ドリーム小説
関羽、樊城にて没。
その知らせが三国へ駆け巡ったと同時に、後を追うようにして曹操が病死したと届いた。
「…蜀が動く」
孫権の言葉をどこか遠くに聞きながら、は傍らに立つ甘寧を見上げる。
私怨に駆られた劉備が兵をあげ、その戦にて、甘寧は討たれる。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
視線に気付いた甘寧が顔を向けて、は緩く頭を振ると孫権の言葉へと耳を戻した。
「呂蒙。陸遜。この戦、お前たちに指揮を任す」
「はっ」
「…分かりました」
ふと見た陸遜と、視線が絡んだ。
ついと外される。
樊城の戦から帰還してここ数日、ぱったりと陸遜は姿を見せない。
常に寝る間を削って働いている割に、毎日一二度は必ずどこかで顔を合わせていた陸遜。
それがこんなにも見かけなくなるものなのか。
甘寧と凌統の話を小耳に挟んだ所、陸遜は執務室に缶詰と言う訳でもないらしい。ちょこちょこと話題に上がってくる。
聞くに、普段通りの様子だ。
たまたま会わないだけなのか。
しかし、あの軍師にたまたまと言う言葉が似合わないのもまた事実。
尋ねるのは、変に勘ぐられて、からかわれそうで憚られるし、
そうなるとつい、陸遜の姿を探してしまう自分に気付いてしまったりもして、この数日調子は狂うばかりだ。
何か機嫌を損ねるような事をしたか。
考えても答えの見えない問いに頭を悩ませるのも疲れて、は行動に出てみる。
孫権の話が終わり、個々が解散していく中で、は駆け足で陸遜の背中を追うと袖を掴んだ。
途端に伝わってくる不穏な空気にめげず、声を掛ける。
「陸遜」
「――何です?」
の声に、陸遜はぴくりと身体を浮かした。
背中を見つめる事数秒。
ややあって振り返った彼の顔は、いつになく強張っていた。
腹を立てていると言う面ではない。
はますます意味が分からないまま、口を開いた。
「あのさ」
半開きの口は止まる。
気の利いた話題の持ち合わせが無かったと、遅れて気付いたが何か無いかな、と必死に思考を巡らせていると、不意に背後から背中を叩かれた。
「」
「呂蒙さん」
相変わらず厳めしい面構えだ。それに加えて、最近は妙にやつれている。
呂蒙は顰め面のまま髭を撫ぜながら、低く声を上げた。
「次の戦だが――」
「はい」
「お前は今回、呉に残そうかという話が上がってる」
「はぁ!?」
思いもかけない言葉だった。
面を食らったような顔で瞬いたは、呂蒙を見、陸遜を見る。
「何でですか!?」
「何でって、お前なぁ…」
呆れ顔の呂蒙は困った様子で頭を掻きながら、この手の話は苦手なんだがな、と一人呟いた。
ちらりと陸遜を見る。
「陸遜に頼んでおいたんだが――、まあ、少々酷な話かも知れんな」
話に付いて行けないが二人の顔を見比べていると、呂蒙はため息を吐いた。腕を組む。
「蜀の趙雲だ。刃を交えるのは辛かろう」
「辛かろうって…そりゃ、誰と交えるのも嫌ですけれど」
「今回の事。無理にお前と趙雲の間を取り持とうとした事を、殿は気にしておられるのだ」
「今更ですか」
あの時、あんなに嫌だとごねても聞く耳一つ持ってくれなかったと言うのに。
が思った事をまざまざと顔に出すと、呂蒙は、まあそう言うなと苦笑を返した。
「結果結婚まで行かずとも、良い仲なのであろう」
「…悪い仲ではありませんが…」
そう言ったは呂蒙の顔を見たまま、首を捻る。
良い言葉が見つからない。
そもそもはいずれこうなる事を知っていた。覚悟もある。そもそも、だから趙雲と繋がり等持ちたくなかったのだ。
伏せたまま、上手く伝えるのは難しい。
は一呼吸ついた後、呂蒙に尋ねた。
「その場合、戦に支障はないのですか?」
自分でも思いあがった問いをしている自覚はあった。
が、何となくいらないと切り捨てられているような気持ちになって、寂しい。
の問いを、呂蒙は承知と言わんばかりに強く頷いた。
「居て貰わねば困る」
「じゃあ」
「困るが……。殿が言う以上、俺達はその上で動かねばならん」
「そうですか」
「今回の戦、陸遜に指揮を取らせようと思う」
「呂蒙殿」
その時、陸遜が遮るように声を上げた。
ようやく口を開いた陸遜は、言葉が喉に詰まったような顔をして、再び顔を伏せる。
「わたしには…まだとても…呂蒙殿が指揮を取られるべきです」
「否。俺はこの考えを曲げる気はない。殿にもお話しを通してある」
「ですが…」
「そこでだ。が戦に出らぬとなれば――その穴、俺が埋めようと思っている」
「呂蒙さん」
驚いたは目を見開いた。
大丈夫なんですか、と、聞く事は出来なかった。
呂蒙の体調がすぐれない事を、知っているのはおそらく孫権のみ。
同じく呂蒙に全てを任せて没した魯粛の時のように、彼もまた、陸遜にこれから先を託す準備をしているのだろう。
それを知らぬ陸遜に、この話はどう聞こえるのか。
否、聡い彼の事だ。呂蒙の思惑になど、とうに気付いているのかも知れない。
は陸遜を横眼で見る。
理解と感情は別だ。
特にこの年若い軍師は、意外と感情的な所がある。
は呂蒙に視線を戻した。
「呂蒙さん」
「ああ」
「今日一日、考えさせて貰ってもいいですか? 返事は明日」
「構わん」
呂蒙は頷く。
は頭を下げると、それから、と言葉を続けた。
「ちょっと陸遜、借りて行ってもいいですか?」
その言葉に、呂蒙は僅かに目を見開く。
髭を撫でると、緩く笑った。
「そうしてくれ」
「じゃあ、城下にお昼でも食べに行こう」
「殿」
陸遜の腕を取ったは、虚を突かれたような声を出す陸遜に構わず引っ張る。
「わたしは仕事が――」
「はいはい」
「はいはい、って」