ドリーム小説
「私の名前は一期一振。粟田口吉光による唯一の太刀」
顕現してまず目に入ったのは、淡い紫色の目を剥いて驚いている薬研藤四郎と、彼の後ろに座している審神者の姿であった。
黒の羽織に灰色の袴。皺の多い目元がス、と細くなる。
重い沈黙が尾を引く中で、何を思ったのか、突如審神者はぶわりと大粒の涙を溢れさせた。
「や、やや薬研。うちの本丸にもついに来たぞ、一期一振が!」
「ああ大将。長い道のりだったな」
嗚咽を漏らす審神者。
その背を優しく薬研が撫ぜる。
呆気に取られる一期一振に充血した目を向けた審神者は、感極まった様子で立ち上がった。乱暴な手つきで一期一振の手を握ると、上下に揺らす。
「助かった一期一振!」
「は、はあ」
「うちの藤四郎たちをよろしく頼む!」
どうやらこの本丸に一期一振が顕現したのは初めてらしい。一つ、一つと部屋を案内しながら、薬研は肩を竦める。
「うちの大将は刀集めが趣味だって言うのに、いかんせん運がイマイチでな。いち兄もようやくだ。みんな今頃大将に聞いて、首を長くしてんじゃねぇか」
「刀…集めが趣味なのか」
あまり浮かない相槌を打つ一期一振に、薬研は首を巡らせた。少し笑う。
「あまり責めないでやってくれ」
「…どう言う意味だ? 薬研」
「その内分かる」
歯に挟まったような物言いは気にもなったが、今の一期一振の興味が向くのは、目に見えるこの景色。ぐるりと見渡すと、感嘆の息を吐く。
「そうか。それにしても大きな本丸だな」
案内された部屋の数にしても覚えるのに時間がかかりそうだが、見渡す庭の先に塀が見えない。どこまでも続く庭。石畳が僅かに見え、あとは緑一色だ。アザミにアヤメ、オオイヌノフグリ、キンセンカにキンギョソウと背高草に混じって花が咲いている。蕾をつけた桜に、今が花盛りの枝垂れ梅。ぐるりと見渡した一期一振は、薬研へと視線を戻した。
「あの花々は…」
「ああ、あれな。大将の意向で咲くに任せててな。さすがに畑の付近は手入れをしてるんだが…いち兄も、この庭に入るなら気を付けた方がいいぜ。虫が多くて適わん。夏は特に一瞬で蚊の餌食だ」
「蚊、か」
「刺されると、これが地味に痒くてな。虫よけの香がいるぜ。ま、分かんない事があればなんでも訊いてくれ」
やっとの事辿り着いた粟田口の短刀が集まる部屋は、この本丸で一番広い部屋だと言う。障子を開けるなり飛びついて来た乱を受け止めて、一期一振は己を輝いた目で見上げる短刀達に目を細めた。
「なるほど。ほとんどの弟たちがここに」
「まぁな。後藤と博多、それに骨喰と鯰尾は今遠征に出てるんだ。…そんで、信濃はまだ来てねェんだよなぁ」
「あとは毛利ね」
「あの時の主君は、見ていられませんでした」
「鍛刀運の悪さ、呪って治ればいいんだけれどねぇ」
厚、包丁、前田、乱と立て続けに口を開く。
「そうか」
「ま、こればっかりは次の縁を期待するしかねぇからな。どうだ、いち兄。夕飯まではまだ時間もあるし、手合せでもしないか」
「いいですな」
「えー、ぼくもいち兄と手合せしたい!」
「わたしも是非」
「ぼ、ぼくも…」
じゃんけんで順番な、と言う厚の声に、短刀達が集まってじゃんけんを始める。人数がいるだけに、なかなか決着が付かない。あいこを十何回繰り返し、何組かに分かれてじゃんけんを始め、順番が決まる頃には日も暮れかかっていた。橙色の空を見た薬研は、苦笑する。
「時間を掛け過ぎたか」
「これじゃあ全員は無理だね」
「とりあえず今日は飯食って、明日にするか?」
「いち兄と手合せ、楽しみだなあ」
