました!
皆さんぜひりついーとを!
わたしはそのボタンを押すためだけに長年嫌煙していたついったをはじめました。わらえる。