my best friend01

検非違使が一瞬で倒された。
「マジ…? 一瞬じゃん」
清光の言葉に、女審神者は固くこくりと頷く。

噂では審神者になってすぐと聞いたが、みるも鮮やかな戦闘だ。審神者が近くに居るだけあって、指示の通りも早い。なんにしても、陸遜自体の戦闘経験が戦局を有利に持って行っているのは歴然で、彼の一太刀が最後の検非違使を切り落としたのを見ると、女審神者はぽかんと開けていた口を慌てて閉じた。
「まずい」
「まずいって」
「わたしの顔、バレた」
頬に手をあてると、女審神者は眉間に皺を寄せる。
ハプニングに巻き込まれて時間遡行したものだから、顔を隠すものを身に着けていない。
両手で顔を覆う女審神者に、清光は首を傾げる。
「でも――主、知り合いなんでしょ?」
「知り合いは、知り合いだけれど…あの時と顔が違うから…いや、て言うかこの顔で陸遜に会うとかハードル高くない? いまさらどの面下げてこの面下げて会う勇気なんてわたしにはないよ?」
ぶつぶつと呟く女審神者。
やがて遠目に陸遜が踵を返したのを見ると、背筋に氷を突っ込まれたような態で体を震わせた。

「いやいやいやいやいやいや無理むり無理むり無理むり無理」
陸遜が何か薬研に指示を出している。
やがて森の奥に薬研が消えて、歩き出した陸遜が真っ直ぐとこちらに向かって来ていることに、女審神者は奥歯を鳴らした。
「超怖ェェエエェェエエ!」
「主……いったい、どういう…」
「清光、逃げよう」
「え?」
「今ならまだ距離があるから。時間遡行する。しっかり握っててね」
明らかにいつもの彼女とは別人だ。
とにもかくにも今は言う事を聞くべきとき。
清光が女審神者の手を握り返したとき、がさがさっと木が揺れる音がして、上から薬研が降ってきた。

「ぎゃあ」
悲鳴をあげた女審神者の上に落ちてきた薬研は「ほぅ」と口角を針で引っ掛けたように持ち上げる。
「アンタが大将の探し人か」
「清光どうしよううちの薬研と別人だけど可愛いけど…マウント取られた!」
「大将から伝言だ。あなたの考えることなんてお見通しですよ。ってな」
「もうホントあの軍師は性質が悪い!」
「ちょっと大人しくしといてもらうぜ」
「嫌々マジで無理だから! この面で会うにはハードル高すぎるから! って言うか、なんで陸遜が審神者になってるの!? つーかなんでこの世界に居るの!?」
もはや半泣き状態だ。
明らかに取り乱している女審神者を横眼で見て、清光はピリッと緊張の糸を貼る。
「主、どうすんの?」
「どーするもこーするも、逃げるに決まってるでしょ! 清光!」
「あいあいさー」
清光が即座に左手で掴んだ砂を薬研にぶちまけた。
「――っ」
彼が身を引いた隙に、女審神者は薬研の腹を突き飛ばす。

すぐさま本丸の時間と位置を思い浮かべて、女審神者が飛ぼうとした時、
!」
と叫んだ陸遜に、一瞬身が竦んだ。

彼は目元を隠していた布を外すと、真っ直ぐと女審神者を見据えてくる。
どきりと鳴る心臓。
嫌々逃げなくては、と女審神者が再び決意を取り戻した時、 陸遜は見計らったように低い声をあげた。
「逃げたら、貴方の本丸に火矢打ち込みますよ?」
「……参りました」
あっさりと女審神者は両手をあげた。

「いいの?」
「良くないけど、でも、いままで散々燃やされてきた物見てきたし…」
甘寧の自室とか。甘寧の自室とか。甘寧の自室とか。
「なまじ想像がついてしまう」
燃え盛る本丸が脳裏に過ぎって、女審神者は抵抗と呼べるかはなはだしいが、とりあえず両手で顔を隠した。

「――何してるんです?」
近寄って来た足音が止まる。
降って来た声に、女審神者は泣く泣く答えた。

「顔、見られたくない」
「なぜですか」
「陸遜が知ってるわたしじゃない」
「そんなこと――百も承知ですよ」
「そもそもなんでこんな所で…審神者なんてしてるの」
「貴方を追いかけて来た以外に、ないでしょう」
「追いかけてくるにも限度があると思うの」
「最初に降って沸いて来たのは貴方でしょう。かってに掻き乱して消えた貴方に文句の一つも言いたくなるとは当然です」
「ちゃんと手紙に書いたでしょう。ごめんねも、さようならも」

すると、腕を強く握られた。
力任せに顔を覆っていた手を外されて、眼前に、怒り心頭した陸遜と目が合う。

「わたしが――あんな手紙で納得するとお思いですか!?」

「だ、だって、わたしだって、いつ戻るか分からなかったし。
とりあえず、いつ居なくなっても大丈夫なように書いた手紙だったから…」
「さようならは、二度と聞きたくありません」
「りくそ」
「二度と、聞きたくありません」

強く言われて、女審神者は頷いた。
「ごめんなさい」
「あなたのごめんなさいは聞き飽きました」
「ですよねー」
「ですよね、もです」
言って、憮然とした顔を急に崩したように陸遜は笑う。

「いや、いいです。何でもいいです。聞き飽きた言葉でも構いません。喋ってください」
「いや、そんな無茶振りされても」
「では聞きましょう。あなたの本丸は? どこの集落にあるのですか?」
「え? いや、なんか言いたくない気がする」
「まあ、どこでも構いません。どうせ今からお邪魔しますし」
「はぁ!? いや、なんで…」
「いつでも引越しが出来るように、うちの本丸は荷物を控えていたんです」
「そんな過酷な本丸で戦ってたの、男子達!?」
「あなたを探す方が主体だったので」
「いやいや、陸遜の武勇伝半端じゃなく噂になってたけど!?」
「あなたが審神者をしている話までは掴んでいたので、これを辞める訳にはいきませんでしたから」
「ホント、話が急すぎるので、いったん持って帰ってもいいですか?」
「無理です。では」

陸遜は、すっと女審神者の横に居る清光に視線を移した。

「よろしくお願いしますね。加州清光」

「……絶対、嫌だ」
「さすが貴方の刀剣。生意気な所がそっくりですね」
「そっくりそのままノシつけて送り返すよ」

*+*+*+*
陸遜が鍛刀されました。
「わたしは陸伯言。あなたに扱えると思ったら大間違いですよ?」

だったら鍛刀されないでくださいと下手に言ったら、
思い切り笑顔で怒られました。