ほくほくと秋田が頬を緩める傍らで、五虎退が感慨深そうに呟いた。
「今から…いち兄とは、ずっと一緒に居れるんですよね…」
「五虎退」
「そうだな。とりあえず、飯に行くかー」
五虎退を少し眩しそうな目で見つめて、後ろ頭で手を組んだ厚が、のんびり歩を進める。
煤けた茶色い廊下に一歩を踏み出した厚は、あ、と思い出したような声を上げた。
「いけね! 長谷部に頼まれた廊下の修繕忘れてた。長谷部が気付く前にしねぇと! 乱!」
「えー、ぼく? もう、しょうがないなあ」
「いち兄、居間でな!」
「ご飯は待っててよー!」
「ああ」
駆けだしてく厚と乱の背中を見送る。
そう言えばと思い見上げると、この本丸、なかなかの年代物である。
これだけの本丸を預かるのであれば、力量も戦績も、なかなかの者でなければ維持する事も出来ないだろう。
人目をはばからず号泣していた審神者の姿が過った一期一振は、斜めに視線を降ろした。
「主は、どのような方なのだ? 五虎退」
五虎退がびくりと身体を揺らす。
一期一振を見上げる彼は、恥ずかしそうに頬を朱に染めると俯いた。
「あるじさまは、お優しいです」
それから、と五虎退は言葉を続ける。
「少し、寂しそうに見えます」
「…寂しい、ですかな」
「主君はもう、現世を離れて随分と経つと聞きました。確か、二百年とか」
「二百年…。それは、人の身にしては随分長いな」
「審神者と言えど、人には変わりありません。寿命とて同じ事」
ぽつりと平野は呟き、一期一振を仰ぎ見た。
「それが時折、人の一生の枠を超えた生を持つ審神者がいると言います」
「――それが、わたしたちの主と言う事か」
平野は頷く。
「何故そのような審神者が現れるのか。一説では、我ら付喪神の寵愛を受けた者が、まれに力を得て半神になると聞きますが、真偽のほどは確かではありません」
「他の本丸の前田にきいても、そのような主君に仕える前田は居ないのです」
「知るのは、初期刀加州さんと、早くに顕現している数振りのみ」
「我らの中では…薬研兄さんだけです」
くるりと首を巡らせた平野の視線の先に居る薬研は、困ったような顔をしたあと、微かに笑った。
「――!」
目が覚めた一期一振は、寝ていたとは思えない程早く脈を打つ心臓を抑えた。
「今のは…顕現した頃の、夢か」
汗で濡れている。
拭うと、ちらりと傍らに目が向いた。
隣で眠る博多が、むにゃむにゃと口を動かしている。
慌てて息を潜めた一期一振は、衣擦れをたてないように身を起こすと、立ち上がった。障子に手を掛ける最中、出入り口のすぐそばで眠っている薬研が瞳に映る。大人びた寝顔に、先ほどの夢の続きが、記憶としてよみがえって来た。
「そこまで知ってりゃ、十分だよ」
あの時の薬研はそう言ったきり、黙り込んだ。
それ以来審神者が半神と化した話題が持ち上がる事は無い。
(寵愛、か)
ざわりと胸の内に込み上げて、とぐろを巻く黒いもの。
湧き上がってくるこの感情が嫌悪感と言うのだと知ったのは、顕現してから一年ほど経った日の事だろうか。
襖を開くと、桜はすでに散っていた。
それでもなお、ただそこに在ると言う事が美しい。
そう思えるようになったのは、審神者の心を分けてもらっているからだろうと一期一振は思う。
一期一振もこの本丸に顕現して早三年。あっと言う間に過ぎていって、この桜が咲く所も散る所も、もう三度も見たと言うのは奇妙な感覚であった。
「…ん?」
緑の葉が目立つ桜に見惚れていた一期一振は、ふと我に返る。
目を凝らすと、桜木の下に小さな影。よくよく見ると、審神者が座っている。
