my best friend01
「跡部君、何であんなに機嫌が悪いんですかね」
「先に言うとく、俺は何もしてないで。無実や」
皿を受け取った忍足は、リビングで静かなる怒りを発している跡部を見てため息をついた。
「ホンマに身に覚えないん?」
「ありませんよ」
(いやいや、そんな訳あらへん)
間違いなく、絶対に、原因は自分の隣で小首をかしげている彼女に違いないのだ。
跡部が部活を抜けて彼女のクラスに行ったのは、忍足が特売の時間つぶしにが教室に居るだろうと教えたからで、
「もう放課後やし話しかけてもええんちゃう?」
と、無責任なアドバイスした事に若干の責任を感じなくもない。
小さく息を吐いた忍足に気付きもせず、は明るい声をあげた。
「忍足君が教えてくれなかったら気付きませんでした。あんなに小さく書くなんて卑怯ですよ」
「俺も現国の先生に教えてもろてん」
「何気にノート見直しててよかったです」
会話が途切れた。
いつもなら何かと会話に加わってくる跡部はテーブルを凝視したまま。そんなにお腹が減っているのか。
いやはや、そうだったらいいのにと首をすくめたの傍らで、忍足は手を叩いた。
「せやけど、ノートを伝言板にするのはええ意見やと思わんか? あの手で行こうや」
「気にしなくていいんじゃねぇの。例のアイドルとも随分仲良しみたいだしな」
ジト目を身に受けて、はビクリと身体を揺らした。
「あ、あれは時間を潰していた所に星夜君と夜天君が来たというか。まさか話しかけて貰えるなんて思わなかったからびっくりしたくらいで…!」
「初めて会話してたように見えなかったがな」
「それは二回目だったから、って跡部君、もしかしてそれで機嫌が悪いんですか?」
言いつつ、釈然としない顔をしている。念の為、一応、忍足は耳打ちした。
「ヤキモチや」
「やきもち?」
やきもちとは嫉妬。ねたみ(Byやほー辞書)
嫉妬・・・ねたみ・・・その意を解釈したはボンと弾けたように「何で!?」と声を裏返した。
「は目立ちたくないから話しかけるな言うたやろ?その癖アイドルとは言葉を交わし取ったって言うのが面白くないんや」
「――つまりスリーライツより人気が無いから嫉妬してるんですかね」
「どこをどう解釈したらそうなるんか、200文字詰めの原稿用紙五枚で説明してや」
ですよね、と気まずそうな声を上げたはちゃんと「嫉妬」の意味を理解しているらしい。
(が拗らせとんのは分かるとして…跡部も十分拗らせとるわ)
まあ紆余曲折あって、ようやく跡部が勝ち取った恋愛である。同じ男として分からなくもない。
「その、確かに跡部君達に言ったのに、夜天君たちとお話してたのは謝ります。好奇心には勝てなかったというか・・・何というか・・・」
言葉を濁す。
何を言われようとおおよその予想がついている跡部は、黙りこくったまま。
彼女から話しかける度胸など持ち合わせていないことも、
彼女が持つ『知識』と愛が、この世界でどういう風に生きるかと言うことも、
暗に想像できるからこそ気に食わなかった。
見とれた、みたいじゃないッ
思い出すと再び血がのぼってくる。
イライラしはじめた跡部を見てはワッと声を高くした。
「夜天君はその・・・初恋の人、みたいなものなんです!」
「初恋の人、だと?」
「あ、ちが、そうだけど、そうじゃなくってですね…! セーラームーンは私の中で特別なアニメでなんです。わたし、基本的にヒロインってあまり好きになれないんですけど、うさぎちゃんは今も昔も憧れなんです。夜天君だけじゃなくて本当はうさぎちゃん達とも話してみたいなとは思うんですけど」
ぽつりと零す。
「スターズに来れたのは嬉しかったけど、ゾイサイトも見たかったなぁ・・・」
「ゾイサ?」
「ゾイサイト好きなんか?一番初期の敵やろ、ダークキングダムの四天王」
素直に感心してしまった跡部の横で、は頷いた。
「私が好きなのは実写版のゾイサイトですけど」
マニアック過ぎる過ぎる過ぎる過ぎる(何故エコー)
跡部が言葉を無くすと、忍足は眉根を寄せた。
「俺はあかんかった。三次元はキツイで」
「私も興味本位で見たんですけど、見だすと結構ハマりますよ。キャラ設定とか違いますから、新鮮な気分で見れるといいますか。
基本的に私は断固星うさ派なんで、まもうさはちょっとって思ってましたけど、実写版の二人ならむしろ好物ですね!
