切っても切れない


「で、アンタは陸遜をどう思ってんだい?」
酒に酔って、とろんとした瞳を向けられたは、凌統の唐突で不躾な問いかけに、口に含んでいた酒を勢いよく噴き出した。
「ごほっ」
「うお!? 汚ねぇッ」
「ごめん、甘寧…っ、だって、凌統が…!」
酒が器官に入って咽るに、凌統は揶揄するような目を向ける。
「そんなになる程の事かい?」

まるで、にやましい事があるような口ぶりだ。
至って心外だと言う事が見て取れるように、は猪口を机に置くと、口先を尖らせるようにして凌統を睨み据えた。
「脈絡がなさすぎよ。――それに、どうして陸遜の事をわたしに訊くの」


陸伯言、とは言わずも知れた呉軍が誇る、若き秀才軍師である。
女顔負けの整った顔立ちに、すらりとした体躯。柔らかな物言い。加えて武芸も立つから、そんじょそこらの男には、嫌味な事この上ない。
それから更に頭も切れるとなれば、当然、右に出るものなどいない
…で終わればいいものを、溜まったストレスのはけ口にちょっと小火を起こして眺めるのが趣味だったり、
天使のような笑顔で腹真っ黒な発言を唐突にぶっこんで来たり、溢れ出す知性故の計算高さが割と頻繁に見え隠れしたりする、

言ってしまえば、性格に難あり。
かといって、それを差し引いてもお釣りがごまんと来る程の美青年。

落着いて来たは、改めて猪口を手に取り酒を舐めると、ううん、と唸った。

「……………そりゃぁ、まあ…正直な話………」
「正直な話?」
「……わかんない」

「分かんないって何だよ」

何ゆえ甘寧までが不服そうなのか。
凌統と甘寧が、気持ち内緒話を聞くように身を寄せて来たりするものだから、
は神妙な面持ちで腕を組むと、唸るような声を上げた。
「そりゃあ、ものすご―――く、カッコいいなと思うけれど……なんていうか、ほら、最初の印象がさ…」

皆まで言わずとも分かるでしょ、と言うと、
を挟んだ二人は、苦笑気味に笑う。

悪餓鬼三人組と太鼓判を押された仲とはいえ、
ある日無双をプレイしていたら何故かこの世界にトリップしていました、なんて言う身の上話はした事ない。
ましてや昔から陸遜の大大大大大大大ファンで、会えた時は失神しそうな位トキメイた事も秘密だ。
深く話せない過去の事は全て記憶喪失と言う言葉で片付けているし、
彼らが知っているのは、拾われた魏で副将をしていた事と、訳あって呉に亡命してからの今まで。


「最初の風当たりは…確かに厳しかったね」
「まあ、なんっつーか。あいつも余裕無かったしなぁ」
「甘寧もしょっちゅう嫌味言われてたもんね」

呂蒙の口利きで引き抜かれたは、しばらくの間呂蒙の下で副将をしていた。
丁度その頃孫権に仕える事となった陸遜も、呂蒙を師とし学び始めたので、
呂蒙に紹介された時はこんな奇跡あってもいいものかと、は感無量を噛みしめたのだけれど、それももって一週間だった。

いかんせん、若い軍師は勢いもあり、刺々しかった。
スピード出世に比例して、は胃の痛い日々を過ごすことになったのである。

や甘寧のように力技ばかりで、事務作業に向かない武将に対する風当たりの悪さはなかなかに露骨だった。

加えては、呂蒙の配下と言う近い立場で、更に年上だった事もあって、

こんな事も出来ないんですか?
まだかかるのですか?
一体呂蒙殿は貴方の何を見て引き抜かれたんでしょうね?

などなど、改めて思い出しても酒が苦くなる暴言ばかりの毎日。思い返せばあの時期、めちゃくちゃ酒の量が増えていた。


「…まあ、まったく仕事が捌けないわたしが悪いんだけれどね」
はしみじみ呟く。

トリップした時、有り難い事に言葉は理解が出来た。
だが字はまったく分からず、
唯一事情を知っている上で面倒を見てくれていた郭嘉に少しづつ教えて貰ってはいたけれど、
郭嘉が出来る男故、副将のは書簡と向き合う機会も少なく、
必要に迫られないの覚えはことごとく悪かった。

それが呉に来てからは仇となって、
一個の書簡を読むのが大変、書くのはもっと大変。
字が読めない事を考慮して、回って来る書簡は本当に少なかったけれど、それでも陸遜の足を引っ張った。
そうして上のような嫌味の嵐が始まったのである。