驚いて一歩を踏み出した一期一振は庭先の下駄を引っ掻けると、歩から早歩き、駆け足となって桜へと急いだ。
「主!」
「おはよう、一期一振」
「どうしてこのような時間に、このような場所で…! お風邪を召されますぞ」
「いやあ。なんだか散ってく桜を見たくなってな」
見たくなって、と軽く言う審神者の肩は、桜の花びらで色づいている。
一体いつからここに居たのかと聞きたくなる気持ちはやがて呆れに変わって、一期一振はため息と共に苦笑した。
「…桜の精かと思いました」
「こんなおっちゃん捕まえて桜の精はないだろう。どうせなら、ちょっと幸が薄そうな線の細い儚げ美人がいいなぁ」
注文の多い審神者は、首を傾いで笑う。
目元の皺が深くなった。
彼が、二百年前には所帯を持っていたと言う話を聞いたのはいつの事だったか。
女性が恋愛対象だと言う事に、酷く傷ついた覚えがある。
息子と娘が一人づつ。
看取ってからは、随分と塞ぎこんだと笑った顔は、今と同じような顔で、審神者を寂しそうだと称した五虎退はさすがに鋭いと感心したもの。
一期一振は彼の肩に積もった桜を払うと、戻りましょう、と手を差し伸べた。
「今日の近侍は?」
「明石だなぁ」
「…構われなくない時に、明石殿を近侍に置くのはお止め下さい。おかげで明石殿はすっかり味を占めていらっしゃる」
審神者が部屋を出ても気づかないなんて、近侍としていかがなものか。
眉間に皺を寄せる一期一振に、審神者はまあまあと手を動かした。
「明石の事だ。ちゃんと気付いているよ」
「…そうでしょうか」
「多分」
「……主」
「まあいいんだよ。そこが明石の良い所なんだ」
「主に何かあってからでは遅いと、私は言っているのです」
怒りを抑えるように声を低くした一期一振を、審神者はついと横眼で見た。瞬くと、揺れる柳のようにのらりくらりと笑う。
「とは言ってもなぁ、俺ももう二百年生きてるし、嫁さん子どもも死んでるし、そろそろ幕を引いてもいい頃合いだと思うんだけれどなぁ」
「……主」
「冗談だよ。全く一期は堅物で困る。まあまあ、そこも良い所なんだが」
独り言のようにそう言って、審神者は一期一振の手を取った。立ち上がると、寝巻についた土を払う。
「お。尻が冷たい」
「何時間座っていらっしゃったのですか」
「一時間ちょいかな。ちょっと見てくれ一期、汚れているか」
「…汚れています」
「参ったなあ。寝巻でうろつくな汚すなと、兼定に叱られたばかりだったんだ」
「それは、怒られますな」
「仕方ない、謝るかぁ」
よたよたと審神者が歩く。
どうも見ていると、その様子が酔っているように見えた一期一振は目を細めた。
この男、酒が大好きな上にそう変わらないから性質が悪いのである。
「主。酔っていらっしゃいますか?」
「いやあ。実は、昨日の夜はつい」
「どの刀と呑まれましたか」
一期一振の追及に、審神者の草履が止まる。
くるりと踵を返した審神者は、あっけらかんと笑ってみせた。
「次郎太刀と、太郎太刀。日本号に長谷部。それから――」
「近侍の明石殿ですな」
「…良く分かったな、一期一振」
「私も主が確信犯であると言う事が良く分かりました」
近侍の部屋で潰れているだろう明石が急に不憫に思えてくる。明石をフォローしたのは、構われたくない気持ちが余って酒で潰した暴挙による罪悪感か。
一期一振は緩く首を振ると、肩を竦めた。
「一人になりたいのであれば、そうおっしゃって頂きたい。邪魔をせぬよう、遠くに控えさせて頂きます」
「一期は本当にするだろうからなぁ。近侍には置かないよ」
