my best friend01
「…本丸が急襲された?」
「ええ。それも立て続けに四件」
「四件!?」
開いた口が塞がらない。
パカッと開いた口を思わず押える動きに、肩が痛んだが丸くなるのを見ながら陸遜は顎を抑えた。丹精な眉間に皺が寄る。
「偶然とは思えませんね」
「どこかから情報が洩れてる、とか?」
「でしょうね。傷の具合はいかがです?」
「おかげさまで…大分」
「貴方の傷が治るまでは、万一の事態に備えて、わたし自身の出陣は控えた方がいいかもしれませんね」
陸遜が本丸に押しかけ居座ってから、早数週間。
肩を動かさないようにと念を押されながらも、ついつい見ていると手を動かさずにいられない審神者は、見かねた薬研に部屋から出るべからずと言い渡された。
今日の定例会も知らぬ間に欠席を出されている始末。
定例会に出席した陸遜の話を聞くに、やっぱりどうあってでも参加しておくべきだったかしらと唸っていると、不意に伸びて来た陸遜の手が前髪をくすぐった。驚いて思わず身を引く。
「な、何、陸遜」
「いえ。当然なのでしょうが、やはり仕草は同じなのだなぁと思いまして」
至極嬉しそうな顔で言う陸遜。
何だか無性に恥ずかしさが込み上げてきて、審神者はごにょごにょと言葉尻を濁した。
「そりゃ、まあ…中身はわたしですから」
「ええ、貴方ですね」
綻ぶように口元をゆるませる陸遜の笑みを見て、ますます腰が引ける。何だこの陸遜は。
こっちに来て会ってからと言うもの天使過ぎる陸遜には心底怯えきっていて、今日も今日とて震えあがると、伺うように陸遜を見上げた。おそるおそる口を開く。
「あ、ああああああの…陸遜? 陸遜はその…呉には戻らなくていいのかな?」
戻らなくていいのかなと聞いたものの、陸遜の意志で戻れるとは到底思えない。
おずおずと尋ねたに陸遜は首を傾いだ。
「と言われましても、わたしもどうやって戻ればいいのか…」
「だよね。わたしもこっちに来た当初はどうにかして戻れないものか、色々考えたもの」
結局は戻れなかったけれど。
肩を落とすと、陸遜は少し笑った。
「戻ろうと思ったんですね」
「そりゃそうだよ! ……無双の世界に帰りたいって思ったの。帰るなんて言葉、そもそもがおかしいのに」
それでも帰りたかった。
ブランクがあるは社会復帰にも手間取って、四苦八苦しているところに政府が現れた。
時どころか時空を跨いだ功績を買われ審神者になって早云年。
陸遜がまさか追いかけて来るなんて夢にも思ってなかったは、布団に落とした視線を揺らした。
「…何か、ごめんね。陸遜。…わたしがもっと上手にさよなら出来ていたら、陸遜が追いかけて来る事もなかったよね」
「例え貴方がどんなに素晴らしいさよならをしていたとしても、わたしは貴方を追いかけて来たと思いますよ」
言いながら、陸遜の手が頭を撫ぜる。
「それに、わたしは貴方を追いかける気でいましたから、仕事は全て陸瑁に引き継いでいます。貴方の心配には及びませんよ」
「陸瑁に?」
蜀を訪ねる事になった際、ボロ布のようになっていた陸瑁が脳裏をよぎった。
ごめん、陸瑁。
胸中で合掌していると、陸遜は声を低くする。
「もしも、もしもわたしがあちらの世界へ戻る時が来たなら、その時は貴方を連れて戻るつもりでいます」
「…え? 嫌、でもわたしが戻っちゃったら刀たちが…」
どうなると言うのだろう。
考えると心臓が痛くて、は冷たい息を吐いた。辛い考えを振り切るように頭を振る。
「そ、そりゃぁ戻れるなら…戻りたいけれど…。今はもう…うちの子たちを置いて行く気にはなれないもの」
「……貴方はそう言う人ですからね。一年でも…一生でも、ここに居るうちは付き合うつもりでいますよ」
「陸遜」
「もっとも、戻るとなった時に否は聞きませんのでそのつもりで」
そのつもりで、って拒否権ないんかい。
言えない言葉を飲みこみつつも、なんだかその言葉が陸遜らしくて、は噴き出すようにして笑った。
「何です?」
「いや、ごめん。何だか懐かしくなっちゃって…」
「分かります。わたしもです」
くすりと陸遜が笑う。
二人して笑ったあと、は目元に浮かんだ涙を拭った。
「なんだか皆が懐かしくなっちゃった。元気かな」
「元気だと思いますよ。趙雲殿や郭嘉殿とは時折手紙のやりとりをしていましたが、お二人方ともお元気そうでしたし…」
「陸遜が!? 趙雲殿と、郭嘉と手紙!?」
「何です、その顔は」
「すごく驚いた顔」
どんな顔をして三人が手紙のやりとりをしていたのか、すごく見たい。嫌、ものすごく見たい。
目を見開いて驚くに、陸遜はしみじみ頷いた。
「まあ驚きますよね」
「それで――」
その手紙とやら、どんな話をしていたのかな。
好奇心が抑えられずに口を開きかけた時、部屋の襖がスパンと開いた。血相を変えた長谷部が息を切らしている。
「主! 大変です」
「ど、どうしたの長谷部」
「政府より出陣の命が。近くの本丸に遡行軍の干渉を確認したそうです」
「え!?」
「ですが……それが妙な事に、干渉が二つあるそうで…」
「二つ? どういう事?」
「一つが遡行軍な事は間違いないそうなのですが、もう一つは未確認の干渉と言う事で、確かめるようにと通知が届いております」
「そ、そうならすぐにでも」
「わたしも行きます。わたしの刀たちも連れて行きましょう」
「そう…ね。時間を遡行する訳じゃないから、連れて行く刀に制限はないでしょうし、人数は多いに越した事ないものね」
頷いて、立ち上がるに長谷部は待ったをかける。
「主はここに」
「でも…! その本丸にだって審神者は居る訳だし…!」
「主の身に何かあっては…!」
「わたしが護ります」
短く言った陸遜はすでに立ち上がっていた。
「近くの本丸と言うのでしたら尚の事。ここに手が及ばないとも限りません。貴方を置いて行く方が心配です」
「だが…! 主は怪我も負っているんだぞ!」
「ええ、ですから絶対にわたしから離れない事。いいですね?」
陸遜に見据えられて、は何度も頷いた。
「約束します!」
黒煙が立ち上る本丸。
や陸遜が駆けつけると、切り捨てられた遡行軍の死屍累々の上に、男が一人立って居た。
黒い髪が風に靡く。
すっと伸ばした背筋に握られた槍。
足音に首を巡らせた男は眉根を持ち上げると槍先を向けた。
「遡行軍とやら、まだ居たのか」
「え?」
「へ?」
「……いざ、趙子龍、参る!」
「ちょ、ちょちょちょちょ趙雲殿ぉおおお!!!??????」