my best friend01

「くらえ、ドロップボレー!」
「あまい、その手でくるのはお見通しやッ」

「な、ひぐま落としで来るなんて・・・!」
「天才なめたらあかんで」
「もう一回勝負ッ!今度は6−0で決めて「お前らうるせぇんだよ」


眉間に皺を寄せた跡部が顔を上げると、「テニスは外でしろ!」と威嚇し、ゲーム機から顔を上げた二人は跡部に視線を向けた。
「そんな事を言われましても・・・」
「そうや跡部、にそんな事言うのは気の毒ってもんやで。なんてったって母親の胎内に運動神経を忘れてきた女やからな

「余計なお世話ですよ」
ふ、と苦笑を零した忍足の足を思い切り踏みつけた
踏まれた足をさすった忍足は半ば涙目で、「それにしても跡部、まだ終わらんのかいな」と尋ねた。

「あと少しだ」
「それを言い出してかれこれ三十分はたっとるで」

「だ――ッ!お前らがうるせぇから進まねぇんだよ!大体、何でてめぇが居るんだ忍足ッ!」

シャープペンで指された忍足は「何でって」と瞬くと、へらりと笑った。

「俺かて積もる話があんねん」
「メールですませろメールで!」

「うわー、心狭ッ、余裕が無い男は嫌われるで」
「てめぇが図々し過ぎるんだッ」

「ま、まぁまぁ。跡部君、早く部誌終わらせなよ。ね?」

チッと舌打ちした跡部が、書きなぐるように部誌にペンを走らせる。
跡部が怒るのも無理はない。なにせと跡部が事実上付き合いだしてから間もないこの時期、誰も居なくなった部室に彼女を呼べば何故居る忍足

たまたま通りかかった忍足が部室まで案内してくれというが、態のいい言い訳のような気がするのはきっと気のせいではあるまい。嘘と誤魔化しが下手なのは跡部が一番よく知っている。
イライラとつま先で床を叩く跡部を見て、忍足は「機嫌最低やで」とをつついた。
ため息をひとつ。


「そんなに跡部と居るのが気まずいん?」
「気まずいって訳じゃなくて、どうしたらいいかよく分かんないって言うか・・・」

人を想う事を長い間放棄し続けて居た。ただでさえ誰かを好きだと言うなれない感情をもてあましていると言うのに、同じような気持ちで大切に想われるなど、天と地がひっくり返るに等しい。

この私が誰かと付き合う日が来るなんて


一緒に居たいから来る。でも、いざ会うとなると緊張と恐怖でどうしていいか分からなくなる。
だったら二人きりじゃなければいい、と言う事で、忍足に助けを求めたのだが



「せやけど、めっちゃ俺風当たり強いねんで・・・? が帰った後の恐怖が今からでもゆうに想像できるわ」
「・・・ゴメン」

「日吉はまだ中等部で、他のメンバーじゃ跡部君には太刀打ちできないし・・・おぼれる者は忍足君にもすがるって奴で」

「俺とわらは同レベルかいな」


相変わらず失礼なやっちゃ、と忍足が憤慨していると、シャープペンを置いた跡部が腕を回して立ち上がった。
「お、終わったんかいな?」
「・・・ああ」

跡部が鞄を持つと、ゲーム機をバッグにしまったと忍足も立ち上がる。

「それにしても、高校一年で部長だなんてね」
「当然だ」

「レギュラーの座もほとんど俺らが奪いとってん。後の空きは長太郎と日吉と樺地が来るやろうしな。結局高校進んでも変わりない面子や」
「あはは、先輩達も災難だねー」

相槌を打ちながら開けたドアの先、一歩踏み出すなり動きを止めた跡部と忍足につんのめった。

「へ?」


何故部室の外が玄関なのか。
マンションの一室が目の前には広がっていて、気が付くとマンションの廊下に立っていた。

「俺達、部室に居ったよな?」という忍足の声に跡部が頷く。

「集団催眠か?」
「んなアホな」

は思い出したように鞄から携帯を取り出すと、ピピと操作して息を呑んだ――「アドレス・・・ない」
はヒィィイと悲鳴を上げて後ろの二人を見る。

「跡部君と忍足君も携帯見てッ」

二人の行動は早かった。

はじけるように携帯を取り出した忍足が「ホンマや」と言うと、携帯三台持っている跡部も愕然とした目で携帯から視線を持ち上げる。
は「まさか」というと、両手で頬を押さえた。

「トリップ!?」

「とりっぷ?」
「この状況、私が初めて跡部君達の世界に行ったときと同じなのよ。
気が付いたらこっちに居て越前さんになってて、アドレスが消えた代わりに日吉とかのアドレスが入ってて」

「確かに、俺の携帯には跡部とのアドレスしか残ってへんで」
「俺もだ。だが、今度はてめぇの姿のまんまじゃねぇか」

跡部の言葉どおり、は出かけ際の格好のままで、ましてや姿形が変わっていない。
なんなんだ一体、と顔面蒼白になったは、転げるように家に入ると、手近なドアを開けた。

まじまじと部屋を見た彼女が尋ねる。

「・・・忍足君ってさ、エヴァのDVDが持ってたりする?」
「あるで、俺の宝もんや」

靴を脱いだ忍足が彼女の開けた部屋を横から覗き込むと「俺の部屋や」と怪訝な顔をしている跡部を振り返る。

「部屋違うけど、俺の荷物がいくつかあんねん」
「私の時も、命並に大切な物だけ一緒にトリップしてたの」

疑うような顔をしていた跡部も家に入ると、別のドアを開けて額を押さえた。

「・・・俺様の荷物まである」
「うっわ、洋書ばっかりやん」

部屋中に溢れかえっている本のほとんどが洋書で、顔を歪めた忍足は自分の部屋と跡部の部屋を見ると、もうひとつ奥にある部屋に視線を向ける。

「って事は」
「私の、部屋・・・?」

バタバタと駆けたが扉を開けると、裕次郎から貰った帽子を頭にかぶせたうさぎのぬいぐるみ、虎が出迎えてくれた。
家具類は見覚えのないものだが、虎がその部屋の住人がである事を暗に示している。