ゆっくりと審神者が一歩を踏み出す。
その草履が土を踏む最中、寝巻の裾から覗く足。
目を奪われた一期一振は、無意識に伸ばした腕が審神者の腕を掴んでいる事に遅れて気付いた。
驚いて見開いた一期一振の瞳に、呆気に取られた審神者が揺れている。
「どうした、一期」
「いえ」
「ああ、転びそうだった事に気付いたのか」
真か嘘か。
分からぬ口調で、審神者は感心した声をあげた。
おもむろに伸びてきた彼の手が、一期一振の碧い髪をくすぐるように撫ぜる。その熱に、一期一振の胸は躍った。
「ありがとう、一期」
二回跳ねて、下がって行く手。
名残惜しさにたまらずそれを掴んだ一期一振は、息を詰める。
「主は――」
昨夜の夢を思い出す。
あのような夢を見たからこそ、こんな焦燥に駆られるに違いない。
掠れた声で、一期一振は続けた。
「主は…!」
「それは聞かない方がいい。一期」
遮る審神者の声に、一期一振は面を食らう。二度瞬くと、眉を潜めた。そんな一期一振の言葉を待たずして、審神者は次いで口を開く。
「その様子じゃ、お前も見たのだろう。あの日の夢を」
「…わたしが、顕現した折の夢でしょうか」
「ああ。俺も見た。あの夢は、ただの夢じゃない。見せられたんだよ、俺達は」
「見せ――られた、ですか。誰に…」
「お前が名前を訊こうとしている、その刀に」
審神者は言うと、後ろ頭を掻いた。やれやれと呟く声は、いつに無く沈んでいる。
「俺の力は、ほとんどが貰い物でな」
「貰い物、とは」
「…」
「……」
審神者が真っ直ぐと一期一振を見据える。
いつに無く真面目なその顔は、年相応の貫禄を覚えた。
のらりくらりと過ごしている彼の領域の、一歩先へと踏み込む勇気があるのかと、その眼に暗に問われている気がする。
一期一振は、自身より一回り程背の低い男を見下ろした。
無精ひげに、寝癖のついた髪。着崩した寝巻。どこからどう見てもくたびれた男を前にして、一期一振は声に力を込めた。
一瞬にして頭をもたげる黒いとぐろを、腹の下へと押し戻す。
「貰い物とは、どういう事ですか、主」
訊くと、審神者は困った顔をした。
顎を擦ると、腕を組んで首を捻る。
「見越してやがったな。あの野郎、一体どういうつもりだ?」
「主」
「ああ、悪い。まあ、だから、あれだよ。貰ったって言うのはな」
そこまで言って、審神者は口を噤んだ。そのまま何分経ったのか、解いた唇から紡がれる声は、諦めたような声音だった。
「俺が悪かったんだ。早くに嫁と、息子と…娘を看取って、気が沈んだ。このままこの、現世とは遠いこの世でたった一人、刀に囲まれて生きるのかと思うと――ゾッとした。たった後五十年にも満たない時間が、監獄のような気すらしたんだよ。弱り切っていた俺は、優しくされて、気が付いたらアイツの寵愛を受けてた」
聞きたくないと、胸の内で叫ぶ声が聞こえる。
一期一振は俯くと、そうですか、とまるで他人事のような相槌を打った。
「だけど、どんなに愛された所で…俺は満たされなかった。そんな俺の心が――まだ半人前だった俺の、まあ、今も半人前には変わらない訳なんだが。本丸の防御を緩めた」
「…!」
「時間遡行軍に目を付けられてな。たいして刀も置いてなかった本丸の、出陣時を狙われた。力のある一軍は皆で払って、居たのは練度の低い刀と…アイツだけ。一軍が戻って来るまで持ちこたえると――そう言って、俺と練度の低い刀を納谷に押し込めたアイツは、一人戦いに出た」
「…」
一期一振は息をのむ。
「一軍が戻って来て、納谷から出た時には…もう手入れも間に合わないくらい重症で、折れる寸前だった」
