my best friend01
だから夜天君の会いたい人にもきっと会えますよ、と、いらだちを見透かしたような声が耳を離れない。
人がいないからと歌ってみたり、その癖聞かれていたら真っ赤になったり。突然人を見透かしたような言葉を投げてみたり、あからさまに逃げたり、逃げたり、まんまと変わった子と位置付けられた彼女は、今日もその肩書きに拍車をかけている事に気付いていないのだろう。
「これ、先生に預かったで」
「あ。スイマセン、ありがとうございます」
夜天が何くわぬ顔で視線を逸らしたというのに、悪戯を見つけた子どものような顔で近づいて来た星夜が耳打ちしてきた。
「随分あの窓が気に入ってんだな。・・・それとも別の何かを見てるのか?」
「別に」
「へー、てっきり俺は、あの転入生に見とれてるのかと思ったけど」
「な――ッ」
夜天に集まる視線。咳払いして、眉間に皺を寄せた。
「見とれる程美人でも可愛くもないデショ」
「ムキになってやんの」
「ムキになんてなってない!見とれるとかそう言うのじゃなくて、ただの、せ、生態観察みたいなもの!」
「生体観察ぅ?」
夜天が彼女を睨む。
つられて見ると、クラス中のほとんどが星野と夜天の会話に注意を向けているにも関わらず、彼女は嬉々とした表情で机の上を見ていた。
「彼氏の手紙でも読んでんの?」
「まさか、スーパーの広告見てるの」
「はぁ!?」
ちょっと身体をずらして手元を見ると、なるほど広告を見ている。
それどころかチェックを入れる姿に、星夜はそろりと夜天に目を戻した。
「一人暮らしでもしてんの?」
「知らない」
「知らないってお前・・・」
どう言うつもりなのかは知らないが、傍から聞けば随分と面白くなさそうな声だこと。
つい、星夜はまたニヤニヤ顔に戻ってしまう。
「スリーライツと話してんのに、特売取る奴なんていんのかよ! なあなあ、おだんご」
「…何よ」
「俺との貴重な放課後とスーパーの特売だったらどっちとる?」
「スーパーの特売」
有無を言わさず切り捨てられて、星野は眉尻を引き攣らせた。
「あのなー、少しは考えてから結論出せよ」
「だったらもっと考える時間が必要な質問出してよね!」
スーパーに恋をしている少女がいることをクラスメイトたちは知りもしないのだろうけれど、そんな彼女が反応を示すのが――
星野が騒いでいる時だと言うこともまた知らないのだろうと考えて、なぜだか突然、無性に無性に腹立たしくなった。
「あーもう!うるさいってば!違う所でやってよねッ」
ピタリと静かになる教室。
基本気は短いが(星野が思うにマッチよりも短い)、常に周りとは冷めた距離をとっている夜天が人前で火を噴くのは珍しい。
ちらりと見ると、と目があった。さりげなく顔を逸らされる。
「話したいとは思わねぇの?」
「・・・誰と?」
「(分かってる癖に)転入生だよ転入生!」
「騒がしいから係わり合いになりたくない」
「そっちじゃねぇっての!」
「ちなみにあの関西弁と同じくらい騒がしい星野とも係わり合いになりたくない」
同じ環境で育ってきたと言うのに、どうしてこう捻くれて大きくなったのだろう。
ため息を零すと、夜天は拗ねたような声で続けた。
「話したくないんじゃない?」
「何でだよ」
「人と話してるのあんまり見ないし、誰かと話しててもいつも逃げ腰」
ちなみに夜天と話したときは逃げた。
それを指摘されたわけでもないのに、夜天は鼻に皺を寄せる。
「話したいとしたら星野とかもね。よく星野の事見てるから」
星野はちらりと彼女を一瞥した――次の授業の準備をしているようで、星野の事など見ても無い。
捻くれ王子は仏頂面で黒板を見ている。
星野はひょいと肩をすくめた。
【my best friend 3】
大気は温室に、星野は部活に行ってしまった。
結局反部活派の夜天だけが取り残されてしまって、さっさと帰ってしまうはずが、何故だか足が教室へ。
「歌が聞きたいだけだもん」
言い訳じみた声になってしまった。
話してあげてもいいかな、と思う気持ちがくすぶっている事にも気が付いていて、それがまた腹立たしい。