「そんなバカな」
「こっちに来てみ」

おぼつかない足取りでリビングへ足を向けると、机の上にあった通帳を手に「それなりな金額が入っとるで」と跡部に手渡した。

跡部は視線を落とすと、「なんだこの貧相な金額は」とひとこと。

「あかん。跡部は金銭感覚が麻痺しとったんやった」
「ちょっと見せて」

通帳を見たは、目を白黒させた――何この金額
金銭感覚的に言えば、跡部>忍足>である。庶民にこの金額は眩しすぎた。


「推察するに、ここは俺らの家やんなぁ?」
「・・・そう言う事になるね」

「んで、肝心な所ここってどこなん?」

やっとこさ通帳から目を離したは、ううん、としばしの間考え込む。
「知ってる世界の場合もあるし、知らない世界の場合もあるけど・・・たぶん、二次元の世界だと思う」

「二次元って、ようするに平面状の世界のことか?」
「そうは言い切れないよ。だって元々跡部君達だって私達から見れば二次元の世界の人間だったけど、存在してた訳だし」

「とりあえず、手がかり探して見るしかないな。エヴァの世界やったらええのに」
「あんな世界行ったら死んじゃうって」

「綾波に会えたらそれはそれで本望や」
「・・・ハイハイ。各自部屋調査って事で」

踵を返して部屋に行ったに続いて、跡部も部屋に戻り、釈然としない態で忍足も引き返した。
ごそごそと部屋をあさっていると、部屋の外から「おい」という跡部の声が聞こえて、は振り返る。

「制服?」
「部屋にあった。それと入学手続きの用紙だ」

何か見覚えのある制服のような気がする。嫌々まさかまさか
跡部の持っている紙にじわじわと近づいていくと、絶句。


「どうした?」
「・・・じゅ、十番・・・こ、うこう」

「知ってんのか?」
「なぁなぁ、十番高校って書いた入学手続きがあってんけど、これってあれやんなぁ」

忍足の手にも、跡部と同じ制服。

「あれって何だ」
「「セーラームーン」」

「せーらーむーん?」
「なんや跡部知らんのか。一世風靡したアニメやで、美少女アニメの原点や。俺が愛する足の原点もここにあると言っても過言やない・・・?」


ぽかーんとしているの表情を見た忍足が尋ねた途端、瞳を輝かせた彼女は「うわぁあああ!」と歓喜の声を上げた。
「嘘、ここセラムンの世界なの!?ちょ、ホントマジで!?うわ――い!

小躍りせん勢いで両手を挙げたを見て、今度は跡部がぽかーんとする番だ。こんな嬉々な顔をした彼女は珍しい。
跡部の横腹をつつくと、「の年頃やってん。セーラームーンが流行ったのは」とフォローを入れる。


「跡部君と忍足君が十番高校なら、私も差し入れのふりとかして門くぐれちゃったりするかなッ」
「ふりやなくて、差し入れに来ぃや」

「うさぎちゃん達も高校生なのかな!同じクラスになったら写メ、写メ撮ってきてね!」
「全然聞いてへんな。そんな事よりも、そっちは何か収穫あったんか?」

「あ。後クローゼットだけ」

正気に戻ったようにクローゼットを開くと、かかっている制服に一同、呼吸をするのを忘れた。

「二十歳で制服は、キツイで・・・?」

思い出したような言葉に、がキッと忍足を睨んで、跡部なんて「隠し撮りしなくても生で見れるじゃねぇか」と珍しく気を使ってしまう。それほどに驚いた。
わなわなと震えたは、頭を抱えるとうずくまる。


「嫌だッ!この体系で制服来たくない!学生の時の悪夢が蘇るッ」
「で、でもあれやで。が大人っぽくてナイスバディやったりしてみぃ、それこそ制服なんてありえんやろ」

「悪かったわね童顔で太っててッ!隠し撮りだけで十分なのにィイイ。中学校を二度体験しただけに飽き足らず高校まで二度なんて・・・嫌だッ」


私は絶対行かないぞ!登校拒否だこの野郎ッと八つ当たりよろしく忍足を突き飛ばしてリビングに駆けて行ったを見て、
彼は跡部に「何とかせぇや」と視線で訴えかけた。

ソファを陣取ったの背中に喋りかける。

「嫌がる所じゃなくて、喜ぶ所だろうが、あぁん?」
「何でですか」

「俺様と同じ学校に通えるんだぜ?」

つーんとそっぽを向くと、跡部は眉根を引きつらせた。
現実逃避よろしくがテレビをつけると、たまたまついていたニュースに釘付けになる。

「てめぇなッ!」
「行く・・・」

「あぁ?」
「私も十番高校に通う!」

「制服に袖通してくる!」と行って部屋に駆け戻っていくと、照れ隠しだったのか、と口元を緩めた跡部の傍で、ニュースには三人の青年がピックアップされていた。


『流星のように現れたこの三人組はスリーライツと言い――』