ツンデレなうさぎちゃんと、朴念仁の衛最高ですよ!
それから、元基お兄さんとまこちゃんがくっつくのは実写版だけの得点ですし、番外編ではプロポーズまで見れるんです。
原作では爽やかなお兄さんですけど、実写版は亀マニアと言う奇抜な発想で、一人で戦うまこちゃんに一途に恋をすると言うこれまた素敵な!
なんて言っても萌えなのが、実写版の番外編では最後まで敵だった四天王が味方で登場するんですよ!
一度主としてそむいたはずの彼らが、衛と一緒に戦う彼らを見た時の幸せな気分はまさに感無量です。それから・・・」
え、何、ここ異国?と、語学が堪能過ぎる跡部には理解出来ない言葉が飛び交っている。
今度一度見てみるや否や、忍足が真剣な顔で考慮する傍らで、話しが逸れた事に気付いたらしいは跡部へと首を巡らせた。
「違った…! そうじゃなくて、とにかくセーラームーンのキャラクターは特別なんです。
ほんとうはうさぎちゃんに話掛けれたら、とか思うんですけれど絶対口から心臓出ちゃうし・・・傍から見るだけでも幸せで、
夜天君と星野君と話せた時は嬉しかったんです」
しかし跡部はうんともすんとも言わない。
そんな彼の脳裏には頬を染めた夜天が居た訳だが、素直に頷けないのだろうと解釈した忍足は手を叩いた。
「スリーライツのことは水に流す。その代わり俺らとも話す。これでええやろ!? ええな!?」
「ひぇっ」
【my best friend 04】
「あれ?」
(現国のノートがない)
移動はなかったから、落とした可能性無い。
もしかして忘れてきたのだろうか。
肩を落としたはため息をついた。
誰とも深く付き合わない学生生活は慣れていたけれど、宿題を見せてくれる友達が居ないと言うのはこういう時に困る。
とは言え忍足に助けを求める勇気もないし、廊下に立つしかないか――それはそれで目立つだろうなぁ
せめて広告チェックでもしようと自分を慰めていると、
「はい、ちゃん」
差し出されたノートを見るのに十秒、ありがとうと言うのに更に三十秒はかかる。
呆気に取られながら「どうして」と問うと、うさぎは前のドアに首を巡らせた。
「あの人が廊下で拾ったんだって」
見ると、跡部の後ろ姿。ぽかんとした表情のまま、はノートに視線を落とした。
忘れ物を見つけて持ってきてくれたのだろうか。話しかけるのを遠慮して、うさぎに頼んだ?
(ううん、たぶん違うだろうな)
うさぎに話しかけてみたいけれど勇気がないと言ったから。
緩んだ口元を隠していると、うさぎの後ろからにゅっと星夜が現れた。
「おだんご並みにドジなんだな」
「ちょっとソレどー言う意味よ!?」
「言葉のまんま」
「せーやッ」
あっはっはと笑いながら去っていく星野の背中に、うさぎは「いーの、べーっだ」と舌を突き出して、机の上に置いてある広告に目を落す。
「あ――!」
「!?」
「スペシャルいちご大福・・・四時から!」
「あのスーパーだけで時々売られてる大福ですよね、とってもいちごが大きくて・・・」
「そう!んでもって、とっても甘いのッ」
「おいしいですよね!」
「ねぇねぇ!今日の放課後一緒に買いに行かない?」
「へ?」
間抜けな声を上げたが瞬きを繰り返していると、うさぎは指折り数えた。
「ノートを渡すのを頼まれてぇ、おんなじ大福が好きだなんて運命でしょ!ね?」
「・・・う」
頷こうとして、つっかえる。
(わたしなんかが、一緒に買い物なんていいのかな)
萎んだ心にふと跡部の後ろ背が過って、はギュッと目を瞑ると、おっかなびっくり頷いてみた。
「うん、ぜ、ぜひ」
どうしよう、どうしよう、すっごく嬉しい。
(うさぎちゃんと放課後一緒・・・!)
「また後でね!」と席に戻っていったうさぎを眺めていると、忍足と目があった。
彼が教科書の影でぐっと親指を立てるのを見て、もこっそりピースを返す。
確かに夜天は初恋の相手といっても過言じゃないし、星野の声を聞くとドキドキもする。大気を見ていると嬉しいし。
でも
話すとドキドキするのも、不器用な優しさをとてもカッコいいなと思うのも。妬いてくれたら嬉しいなと思っちゃったりするのは
「やっぱり跡部くんなんだよなあ」
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せやからそれを言えば跡部の機嫌はなおるんやで!