ドリーム小説
「…ブログネタ発見」
カシャッとシャッターが切れる音がして、は机に覆いかぶさった。
倒した画材が机から転がり落ちて行く。
「ちょ、勝手に部屋に入るの止めてって言ってるでしょ! 光くん!」
「いくら呼んでも気づかへんかったのはサンの方でしょ。せやったらちゃんと降りて来てくれます? おばさん、さっきからめっちゃ呼んでるで」
「くそぅ。何でわたしの家なのにアンタの方が偉そうなのよ」
「アンタが頼りないからとちゃいますか」
ああ言えばこう言う。
思えば小さい頃から可愛げがなかった。
がギリギリ歯ぎしりしていると、ひょいと財前は身を屈める。
「せやけど、俺が何で忍足先輩にこんな事言わなあかんのです?
俺がまた、もう一度アンタを全国に連れて行きますよ…って高校もあるんやし、自分で行けばええでしょ」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛〜〜〜〜ッ!」
横から覗き込むな!
は原稿用紙を抱え込むと、財前を睨みつけた。
「だいたい、いくら幼馴染とはいえ、お姉さんの部屋に勝手に入って来るって言うのは…」
「せやから、何度も呼んだって言ってますやん」
「お姉さんの家に、勝手に入って来るって言うのは…」
「おばさんに呼ばれたに決まっとるやろ。そもそも、こんな明るい時間から困る事してるアンタが悪いんとちゃいます?」
「う…」
「そう言う見られて困るモンは、夜中にシ…」
「コソコソって言って!」
「シ――」
「コソコソって言って!」
「はは。ウケる。写メとっとこ」
眼前で携帯がピカリと光った。のこめかみに青筋が浮き上がる。
よし、携帯壊すか。
凶器のGペンを握りしめた時、財前は息を吐くように呟いた。
「そんなんやから、部長に笑われるんですわ」
「なッ!?」
「言うてましたよ。財前トコのお姉さん、友達になりたいわぁって。……友達ですて」
「それはアンタがあたしのドジ話や失敗談をペラペラしゃべったからでしょーが!」
色恋沙汰は諦めているといえ、幼馴染の周りに居る先輩はそろいもそろってイケメンばかり。
創作意欲だけでなく忘れかけていたトキメキまで(血迷って学生に)沸いたりもするのだが、台無しにするのもまた幼馴染と言う悲しい因果関係にある。
が地団駄を踏んでいると、何を考えたのか、ふと財前の手が伸びて来た。
指先がまつげをくすぐって、目を瞑った隙に頬を撫ぜる。
「同人書いて、目の下に隈作ってるのがアカンのとちゃいます?」
「っ!?」
非常に悔しい話なのだが、
「何ですの? 俺を意識してはりますん?」
周りの先輩だけでなく、コイツもまたイケメンなのである。
「そ、そんな訳ないでしょう!? 年下なんぞ、毛ほども興味ないわ!!」
「何の漫画の台詞です? そんな言うたら、白石部長だって年下っすわ」
「うるさい! 傷をえぐるな!」
おむつをしている頃から知っている少年をまともに意識して見た事がなかったのだが、
見目麗しい先輩と並んでも遜色ない彼を見た時、は気付いたのだ――あれ? もしかして光君ってかっこいいの?
いやいやしかし、口を開けば毒しか吐かないこの男。おむつも替えた仲である。認める訳にはいくまい。
結果的にトキメキが同人誌と言う方向で解消されるようになった事を当の財前は知る由もないのだが。
(いや、知らなくていいんだけれどね)
胸の内で呟いていると、財前は眉間に皺をよせ、顎を抑えた。
「しっかし、よくもまあこんな甘ったるい台詞浮かびますね」
「乙女の夢ですよ」
「自分が言うて貰えばええですやん」
「言ってくれる人が居ないんですって言えば満足ですかね!? もー! 降りるから、先に一階に降りて!」
ドッカンと爆発するように煙を上げたが財前の背中を押そうとする手をひらりと避けて、
事もあろうことか財前は手の内にあった原稿用紙を奪い取った。
「ギャ!」
「一つ聞きますけど。俺が何で、さんを試合に呼んだか気付いてます?」
「は?」
「アンタが俺の事をただの幼馴染くらいにしか思ってないのは知ってましたからええですけどね。せやから呼んだんですよ。俺、結構ええ男でしょ?」
「…」
「おまけにテニスもそこそこ上手いんで、今年の全国大会にまたアンタ呼びますわ。次は他見る余裕も与えるつもりないですから、覚悟しといた方がええですよ」
頭の上に置かれた原稿用紙。
それの中でこの男は全国大会に連れて行くからと謙也に約束した。もっと色っぽいシチュエーションで、カッコよく言っていたはずだ。
こんな真っピンクな原稿用紙片手に、愛想もクソもない言い方じゃなかったはず。
「…っ」
だのに呼吸が詰まって、は耳まで真っ赤にすると俯いた。
「な、にそれ…!」
ずっとずっと幼馴染で、憎まれ口が減らない年下の男の子。
今までだってこれからだってずっとそうだと思っていたのに、その口ぶりだと、まるでの事が好きみたいで。
がぐるぐるしていると、財前は「って言うか」と首を傾いだ。
「さん、つい一昨日まで言ってた理想のタイプ、覚えてはります?」
「…ん?」
「地味で平凡な人がいいな。お金とかもほどほどあればいいしって言うてたんですよ。
せやから俺、部長が好きかもしれんって聞いた時一瞬心臓止まりましたもん。言うてる事全然ちゃうやんって。
絶対だいじょうぶやって確信あったから紹介したのに」
眉間に皺が寄る。
年相応に不貞腐れた顔に、は声を引っくり返した。
「ちょ、何よそれ! まるで、アンタわたしの好みに合わせて地味に過ごしてたって言うの!?」
「そうですけど」
「いやいやいや、そんな本気出したみたいに言われても…っ」
「本気出したって言うか」
財前は肩を竦めて、息を吐く。
真っ直ぐ見据えられた顔が嫌に真剣で、はゾッと背筋が寒くなった。
距離を取ろうとした背後に机。どんとぶつかって逃げ場が無くなる。
伸びて来た両手がの逃げ道を塞いで、財前は息がかかるほど近くに顔を寄せると、悪戯子のような声を上げた。
「能ある鷹は爪を隠すって言いますやろ?」
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諦めた方がええですよ。アンタ、最初から俺の獲物ですし