my best friend01

「ごくろうさま」
出陣から帰って来た面々の顔を見ながら、
女審神者はホッと安心したように、口角を緩めて笑った。
「これ、今回拾った刀」
「うん。じゃあ、あとで顕現してみるね」
清光から差し出された刀を受け取って、
「傷ついた子は手入れ部屋に――」といいかけた時、

「いけません! 虎さん!」

と言う、五虎退の声が後ろから聞こえて来た。
何かしらと振り向くより先に、清光をはじめとする刀剣男子たちがぎょっと目を見開くのが見えて、寸ともせぬ間にスコーンと後頭部に激しい痛みが走る。
「いッ」
「主!」
長谷部の声がどこか遠くに聞こえた。
ぐらりと前のめりになった女審神者は、自分が倒れこもうとしている先に時間遡行の時計がある事に気付いて、小さく声をあげる。
「やば――」
気付いても、倒れこむ先は選べない。
どんとぶつかった瞬間、女審神者の目の前に光が溢れた。
「まず…!」
「ちょ、主…!」
清光の声が耳元で聞こえたかと思うと、ぶわ、と風が吹き抜けるような衝撃が体を突き抜けて、女審神者は思わず瞳を瞑る。
「…」
おそるおそる目を開けた女審神者は、広がる景色が本丸ではないことに、口端を引きつらせた。
「マジでか」
どうやら時間遡行したらしい。
おそらく先ほどまで清光たちが出陣していた時間にとんだのだろう。
そこまで確認した時
「大丈夫? 主」
すぐ近くで聞こえた清光の声に、女審神者は首を巡らせた。

「清光」
「咄嗟だったけど、俺だけでも間に合って良かったかな」
「一緒にとばされてくれたの?」
「当たり前でしょ。こんなとこ、主一人で来させられないし」
そう言って清光は、ふぅ、と息を吐く。
「五虎退の虎に、してやられたね。主」
「虎じゃ叱れないしね」
「長谷部辺りは叱りそうだけれど」
「――とにかく戻りましょ…」
言いかけた口を噤んで、女審神者は咄嗟に手を伸ばすと、清光の体を引き寄せた。

「ある…!」
「静かに!」

清光の手を引いて、木陰に入り込む。
木の幹に背中を預けると、清光が息を潜めた。
「どうしたの?」
「…検非違使」
「嘘」
「さっき時間遡行軍と戦ったでしょ。目を付けられたんだわ」
「早く戻らないと」
「動くと気付かれる」
間が悪いとしかいいようがない。
こちらは清光一振り。女審神者は手の中にある刀に視線を落とすと、くそぅ、と悪態をついた。

「最悪のタイミングだわ」
「俺が囮になる」
「そんなこと、許すわけがないでしょう」
「主が戻って、皆を送ってくれれば…」
「一振りでそこまで足止めできる訳ない。相手は検非違使だよ?」
こそこそと息を潜めて話し合う。
ふと、風を切る音が聞こえて来て、女審神者が身構えるより先に、清光が叫んだ。
「危ない!」
「――ッ」
清光に庇われて、女審神者と清光はなだれ込むように地面に倒れこむ。
今しがた居た場所が木の幹ごと真っ二つに切り落とされて、ばらばらと葉っぱが舞い落ちて来た。
「清光…!」
「大丈夫。ちょっと…かすっただけ」
「ちょっとって、そんな」
検非違使の冷たい視線。
女審神者は自分の上に倒れこむ清光を抱えたまま、固唾を呑む。
清光は右肩を抑えながら、苦し紛れな声をあげた。
「……主、逃げて」
「絶対に嫌」
「主!」
右手に温い液体の感触。
ちらりと見ると、清光の肩に一筋の深い傷があった。
女審神者は清光を後ろ背に庇うように、前に出ると、検非違使を睨み据える。

「主っ」
「運がいいのか悪いのか、検非違使は今のところ一振り。一振りだけなら――なんとか、なる…かも?」
言って速攻不安になった。
ぎこちない顔の女審神者に、清光が低く声をあげる。
「なるわけないじゃん! 何言ってンの!?」
「嫌々、こう言うの久し振りだからさ」
「久し振りって…」
「絶対思考に体がついてこないよね」

審神者は刀を構えた。
検非違使と見合う。
一分一秒が長く感じるその時間を、ジッと息を潜めて見据えていると、
やがて検非違使の靴が砂利を噛む音が聞こえて、女審神者は刀を握る力を込めた。

