ドリーム小説
「…」
わたしは今、途方に暮れている。
【謎はナゾのままがいい】
外は雨。
傘立ての上を右往左往した手を引っ込めて、は声に絶望をにじませた。
「はろう まいねーむ いず みせす アンラッキー」
傘立てに挿して置いた傘が見当たらない。
盗んだ奴誰だと憤慨した。
朝から雨雲だっただろう。数日前から今日の夕方は降るって言っていただろう。
恨み言を呟いていると、後ろから涼やかな声が掛かる。
「それを言うならミス アンラッキーだ。ミセスは既婚者につく、一年で習っただろう」
柳蓮二。
しっとり髪と制服を濡らしている彼は、霊と見間違えるのではないかと思うほど儚く美しい。
「…どうした?」
ぼぅと見惚れてところに声を再びかけられて思わずわっと声を上げてしまった。
「そうだね!」
遅れて頷く。
こうして見ると、男の子とは思えない程柳は綺麗だ。白い肌に、紅をひいたように赤い唇。女としては少々、羨ましいを通り越して恨めしい。
はきゅっと心臓が狭くなって、気恥ずかしさから逃げるように視線を逸らした。
(何話せばいいんだろ)
の片思いの相手だということを除けば、ただのクラスメイト。
(声上ずってないかな)
跳ねる心臓を宥めながら、はおずおずと口を開いた。
「部活?」
「…ああ。筋トレだけだがな。こそこんな時間にどうした」
「今日提出期限の紙を書いてて、今…終わったんだけど」
だけど。
もう一度言って、重いため息をつく。
「傘を…盗まれまして」
乾いた笑いを浮かべたは髪をかいた。
「いやーここまでくると神がかりなドンくささですよね!」
思い返せば柳には多々多々世話をかける。
提出書類を忘れてしまえばたまたまコピーを持っていたり、当番で預かっていた図書室の鍵を失くした時は見つけ出してくれたり。
困っている時に不思議と現れる柳は、あっと言う間にが困っていることを解決してくれて、ますますミステリアスな魅力に磨きをかけていくのだ。
あまり見入っていたら心まで見透かされてしまいそう。
はさりげなく窓に視線を移した。
「もう少ししたらお母さん帰ってくるから学校で待ってることにしようと思ってね。柳君も、これ以上雨がひどくなる前に帰ったほうがいいよ」
すると柳も外へと目を向ける。
「の家は、確か駅の近くだったな」
「うん。そう…だけど」
(あれ? 言った事あったかな?)
ふとした疑問は柳の「送っていこう」と言う言葉にかき消され、は飛び上がる勢いで驚いた。
「い、いい! いいよ!」
首を横に振る間にも柳は傘立てから番傘を手に取り、行くぞとを促す。
「え、でも」
「早くしたほうがいい。夜にかけて雨脚はひどくなるらしいからな」
「…そうなの?」
「一人で校舎にいるのは、俺以外の何かに会うかも知れないな」
「ひぃ!」
声にならない悲鳴をあげたはコンマの速さで頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
綻ぶような笑み。
柳の手からぶら下がっている番傘に視線を落とすとすらりと長い指先が瞳に映って、
うっかり目が行ってしまったは、気取られぬようにあれやこれやと言い訳を頭を巡らせた。
「で、でも番傘ってズルいよね! それだと目立つから絶対盗られないし!」
「も番傘にしてみるか?」
「い、いや…わたしが持つにはちょっと…似合わな過ぎると言うか…」
中学三年生で番傘って。柳だからこそ許されるのではないかと思ってしまう。
「柳君みたいにミステリアスな人には似合うと思うんだけれど」
持っている自分を想像したら最後、そこから先の言葉が出て来ない。
が絶句していると、柳はことりと首を傾けた。
「ミステリアス?」
「困ったときに突然現れて、困ってることを解決してくれるじゃない? 不思議な人イコール、ミステリアスって言うか…」
ふっと声をあげて柳が笑う声に、は驚いて視線を戻す。
小刻みに震えた柳は顔を背けると、「いや」と言いながら片手を突き出した。
「そうか。にはそれがミステリアスに見えていたんだな」
「へ?」
「すべてはデータに基づいている。二年の二学期中盤からのデータによると、書類を忘れる確率は非常に高い。今日もそうだろう」
「……おっしゃる通りで」
「データを並べだすとキリが無い。
図書室の鍵は歩く頻度が高い場所を探して見つけたのであって、
傘を盗まれて困っているのは……知っているから来た。それだけの事だ――ちなみに持っていったのは田中だ」
「た、田中君!?」
「ああ」
「何で知って!?」
「見ていた」
「なんで止めてくれなかったの!?」
「傘を盗まれたとなれば、会話する以上の可能性が出てくるだろう」
外は土砂降りの雨。
二人と一本の傘。
「かのう、せい?」
「知らなかったか? 俺は参謀という二つ名を持っていてな」
何食わぬ顔で言いながら、番傘を差し出す柳。
食い入るように見ていると、彼はあまり見せた事のない、はにかむような笑みを浮かべた。
「種明かしもしたところで。どうだ、。俺と一緒に帰らないか?」