ドリーム小説
「おはよう、仁王くん」
「おはようさん。今日も早いの」
「仁王くんこそ」
ストーブに手を翳している仁王の背中に向かって言えば、彼は赤くなった鼻を擦って身体を丸めた。
「俺は部活じゃけぇのぉ」
愚痴っぽく言いながら横へずれる。
「お疲れ様です」
手を広げると、限界まで凍えた指先がじゅんと痺れた。
いつの頃からだろうか。
一人きりだった教室に仁王の姿があるようになったのは。
――そんな所でつっ立っとらんと。はよ入りんしゃい。
ストーブが当然のような顔をして温まっているようになったのは。
「そう言えば、仁王くん、昨日の英語いなかったよね」
「そうやったか?」
「うん。先生が今日は仁王くんを当てるって息巻いてたよ」
「めんどくさいのぉ。…サボるか」
「それが駄目なんだって」
ツッコミを入れると仁王は息を吐くようにして笑った。
ふふ、と静かな笑い声が聞こえて来て、
教室でいつも退屈そうに空を仰いでいる彼がこんな風にして笑うのだと言う事を知った時はちょっと得した気分になったものだ、と、は冬の始まりを思い出す。
家が遠くなかったら。
こうして仁王と話す事もなかったのだろう。
そう思うと、寒くて辛くて寂しくてしょうがなかった通学が報われた気持ちになるから現金なものだ。
「丸井くんに聞かなかったの?」
「聞くように見えるか?」
「……見えない」
「じゃろ」
また緩く笑う。
この調子じゃ本当に英語の授業に居なさそうだなあ、なんて、ちょっぴり先生を哀れに思っていると、後ろでドアが開く音がした。
こんな時間に登校して来る人がいるのは珍しい。揃って振り返ると、赤い髪を揺らしてぶるりと男は震えあがった。
「さむッ!?」
「丸井くん」
「……ブン太か」
「お前、なんでこんな寒い所に居ンの? おかげで部室から出る羽目になっちまったじゃねぇか」
寒いさむいと言いながらブン太は足早に入って来る。
仁王の横に腰を下ろして、吃驚するくらいストーブに身を寄せたブン太は風船ガムを膨らませた。
「さっき言い忘れちまってよ。仁王、今日英語当たるぜ」
「らしいの。さっき聞いた」
「こんな朝早くに、良くこんな寒い教室に居るな。せっかく暖めた身体が冷えちまうぜ」
「なら部室に戻りんしゃい」
「そーする」
言うなりブン太は立ち上がった。
駆け足で元来た道を戻って行く。
再び二人きりになって、シンと静まり返った教室では瞬いた。
「もしかしてテニス部って、暖房ついてるの?」
王者立海大と名高いテニス部は、他所の部活よりも待遇が厚いらしいと聞くが、まさか冷暖房完備とは。
まるまるした目で驚いていると、仁王は口先を尖らせた。
「まったくブン太め。おしゃべりな奴じゃ。…テニス部の部室はうるさいからの。赤也は騒ぐわ、真田は怒るわ、ちっとも落ち着けん」
「またまたそんなご冗談を。テニス部の話をしてる時の仁王くん、すごく楽しそうだよ」
仁王の目が僅かに開く。
こういう時の仁王が驚いている事を知っているので、してやったりな気持ちになっていると、仁王はふ、と唇に弧を描くようにして笑った。
「なら、お前さんと話すのはもっと楽しくて、わざわざストーブを付けに来とる事にも気付いてくれるかの」
「…」
「……」
何か言おうとするのに、気の利いた言葉がまるで出て来ない。
金魚のように開いたり閉じたりを繰り返して、は苦し紛れな台詞を口にした。
「…仁王くん、顔が赤いよ」
「ストーブが熱過ぎるんじゃ。…お前さんも随分熱そうじゃの」
分かっている癖に、悪戯な口調で切り返される。
仁王よりも真っ赤だろう頬を両手で押さえて、はごにょごにょと言葉を濁した。
「わたしは微熱なの」