「チャンスは―― 一回」
検非違使が踏み込んでくる。
その剣先から目を離さず、女審神者は寸でのところで身をかわした。
「…!」
肩に焼けるような痛みが走る。
どうやら少しタイミングを見誤ったようだが、気にしない。この体にしては上々だ。
剣に沿うように体をくるりと回して、女審神者は検非違使と距離を詰めると、彼が剣を引くより先に腹に切り込んだ。鈍い感触が手に残る。
「こういう時の為にやっぱり鍛えとくんだった…!」
力が足りない。
抵抗される隙が出来ることが一番怖いので、
女審神者は下唇を噛み締めると、全身の力を込めて刀を押し付けた。
検非違使の体が傾ぐ。
ざしゅ、と霧が舞うように検非違使が掻き消えて、女審神者は体重の支えが無くなると、転がるように前に転んだ。

「いたた」
「主……刀使えたの…?」
「体がついてこないから、出来ることは限られてるけどね。清光、立てる?」
「余裕」
「他が来ないうちに退却するよ」
「そうだね…あぶな…!」
清光の声が、一層の緊張感を帯びる。
振り返ると、遠戦の弓矢がこちらへ向かって来ていた。
「気付かれた!」
「主…っ」
清光が手を伸ばすが、肩が痛んで蹲る。
逃げようにも、一歩遅れて足が動いて、その隙に距離を縮めてきた弓矢はすぐそこまで迫っていた。

(やば、避けきれない…!)

脳裏に過ぎったとき、
ふと一迅の風が横を通り過ぎていく。

弓矢が弾け飛んだ。

驚く女審神者の目の前には、審神者。
着物に袴。目元を隠した彼は、審神者に似つかわしくない双剣を構えて立っている。茶色く細い髪が風になびくのに、ふと記憶の中の人間が重なって、女審神者は時間が止まったようにぽかんと見上げていた。

「大丈夫ですか?」

声を掛けられて、女審神者はびくりと体を震わせる。

「だ、だいじょうぶです」
「そのような格好ですが、加州清光を連れていると言うことは、あなたも審神者でしょう?」
「そ、そうです。手違いで時間遡行しちゃって…」
「じきにわたしの部隊が来ます。下がってください」
「へ? あ、はい」
何故だろう。
とても懐かしい感じがした。
女審神者がぼうとしていると、清光が駆け寄ってくる。

「主、だいじょうぶ?」
「うん。でも、あの人…」
「最近噂になってる人じゃない? 審神者になったばっかりなのに、すごい勢いで成長してるって言う…。自分も出陣するって話だったし。俺、ただの噂話だと思ってたけど」
「わたしも。すごい人がいるものね」

検非違使から一切視線を外さない青年の姿。
その真っ直ぐと伸ばした背に、赤い服が重なる。
「どうしたの?」
「昔なじみに、似てるなと思って」
「昔なじみ?」
「うん」
他人の空似でここまで似ているのも珍しい。
声までそっくりだ。
「昔なじみって…」
「陸遜」
名前を呼ぶと、とても懐かしい気持ちになった。
とてもとても大切だった名前。
もう二度と会えないから、自分でも二度と蓋を開けないような胸の隅に追いやって、隠したまま何年も生き続けて来たのが、雪崩れ出す。
『本当に、貴方は馬鹿ですね』
呆れたようなため息と、声。
少し笑った時の顔。

?」

そう。
こんな風に名前を呼んでくれていたはず。

女審神者はふと、我に返った。
目の前に居る青年が、こちらを見ている。
呼ばれた声が記憶の中ではないことに、女審神者は「へ?」と間の抜けた声をあげた。

「なんでわたしの名前?」

尋ねる女審神者の前で、審神者が、目隠しの布を押し上げた。
その奥から出て来た顔が、今しがた思い返していた顔と瓜二つなことに、女審神者はますます首を横に傾げる。

「そっくりだ」
「そっくりもなにも。わたしです」
「わたしって知り合いは居ないけど」
「陸伯言です。忘れたなんて言ったら、燃やしますよ」
「……え?」

女審神者は瞬いた。

「陸遜?」
「だからそう言ってるでしょう」
「な――なんで!?」
「説明はあとです。検非違使を退けなくては。貴方はこの隙に逃げようなんて思わないことですね。ようやく見つけたんですから」
「見つけたって…嫌、でも、ここは…? ええ?」

「主!」
奥から鶴丸の声が聞こえてくる。
陸遜は後ろへ首を巡らせると、「遅いですよ」と声をあげた。
「主が早いんだって」
「おかげで探し物が見つかりましたが」
「え? 例の子、見つかったのかい? ってことは」
鶴丸の視線が降りてくる。
本丸にいるはずの鶴丸とそっくりなのは当然だが、
ものめずらしげな視線が初対面な事を告げていた。
「以外と普通だな」
こう言う小生意気な所はそっくりだ。
女審神者の眉間が、ぴくりと持ち上がる。

「鶴丸。他は?」
「薬研たちが向こうから回りこんでる。三日月と岩融はもうちょっと後ろだな」
「結構です。行きますよ」
「りょーかい」

陸遜と鶴丸がそろって駆け出した。
女審神者はその一連の様子を眺めた後、
「えぇぇえぇ…」
と、空気が抜けたような声をあげたのであった。