「素直に言えば良かったんだよ。記憶がない事も、字が書けない事も」
「嫌だよ。なんか、言い訳してるみたいじゃん」
「言い訳じゃなくて本当の事だろ」
「まあ…そうだけれど……」
「妙にズレた所で負けず嫌いが出るよな、お前って」
甘寧は的確にの痛い所を突いてくる。確かに自分にそういう節がある事を、最近この甘寧に指摘されて、は自覚した。
上半身裸で武器を振り回し、暑苦しい事この上ない甘寧だが、思いのほか冷静に物を見る男である。
は口先を尖らせると、酒をぐぃっと飲み干した。

「とにかく…、最初の印象があんまりにも強烈だったから…その内良く分かんなくなっちゃったの!」

気を効かせて呂蒙辺りがの身の上話でもしてくれたのか、
はたまた陸遜が城での仕事と生活に慣れて来たのか。
あるときから不意に、陸遜の態度が随分と軟化した。

まあ、も呉に来てもうすぐ二年。最近では読み書きに少しづつ成長が見えて来たようにも思う。

そうこうしている内に少しづつ話すようになって、今はまあ――普通に仲は良い方だろう、とは思う。


だが凌統と甘寧は、どうにもと陸遜の間を勘ぐっているらしい。

そのたびには、こういうしかない。
「そんな事言ってたら、凌統と甘寧だって、わたしと充分疑われてもしょうがないでしょ」
「バカヤロー、俺はぜってぇ、お前はない」
「俺もない」
「………嫌、毎度の返事なんだけどさ…もう少し気を使ってくれても良くない…?」
男同士のような付き合いをしている自覚はある。されどもう少し歯に衣を着せてくれてもいいと思う。
かといって、陸遜との事に叩かれても埃は出ないは、そういうしかない訳で。

「だから、凌統も甘寧も陸遜も、皆仲間なの。
それにその内…陸遜も結婚したりするんじゃない? あれだけの智将だもの。孫呉とのつながりを必要とするって、絶対


例えばほら――孫策様の娘とか」

「……妙にリアルな所ついてくるね」

だって、史実の話だし、とはは言えない。
が飛ばされて来たのはゲームの世界だから、決して史実通りと決まっている訳じゃあないと思うけれど、
もしもうっかり惚れちゃって、結婚したのを見る羽目になったりとかしたら、考えるだけで薄ら寒いものを感じる。

「それに、第二婦人とか第三婦人とか絶対嫌だし」
「第一婦人になればいいだろ」
「嫌だよ。一番が付けばいいって話じゃないし、一番をつけるような人と結婚したくない」
「相変わらず変わった事言うねぇ、アンタって」
「ンな事言ってたら、一生貰い手はこねぇな」
「いいよー。今のままで。どうなるかなんてわかんないし」

いつかひょっこり元の世界に戻る日が来るかもしれないし、
あまり深い繋がりは――正直キツイ気がする。

「まあ、あんまり貰い手がないようなら、最終的には俺か甘寧のバカかが貰ってやるよ」
「負けた方がな」
「そこはせめて勝った方にしない?」

優しくするなら、最後までしてほしい。
がすがるような目を向けると、甘寧はあっけらかんと笑い飛ばした。

「ちなみに第二か第三だけどな」
「マジムカつくな、お前ら!」

不貞腐れていると、甘寧が猪口に酒を注いでくれる。
相変わらず女心にはめっぽう鈍い男だ。
その音に耳を傾けていると、気分が良くなってくる自分も大概だと思うが。

しばらくの間を置いて、付け加えられた言葉には目を開いた。

「だからまあ――お前、魏には戻るなよ」
「そうそう。結構いい感じでつるんでるんだからさ、俺ら」

「何よ今更。…戻れないよ。知ってるでしょ? あたしは魏から逃げて来たんだから」

驚くの傍らで、男二人は妙にしんみりと杯を仰いでいる。

「でも、アンタが怪我させた郭嘉って武将。病に倒れたって話だろ?」
「おめぇが止めずに戦に出てたら――って、呉にまで届いてるって話だぜ」
「そんな話、誰から聞いたの?」
「「陸遜」」

陸遜が?
また、噂話とは普段無縁な名前が出て来ただけに、は酒を呑むのも忘れて、ぽかんと口を開いていた。
「…………また何でそんな話になってるのか…」

「恩義を感じて、引き戻しに来るかもって考えてんじゃないのか?」
「陸遜が?」
「陸遜が」
「ふぅん」

ややあって、どうやらこの話をしたくて、陸遜を持ち出して来たらしい、とは理解する。

「分かんない」
「またわかんねぇのかよ」
「分かんない事ばっかり聞くからでしょ!」

言い返すように語気を荒くすると、
チッと甘寧が舌打つ。

その横で凌統は笑った。

「本当に、何でこんなのとつるんでんのかねぇ、俺らは」
「まったくだぜ」


「――なんでただただ貶されながら酒飲んでるのかしら、わたし…」

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理由が分かるのはもう少しあと。