my best friend01
「あー!なるほど!うさぎちゃんも美奈子ちゃんも分かんなくてさ、助かったよ」
手を打ったまことがノートに数式を並べていく。
いえいえと首を横に振りながら、は満面の笑みだ。
(セーラー戦士に囲まれてる! 勉強教えられてるッ! ん〜〜〜〜〜〜〜ぅっっっ)
「もうすぐテストかぁ…」
「テスト週間ははかどりますね。主に勉強以外のことが」
「わかるわかる!そんでさー、つい勉強の合間のつまみ食いが増えちゃってぇ、太っちゃうんだよね」
「月野さんたちは細いから、ちょっとくらい大丈夫ですよ」
「そんな事言って、ちゃんこそつまみ食いの心配ないじゃん。勉強できるし」
「そうよ」
さじならぬペンを放り投げる美奈子。コロコロと転がって行くシャーペンを落下寸前で受け止めたは後ろ頭をかいた。
「いやはやお恥ずかしながら、この問題はつい先日教えてもらったばかりで」
思い起こせば二日前。宿題で分からず悩んでいると、忍足がノートをのぞき見たことから始まった。
「この問題が分からないんですよね〜」
「これ…基礎やで…?」
「高校で習った気もするんですけど」
「ちょ、跡部ェエエエ!この子、頭に蜘蛛の巣張っとるでェエエエ!?」
跡部には「てめぇホントに高校行ってたんだよな?」とすわべさんをフル活用したマジトーンボイスを向けられる始末。
それからというもの夕食後から就寝まで勉強、勉強、勉強、忍足いわく蜘蛛の巣掃除。
(でもまあ、おかげでこうしてうさぎちゃん達に囲まれてるし…感謝しなきゃ、なんだけど)
素直に御礼を言う気になれないのはなぜか。
教える方が鬼気迫った顔をしているからである。
「へえ、年上の兄弟でもいるのか?」
「親戚と暮らしてるんでしょ?」
うさぎが気軽に話しかけてくれるようになって、まことや美奈子とも話すようになった。こういう所もうさぎらしいなぁと、またひとつ幸せな気持ちになる。
「ちゃんってばチョー偉いんだから!学校の帰りがけにスーパー寄って、ご飯の用意してるのよ」
「…なんでうさぎちゃんがそんなに得意気なのよ」
呆れた眼を向ける美奈子に、綻びそうになった唇をは隠す。
(やっぱりいいなあ)
思い起こしてみればオタクを突っ走って来た割に、砕けて話せる友人は少なかった。
だからだろう、もちろんキャラクターも好きなのだけれど、それ以上に憧れがある。
誰かを守れる強さ
逆境にくじけても、再び前を向ける意思
何よりも身近な仲間たち
全部全部欲しかったものなのに、手に入れることの難しさを知ってしまったあの頃には眩しすぎた。
「家事は二日交代なんですよ。ただもう一方が忙しいので、買い物は私がしてるんです」
直帰出来るとは違い、ここでもテニスに打ち込んでいる忍足は日が暮れてから帰って上に、ある食材で料理を作れると言う強者。
これがまた買い物を引き受けたには楽しいのだ。
ちなみに跡部はどうやらここでもカリスマ性を発揮して、生徒会の助言役をしているらしい。
「あたしも料理好きでさ」
「そうなんですか?」
内心ドキドキしながらトボケると、まことは笑った。
「今度ウチに遊びにきなよ」
「うれしいです!」
「ずるいー!あたしも行く!そんで二人が作った料理はあたしが責任もって消化する!」
「うさぎちゃん、最近食べ過ぎなんじゃないの?昨日もクラウンでパフェ食べてたしさー」
うさぎの表情が曇った。
まことと美奈子はその表情に驚いたようだが、は繕った笑みの方が痛い。
(美奈子ちゃん達は知らないんだっけ)
衛の身に起きたこと、これから起こる未来のこと。
は知っているけれど、うさぎは何も知らないまま。
待っているのだ、記憶を消してまで。星夜が差し込んだ葉書を衛からのものと、信じてまで。
大切な人と離れ離れだという重みは知っているつもりである。
元の世界に戻って数か月、二つの世界が繋がるまで。
あれだけ逢いたいとだけ願っていたのに、大切な人が出来ると願いは変わった。
元気でいるでしょうか?