審神者の目が遠くを映す。
「正直言って、手入れ出来る自信は無かった。だが、するつもりだったんだよ、俺は。そんな俺に力を寄こして、アイツは折れやがった。
それからだよ。審神者としての力を十二分に得たのも、歳を取らないまま、ここで生きるようになったのも」
最後は投げやりにそう言って、審神者は息を吐いた。肩をすくめると、いつもよりも小さく見える。寝ぼけ頭をかきむしって、頭を垂れた。
「だから、俺の力は貰い物な訳だよ。たまーにこうして、からかってんだか、気まぐれに夢を見せたり、出て来たりしやがる」
「…そう、でしたか」
「その度になんだかやるせなくてな。一人になりたくなるんだ。だから」
言いかけて、審神者は苦笑する。
「そん時は、やっぱりお前を近侍には置けないよ。悪いな、一期」
何と返事をしたらいいのかが分からない。
口を開いたまま押し黙る一期一振を前にして、審神者は笑った。いつもと変わらぬ笑みは、相変わらずどこか寂しげに映る。
「ま、今度見たら、話しかけてみろよ。案外、あっさり出て来るかも知れんぜ」
慰めるように一期一振の肩を叩いて、審神者は踵を返した。後ろ背に、ひらりと手を振る。
「じゃあ俺は、もう一眠りするわ」
ふあ、とあくびする声が聞こえて、遠くなっていく足音。
審神者の姿が見えなくなって、縫いとめられていた時間はようやく動いた。ゆるゆると足を伸ばした一期一振は、自分がどういう顔をしているかも分からぬまま、屋敷へと戻る。眠っている弟たちの姿を見る気にもなれなくて、白湯でも飲もうと台所に足を向けた。
「やあ、随分と酷い顔だね。悪夢でも見たのかな?」
「…青江殿…に、石切丸殿」
「まるで憑かれたような顔だね。祓ってあげようか」
石切丸に訊かれて、一期一振は薄く笑った。
「憑かれた…と、言うより、狐につままれたような気分ですな」
「狐か…当たらずしも遠からず、と言った所かな」
のんびりと青江が宙を仰ぐ。
立ち話をする気分でもない一期一振が「失礼致します」と頭を下げて脇を通って行くのを見ている二振りの刀。やがて石切丸は「ふむ」と言うと、青江を見た。
「にっかりくん。これが君の言っていた話しと言う訳だね」
「ああ。ようやく君が顕現されたからね。早い所突っ込んでもらいたくて、うずうずしていた所だよ。思ったよりも早く出て来て貰えて、助かった、かな」
「彼が視えるのは、君と僕、それに…」
「太郎太刀だろうね。もっとも彼も早くに顕現したクチだから、彼の気持ちを汲んで見て見ぬ振りをしているようだけれど。ちなみに主には見えていないようだ。もっとも、彼が、自分を見えないようにしているだけかも知れないけれどねぇ」
「悪いものでもないからね」
「ああ。たまにこうして顔を出す程度さ」
青江と石切丸は顔を見合わせる。
そうして、ゆっくりと首を後ろに巡らせた。
誰も居ない廊下に目を細める。
「これでも、今の主を気に入っているんだ僕は。一期一振とは違って、突っ込みたいのは首くらいのものだけれど」
「同じ三条の出としては、君にこんな事を聞くのは野暮な気がしなくもないけれどね。どういうつもりだい?」
「この本丸にあれ以来君が顕現しない事にも、もしかすると関係しているのかな? 三日月宗近」
しゃん、と鈴の音が鳴った。
青江と石切丸の視線の先に居る男は、ゆるりと笑う。
『さぁ、どうであろうな』
風に乗った声が届くと同時に掻き消えた三日月宗近。見慣れた廊下の景色に変わって、青江は息を吐くように、やれやれと笑った。
「本当に。一期一振は、大した恋敵を得たものだねぇ」