my best friend01
学校に通いだすまでの数日間はスーパーとデパートの視察に費やし、引越しの挨拶の手土産も買ったのだが隣の住人はよほど忙しい人のようで、結局一度もお目にかかる事はなかった。
そんなこんなでバタバタしているうちに時間は過ぎていき、制服を着る現実と向き合う事となったは忍足の横でげっそりしていた。
「忍足侑士いいます。ちなみにレンズに度ははいってへんで、よろしゅうな」
あははと笑いが起きて、は横目で見る。
星野、夜天、大気、忍足――見るからに期待値が低いがどうして最後なのか。このあとで自己紹介をさせられるこっちの身にもなってくれ。
愛想笑いを貼り付けて名前だけ言うと、クラスメイトの大半は興味がないよう。ホッと胸を撫ぜた。
ちなみに跡部は別のクラスだ。
「何で忍足と一緒なんだてめぇは・・・ッ」と言うにはどうしようもない怒りメールが来たのは先ほどのこと。見なかった振りを決め込んでいる今もポケットの中の携帯が震えている。
「ハイハーイ!夜天さんここが空いてます――ッ」
は口元が緩むのを必死に押しとどめる。
忍足と同じクラスと知った時は震えたが、このクラスに入れたのは嬉しい。うさぎちゃんもまこちゃんも居るよー。
(目の保養、目の保養)
「ここ、空いてる?」
大気がまことの前の席に手を置くと、裏返った声をあげたまことは姿勢を正して頷き、星野はニヤニヤとうさぎの後ろの席を陣取った。
「俺ここ。よろしくな、おだんご」
「あたしの名前は月野うさぎッ!」
「ほー、月見団子」
「忍足くーん、この席空いてるよ――!」
「ほなそこにしようかな。おおきに、よろしゅう」
一人取り残されたは星野の斜め後ろに座らせてもらう事にした。腰掛けると、女の子たちが耳打ちしあっているのが聞こえてくる。
「5組にも凄くカッコイイ男の子が転校して来たんだって」
「嘘ー、後で見に行かない?忍足君もカッコイイよねッ」
「アイドルもいいけど、近寄りがたいし・・・あたし忍足君狙ってみようかなぁ」
勇気を出して、「学校では話しかけないで下さい」といった時は申し訳なかったが、判断は間違ってなかったとは自分を褒める。
(それにしても、良い席ゲットしちゃった)
ここからなら教室全体が見渡せるし、うさぎ達の会話も聞こえる。内心ほくそ笑んだだったが、
(嫌、別に聞き耳たててる訳じゃないから、普通に聞こえる範囲に居るだけだから)
と誰に言う訳でもなく弁明する。
「なぁなぁなぁ。俺ら部活に入りたいんだけど、何かいいのない?」
「超ぉ楽しくて、歌って踊れて、お菓子食べられて、超ぉかっこいい男の子が超――ッ一杯居て、アメリカにも行ける部活なんて、無いわよ」
「あっそ・・・」
「あの、もしよかったら案内しますけど?」
美奈子が嬉々として立ち上がると「そこ、授業中だぞ!」と怒声が向いて、美奈子は苦笑する。
それから数分もたたないうちにうさぎの背中をシャーペンでつつき、鬱陶しそうに振り返ったうさぎに話しかけた。
「お前も案内してくれんの?」
「冗談!」
ふん、とそっぽを向いたうさぎに、星野は口先を尖らせる。
「お前、冷たいぞ?」
「もちろんご案内しますわ!うさぎちゃんも一緒にッ」
「ええ!?」
この作戦はいけると思ったのか、忍足の横の子が「部活案内しようか?」と尋ねると、彼は「せっかくやけど、もう入る部活決めてん」と笑った。
「何部に入るの?」
「テニス部や」
「えー、忍足君テニスできるのー?」
「こう見えても前の学校ではレギュラー張っててん」
すごーいと手を叩く女の子たち。
あっと言う間に忍足の株が上がった、と感嘆したを知ってか知らずか、忍足は「よかったら見に来てや」と目を細めて笑った。
□
「まったく、星野はどうかしてるよッ」
学校に通うのにも反対だったのに。
眉間に皺を寄せたまま夜天は廊下を突き進んで行く。
唯一の救いといえば、半数の女子は星野の部活荒らしを見に行って、もう半数は同じ日に転校して来た男子生徒を見にテニス部へ行った事か。
自分は絶対に部活になんか入るもんか。
「地球人と馴れ合う為に来た訳じゃないのに!」
そう、全てはあの方を見つけ出すため
あの方に気づいて欲しいから。自分達はここに居るのだと気づいて欲しいから。声を張り上げて歌ってるんだ。
地球人にキャーキャー言われる為じゃない
あ の 人 に 会 い た い か ら 、 歌 っ て る の に。
(この歌…?)
彼らの歌は今どこでだって流れていて、誰が歌っていたって驚く事ではない。
ただ、何故か気になった。
教室のプレートを見上げた夜天は、自分のクラスから聞こえるという事に尚更驚き、僅かに開いたドアから顔を覗かせる。
いくら他人に興味の無い夜天にも見覚えがある――自分達と一緒に転入してきた少女。
意外に思った夜天のつま先がドアにぶつかった。
振り返った彼女が「ぎゃ」と潰れたような悲鳴を上げる。
「お、お見苦しい歌を…ごめんなさい」
夜天は拍子抜けした。
「誰も居なかったものですから、つい・・・ご本人に聞かれるとは顔から火が・・・」
「――……会いたい人、居るの?」
「え?」
「な、なんかそんな気がしたからッ」
口から滑り出た言葉を繕うと、ぎこちない笑みが返って来る。
「毎日毎日願ってたんです、会いたいって。そしたら会えちゃいました。きっと神様がうるさかったんだと思います」
オレンジ色の光が彼女の顔を温かく照らして、
「だから夜天君の会いたい人にも、きっと会えますよ。こんなに素敵な歌だから」
ぽつりと呟いたその一言は、まるで彼の不安を知っているような。不安にはまり込むような。息を呑んだ瞬間、はバッと口を両手で塞いだ。
「ファンのたわ言ですが…ッ!!!」
「君・・・」
「それでは、私はスーパーの特売がありますので、これで!」
鞄を引っつかんで出て行く背中を見送って、夜天は「スーパーの特売って」と呆けた声を上げた事に気付いた。なんだか無性に可笑しくなって、口端が緩くなる。
「変な子」