どうか、どうか神様。
会いたいなんてわがままは言わないから、あの人が元気でいますように。
願う自分が過ると居ても立ってもいられなくて、は口を挟んでしまった。
「あ、あの! 確か月野さんって、天才少女水野さんと仲がよかったですよね? この問題がわからないんですけど…っ」
「亜美ちゃんなら絶対わかるよ!」
「じゃあ、ちょっと行ってきます!」
足早なうさぎを追いかけて駆け足になる。
二人並んで歩いていると、聞こえるか聞こえないかの声でうさぎが「ごめんね」とつぶやいたので、は聞こえない振りをした。
「助かります。一問分からないっていうたびに、似た傾向の問題を十問位解かされるんですよ」
きっと自分は、聞くべきではないだろう。
何も力になれないは傍観者でなくてはならない。未来を教えることはできないのだから。
どこかホッとしたような表情のうさぎは、調子を合わせるように頷いた。
「わかるわかる!受験勉強のときの亜美ちゃんもそうだったもん」
「自分のためとは言え、もっとほかに楽しいことはいっぱいありますもんねぇ。勉強する時間があるならしたいことがいっぱいあります」
笑いながら亜美のクラスにたどり着いた二人は、ドアから覗き込んだ。
「あれ?いないね」
相槌を打ちながらも、跡部の姿を探している自分に気付く。
恥ずかしくなるよりも先に見つけてしまった。
開いた窓から吹き込んでくる風が揺らす、細い髪。
長い指がページをめくって、なんだろう、なんだろう心臓がものすごくうるさい。
「なあなあ跡部」
男子が名を呼ぶと、跡部はついと視線を持ち上げた。
「これなんだけどさ。お前が教えてくれた公式当てはめたら、ここだけ計算がずれるんだよ」
「ああ。それは――ほら、ここでズレてんだ」
「マジだ!おまえ、頭いいのによくわかるなぁ」
「一昨日、同じ所で引っかかってたヤツが居たんだよ」
正直、意外だなぁと驚いてしまった。
イメージしていた頃はナルシストでツッケンドンで、クラスメイトとの付き合い方とか知らなそうだなと思っていたし、女子から人気があるぶん、男子にはうとまれそうだなあとか想像していたりもしていたのに。
「噂の彼女かぁ?」
「まあな」
口端を緩めるように笑った跡部が、不意に目を向ける。こちらに気づいて、
視線が絡んだ。
「――ッ」
爆発した頬を咄嗟に隠す方法が思い浮かばない。
脈打つ心臓がうるさくて、はうさぎの袖を引っ張った。
(なんだ、なんなんだコレはッ)
――俺様と同じ学校に通えるんだぜ?
越前さんとしてテニスの世界にいたとき、跡部は氷帝で。
そのころはリョーマが好きで好きでたまらなかったけれど、学年も違うし、何より諦めたつもりでいたから、こんな風に意識をするなんてことはなかった。
青春時代、ちゃんと恋をしていたのかと訊かれれば、否。
「ちゃん、顔真っ赤だよ」
「え…!?あの、いや…」
「ははーん」
小さく笑みを浮かべた跡部を思い出す。
キャラクターとしては好きだったけれど、実際にいたら絶対苦手だなと思っていたし、一人の男性として好きになった今でも、得意か得意じゃないかと訊かれたら、たぶん得意ではない。
だって
俺様で実は他人に敏感で、わがままで影でいつも支えてくれてるのに絶対に口には出さなくて、意地悪で優しくて
とてもとてもわかりにくい人だけど本当はすごくわかりやすい性格をしていたりして、
自分と正反対だから、たまにとても驚かされる。
でも改めて気づくのはなんだか恥ずかしくて、いつも気がつかないふりをしていた。
だって自分を想っていてくれたことも知らず、ずっとリョーマが好きだと言っていたから。
いまさらそう気づくのはすごく卑怯な気がして。
もしかしたらいや本当はわかっていたけど
(跡部くんって……こんなにかっこよかったのか…)
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だからそれを言えばえ(割愛)