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「…よお」
「よお」

片手を挙げて挨拶をしたのち、裕次郎はかったるそうな顔でカウンタに肘をついた。
「店にいるなんて珍しいね」
「まあな。店番しろって、たーりー(親父)がうるさい」
「ふーん」

こちらとら内心、その親父さんがひょっこり出て来やしないかと気が気じゃないのだが。
ちゃん! ちゅー(今日)も来たんかぁ」とか言われた日には絶望的だ。
開いた口から心臓が飛び出やしないかと思いながら、
「受験勉強しなくていいの?」
そろりと口にすると、裕次郎はひらりと手を振った。

「高校はテニスで推薦取れそうばぁよ。わざわざ勉強するのもかったりー」

「それはまぁ…アンタにとってよかったのか、悪かったのか」

違う。
違う。
こんな他愛ないコトなら学校でも話せる。
鞄に突っ込んだ指先、触れた封筒の感触にそっと深呼吸した――うまく渡せるかな。

「ジュースどこだっけ?」
「そっち」
「アンタ、よくそれで店番務まるね」
「うっせ。わじるぞ(怒るぞ)。やー以外の客なら、もうちょい愛想よくするあんに」
「あっそ。あーあ、昔は裕次郎優しかったのになぁ。小学校の遠足で――」
「バ…ッ! やーそれ凛にも話したばぁ!? わんがどんだけ笑われたか…!」
「別に笑い話としてしたわけじゃないし」

立派な恋愛相談で、しかもは大まじめに話したのだ――裕次郎はもうわたしが必要ないのかな、と。
悶々とした話を、凛はイスに腰かけたまま笑い飛ばした。

「野郎なんてみんなそんなモンばぁ? わんだってそうあんに。素直になるのが一番難しいんばぁよ」
「えー、平古場やさしいじゃん」
「それはわんとやーが友人やくとぅやっさーろ(だからだろ)」

「わたしと裕次郎だって友達だけど? まあ…幼馴染のね」
「ふらー(バカ)やーはンな風に裕次郎のコト見てねぇだろ」
「…それは…そうだけど……」

「ま。裕次郎は鈍くせぇかんな。やーから行動したほうがいいんじゃねーぬ?」

考えてみる、と返事をしたのは確か九州大会の前だったか。

「…じゃぁ、どんなつもりで話した?」
「裕次郎には関係ないし」
「はぁ!?」

一気に空気が悪くなる。しまった、またやってしまったと後悔した時にはもう遅い。
むっつりとした顔で黙りこんだ裕次郎の姿には逃げ腰になった。

今日は日が悪い…また出直そう。


「150円」
「うん…ぁ…」
「ぬーがや」
「…財布……忘れた」
「………やー、何しに来たんばぁ?」

真顔で問うた裕次郎は、ブッと吹きだした口を押えた。

「やー、サザエさんのまわしモンかよ! 残念やさ、うちは魚屋じゃねぇぞ!」
「う、うるさい…ッ」

こちとら手紙ばかり確認してたんだよ!
ボンと火を噴いたはカウンタの上で鞄を引っくり返した―150円くらいないものか。

「ツケでいいぜ」
「やだ! こんな恥ずかしい思いをしたうえにツケなんてしたら、アンタ人にしゃべりまわるでしょう!」
「当然ばぁ。やーだってわんのコト色々凛に言ってんだからよぉ…お、コレぬーが?(なんだ)」

ラブレターか?
一瞬まじめな顔をしたのがウソみたいに、ニヤニヤ封筒を取った裕次郎の言葉を聞いて、はギョッと目を見開く。

「ちょ…それダメ!」

(わたしのバカ――! なんでカバンひっくり返したんだァアァァアア!)

「ゆう…じろうへ? わん宛てか?」

背を向けられたら、ひったくろうと伸ばした手が届かない。

「これ、やーの字ばぁ? なんでそんな慌てるんばぁよ」

(おま…ッ!? この激ニブ男――ッ!!)

「カウンタ邪魔! もう! 返せ!」
「…」
「読むな! 頼むから読むな! 今日は日が悪いから出直して渡すッ」
「……やー」

字を追った裕次郎はポツリと、
「凛のコト好きだったんじゃねーのかよ」
と呟いた。
「なんでそうなるのよ」

「だってやー…凛とよく話すしよぉ」
「それはアンタのコト相談してたのよ! ああもう! 気がすんだなら返してよ!」
「やーが毎日来てたの…わんの応援か…?」
「…そうだけど。ちょ、ゆうじろ…!?」
ずるずるとしゃがみ込んだ裕次郎はそれだけ言うと、用済みのように手を払った。
「やっぱツケにしとく…明日もわん店番すっからよ。払いに来い」
「だから、探せばたぶんどっかに」
「いい! 今のわん見るな…ッ」


すっげぇ情けない顔してるからよ。

ちょっと身体を横にずらすと、日に焼けた肌を真っ赤に染めた裕次郎。目が合って、は丸くする。

「嬉しいんだから、仕方ねぇだろ!?」
「は? ちょ、蹴るな!」
蹴るように店を追い出されて、またもや先延ばしになった恋は、
「やーついに告白したんばぁ? 同じくらい鈍くせぇからよぉ、裕次郎も好きなコト気づいてなかったんだろ」したり顔で電話をかけて来た凛によって
「はぁああぁぁああ!? 告白してないしされてない!? いい加減にすっさー! やーは裕次郎が好き、裕次郎はやーが好き! 以上! じゃあな!」
ようやく終止符が打たれたのであった。


「…そう言う事なら早く言ってよ、裕次郎」
「やーこそ」
「知念ー! 鈍くせぇのが二人揃った面白い話があるさー!」
「「凛!!!!!」」