ドリーム小説
「何だこれ、ぶっさいく」
「めっちゃ取りやすい位置にあるんですけどぉ。いらないよねー」

笑いながら去って行ったカップルのあとUFOキャッチャーを覗き込むと、くりくりとしたビーズと目があう。
これはこれで可愛いのでは?
とたんにチャレンジ精神が沸き上がって来て、二百円を入れると、緩いアームは人形の輪郭をすり抜けて上へと戻って行った。
「今日も絶好調にアンラッキーだわ」
がっくりと肩を下げる
残されたのは、アッと言う間に消えた二百円玉の喪失感だけ。
「ちくしょう、清純め」
謂れのない悪態をついて、ふてくされたは口先を尖らせる。


千石清純。
双子の弟である彼は山吹中学校テニス部エース。
中学生とは思えない大人びた風貌にオレンジ色の髪を靡かせ、周りには花よ蝶よと女の子の群れ。
母親の胎内からラッキーを根こそぎ奪っていった男は今日も部活をサボって、学校一可愛いと謳われる女の子と楽しげに帰っていた。
それに比べてと言えば、残りカスをギュッと圧縮させて出来たようなもの。
成績、運動中の中。
顔、スタイル、普通。
そこにあえて突出しているのが運の悪さで、これがまた弟と並ぶと途端に冴えて仕方がない。
否、清純の幸運が冴えわたるのか。
UFOキャッチャーを前にしてしょんぼりしたが家路に戻ろうとしたとき、

「うるさい、どけよ」

首を巡らせると、聖ルドルフの制服を着た男の子が数人に囲まれていた。囲んでいるのは青学か。
「俺は兄貴じゃない。文句があるなら兄貴に言えよ」
そう吐き捨てたルドルフの青年は見覚えがある。清純にせっつかれて、しぶしぶ観に行った大会で試合していた――確か。
不二裕太、だったか。

「ゆう、た君」
は裕太の腕を掴むと、ひときわ明るい声を繕った。
「お待たせ。不二さん、もうすぐ来るってよ」
台詞は案外功を為す。
チッと舌打ちしながら去って行った男たちにホッと胸を撫で下ろしていると、不二裕太は驚いたような顔で目を瞬かせた。
「アンタは?」
「口を挟んでごめんなさい。家も馬鹿みたいに目立つ弟が居るの。絡まれる事も多くて…、他人事だと思えなかったから」
「そりゃ助かったけど…」
言って、裕太は一笑する。
「けど、女子が迂闊に口挟むと危ないぜ。次からは気をつけろよ」
「っ」

(な、なななな何だこの爽やか好青年はッ!?)

短く切った髪と言い、涼しげな風貌と言い、弟とは別の生き物だ。ひっくり返るようにして飛び跳ねた心臓に、血色がよくなった頬を隠すようにして俯く。
「俺は不二裕太…って、アンタ、俺の事知ってたな」
「あ、うん。家の弟がテニスをしてて、地区大会を観に行ったの。わたしは千石…」
ちゃん!」
遠くから割り入った声。
血相を変えて走って来た清純を指差して、
「アレが弟なの」
と言うなり、腕を引かれたは清純の後ろに追いやられた。
「ちょ、清純…」
「君は確か…聖ルドルフの不二君、だったかな?」
「そう、ですけど」
虚を突かれたような顔をしている裕太。清純を追いやろうとするも微動だにしない。壁のように立ち塞がる清純の背中をドンと叩いて、は語気を強めた。
「不二君じゃなくて、裕太君! もう、彼女はどうしたの!?」
仲睦まじげに帰っていた少女の姿が無い。
くるりとを振り返った清純は、珍しく汗をかいている顔でへらりと笑った。
「あー、うん。どっかで分かれたような…別れたような」
「はぁ?」
「まあとにかく不二く」
「裕太君」
「裕太君、うちの姉がお世話になったようで」
「世話になったのは俺のほ」
「いやいやホントにホントに、ありがとう」
顔を出そうとするのに、同じ方向に清純が動くものだがらちっとも裕太と顔が合わない。見えないまま、裕太の声だけが聞こえて来る。
「えーっと、さん。じゃあまた」
「え、あ、うん、ま」
「またな、裕太君。テニス頑張れよぉ!」
(いや、お前が頑張れよ)
意気揚々と裕太を見送る清純。
その後ろ背を睨みつけていると、振り返った彼はを見るなり呟いた。
「これはセーフだな。…ラッキー」
「何もセーフじゃないわよ! もう、彼女探すよ!」
「ん!? いやいいって」
「良い訳あるかい! また私がやっかみを相手にする羽目になるでしょうがッ!」
恋する乙女とは常に自分にとって都合の良く物を見たがる生き物である。
シスコンではなく、ブラコン。
その盲目に掛かれば、姉離れ出来ない弟ではなく、いつまでも弟に世話を焼かれる姉に見えるのだから不思議だ。
憤慨するに腕を掴まれた清純は、てんで真逆の方を向きながらあっと声を上げた。
ちゃん。この人形、好きなんじゃない?」
「まーね。でもさっき取れなくて、ってそう言う話じゃ…」
財布から小銭を出す清純。
言い終らないうちに、操作する緩いアームに紐が引っかかる。
唖然としているの手にぬいぐるみを握らせて、清純は明るい声を上げた。

「ラッキー!」
「……やっぱり不公平だわ」

「いいじゃないか。俺はともかく、ちゃんからしてみればプラマイゼロだろ」
「止めてよ、そんなプラマイゼロとか言われたら一生アンタと一緒に居なくちゃいけなくなるじゃない」

憎らしく言い返す。
すると鮮やかな笑みが返って来て、清純はオレンジ色の髪を風に靡かせた。

「やっぱり俺ってラッキー!」
「いや、全くもってアンラッキーだから」