へー、てっきり俺は、あの転入生に見とれてるのかと思ったけど
言ってやったりとした星夜の顔を思い出す。
そもそも、地球人を見て可愛いだとか美人だとか思う訳が無いのだ。夜天にとって女の人と言うのはプリンセス火球が全てで、美しいも可愛いも彼女の為の言葉だから、視線が向いてしまう彼女をそんな風に思った事は一度も無い。
ただ、興味があるだけ。
彼女は歌詞の底にある彼らの願いを感じてくれた。
プリンセス火球に会いたいと言う夜天の気持ちに気づいてくれて、きっと会えると言ってくれた。
だから少し興味があるだけ。だから少し、話しをしてみたいと思うだけ。
そう並べながら教室に着くと、ちょうど星野が出てきた。
ひらりと手を振った星野は夜天に気が付くと、例のにやにや顔を貼り付ける。
「その顔止めてよね。ムカツクから」
「そう言うなって!せっかく俺が一肌脱いでやったんだからな!」
「は?」
「……って言ってたぜ。じゃ! 俺、部活だから」
背中を押された夜天の瞳に映ったのは、数日前と同じように驚いた顔をしている。
教室には彼女一人しか居なくて、親しげに手を振っていた星野を思い出すと面白くない。
おまけにお節介としか言いようのない星野の言葉がぐるぐると頭を回って、嬉しいような、わけの分からない気持ちが入り乱れる。
「今日も時間潰してるの」
ヤキモキした夜天が尋ねると、は頷いた。
「卵のセールがあるんです。一度帰って行くより学校から立ち寄った方が近いから」
「ふぅん」
一人暮らしでもしてんのか、と言う星野の言葉が浮かんで、夜天は苦い顔になる。
「……一人暮らしなの?」
「え」
「せ、星野が言ってたから聞いただけッ」
は瞬き二回、小さく笑うと首を振った。
「親戚と暮らしてるんです。それにしても本当に、夜天君たちは仲がいいんですねぇ」
「どうして?」
「だって、星野君も同じこと聞いてきましたよ。夜天君が気にしてたって」
(星野のバカ!)
「…星野はお調子者だから」
「そこが星野君のいい所ですよ!」
「だから何時も、星野を見てるの?」
失言だった。
夜天が顔を曇らせる前に、彼女は「何時もですか?」と面を食らったような顔をする。とたんに頬を朱に染めて、
「そんなに見てますかね!? 星夜君と月野さんが並ぶと、どうしても我慢がきかなくて…!」
「――え」
「もうホント、あれで、どうして、くっつかないのかッ!」
確かに、星野が騒いでいる時はきまって、前の女子と一緒だった気がする。
それよりもはじめてみる彼女の顔に、夜天は言葉を無くす。
空気のように振舞っている無表情ではなく。
誰かに話しかけられた時の戸惑ったような顔ではなく。
ましてや広告を見ている時よりもずっと、輝いていないか。
どくんと夜天の心臓がひときわ高くなって、頬が火を噴くように熱くなる。
「しまった、つい…。ではその、わ、わたしはこれにて!」」
夜天の表情など伺う暇もなく、脱兎のごとくかけていく。そんな彼女の背中を視線で追いかけて、夜天はようやく、赤くなった頬を手で隠した。
「何なの、今の」
美人でも、可愛いわけでもない。ましてやスタイルなんて全然惹かれないのに。
なのに今のはなんだ。なんで今、あんなに惹かれた。
まるで
まるで
へー、てっきり俺は、あの転入生に見とれてるのかと思ったけど
「見とれた、みたいじゃないッ」
彼女、夜天のファンだって言ってたぜ
星野の声が、耳につく。
ますます赤くなった夜天と、その場を去っていった。その場を仏頂面で見ていた跡部は静かに踵を返した。
*おまけ*
「星野。部活はどうしたんですか?」
「お、大気!まあ社長出勤ってヤツかな」
「ただでさえ仕事で参加できない日が多いんですから、いける日はまじめに顔を・・・どうしたんですか、変な笑い方をして」
「大気まで変とか言うなよな!いやー、夜天もまだまだ子どもだと思ってよ」
「お互い様だと思いますけどね。夜天も貴方にだけは言われたくないと思いますよ」
「まぁな。でも多分・・・この件に関しては俺の方が大人だと思うけどね」
「そうですか(よく意味が分かりませんね)」
「(多分分かってないな、大気のヤツ)」