ドリーム小説
「陸遜さん?」
我に返って首を巡らせると、直虎と目が合った。傍には先日同盟を結んだ魏の将、司馬仲達。
「直虎殿」
「どうかしましたか?」
突然現れたように見えて驚いたともいえない。
言い繕う言葉を探す陸遜を他所に、「あ」と唇を抑えた直虎は恥ずかしそうに頬を押さえた。
「その、わたしごときがすみません!!」
「いえそんな…」
振りかけた首を止めて、数秒。
「そんな顔をしていたでしょうか」
「なんだか…その、探し物をしているような顔、というか」
「探し物、ですか」
なるほど言い得て妙だ。
言葉にすると憑きものが落ちたような気持ちになって、陸遜は笑みを零す。
「……実は尚香様を探しておりまして、存じませんか?」
「尚香様…呉のお姫様ですね」
「ええ。こちらへ向かわれたと聞いて来たのですが」
「それならたった今」
「呼んだ? あら、陸遜じゃない」
少し先の角から尚香が顔を覗かせた。
「尚香様」
「もしかしての事?」
「ええ、そうです。先ほど孫権様より殿が……」
そこから先を言う気にならない。まごついていると、尚香は頷いた。
「権兄様に聞いたのね。そうよ、ちょっと前までは城に居たんだけれど…。司馬昭と一緒じゃないかしら」
「――司馬昭、というと」
「ほう、見ぬと思えば…あれは昭が連れているのか」
のんびりと割入って来た声。直虎の傍らに立つ司馬懿は、陽の光を浴びて一層不健康そうに見える。
「司馬懿殿の御子息、でしたよね」
「ええ」
「殿は一足先に劉備殿の救援に向かったはずだったのですが」
険を帯びた陸遜の瞳。気にする素振りも見せず、司馬懿はゆうゆうと扇で仰いだ。
「なるほど。陸遜殿、一本取られましたな」
「…どう言う意味か計りかねます」
陸遜の眉間に皺が寄る。
司馬懿と陸遜、交互に見る直虎が青くなっていくのとは対照的にふぅん、と相槌一つ打った呉の姫は口先を尖らせた。
「いまいち盛り上がりに欠けるわね。本当だったら今頃、も一緒に降ってたはずなんだけれど」
「姫様、それはどういう?」
「初めはね。練師は権兄様といるって聞いて、それならを譲って貰おうと思ったの」
「………尚香様」
「あら、いずれ権兄様が攻めてくるのは分かっていたもの。お父様が勝つにすれ、権兄様が勝つにすれ、結果は同じじゃない?」
あっけらかんと言ったあと、難しい顔を繕った尚香は顎を押える。
「だけどったら、様子がおかしかったのよね」
「様子がおかしい、ですか?」
「怯えてるって言うのかしら。とにかく信長に会いたいの一点張りで」
「怯えて? それはどういう」
事なのでしょう、という言葉は続かなかった。司馬懿にふんと鼻で笑い飛ばされる。
「あの娘の事をいくら考えようと、時間の無駄。本人に聞いた方がよほど早いというもの。…直虎殿」
「え、あ、はい。明智さんが率いる軍勢が迫っていて…丁度、劉備様や孫権様にご報告しようと思っていた所だったんです」
「織田軍が? という事は」
「はい、狙いは腕輪だと」
直虎の腕にある腕輪がキラリと光った。なるほど、と陸遜は一人ごちる。
「……そこに司馬昭殿がいるとすれば…」
「間違いなくがいる」
くく、と笑いを噛み殺した彼は、耐え切れなくなったように仰け反った。
「はっはっは。これはいい」
「えっと、司馬懿殿?」
「…この戦、昭は貴方が出て来ると踏んでいるでしょうね、陸遜殿」
横眼を向けられて、陸遜は眉根を浮かせる。
「お望み通り出陣するつもりですが。わたしが出ぬ方が意表を突けるとでも?」
「我が子が意表を突いた位で崩せると?」
熱にうかされたように司馬懿は笑った。頬が朱に染まって、やっと幾分か常人に見える。扇を畳みながら、司馬懿は薄ら笑いを貼りつけた。
「望み通り頭から叩いてやればいいのです。さすれば放っておいても昭は崩れる……この戦、私も出ましょう」
「司馬懿殿が、ですか?」
「一本取る為とはいえ、駆け落ちなどと稚拙な策。灸をすえてやらねばなりませんからな」
◇
「うぉっと寒気が。風邪ひいたかな」
ぶるりと身体を震わせた司馬昭。
得物を手に、はため息をついた。
「サボる口実ならわたしに言ってもしょうがないわよ、司馬昭」
「それもそうだ」
言いながら、司馬昭は後ろ頭をかく。
「……悪かったな、織田信長に会わせてやれなくてよ」
「ううん、こんな状況だし。それに…」
「それに?」
「寝言みたいなあの言葉を信じてくれてるんでしょ?」
(殺される、なんて)
自分でも性質の悪い冗談としか思えない。
「寝言、か」
宙を仰いだ司馬昭は、まるで雲を数えるよう。ぼんやりと口を動かした。
「…寝言で済むなら助かる」
「ねぇ、司馬昭。あの人なんだけれど」
「ん? ああ、明智光秀、だっけか」
「明智光秀」
繰り返したは口を一文字に結んだ。
(何だろう、この違和感)
何かとても大切な事を忘れている気がする。 長い髪に、まるで女と見紛う程の美しい容姿。麗しい声。
「…声」
「?」
「声、そうだ。この声、麗しすぎるこの声は」
ちり、とどこか焼け付くような痛みが走った。
胸が苦しい。
咄嗟に心臓を抑えると、おいと司馬昭が肩を掴む。
(じゃあ逆に、どうして、何で分からないんだろ。まるでぽっかり穴が開いてるみたいな)
「あまり無理に思い出さない方がいいよ」
突然上から声が降って来ては跳び上がった。見上げると、桃色の髪。スーパーサイヤ人を思わせるカウンター。順に視線を落として、司馬昭の背に隠される。
「お前は?」
「僕? 僕は」
「………な、た?」
ぽろりと出て来た名前。自分でも驚いているというのに、青年は目を丸くした。
「本当に思いだしかけてるんだ」
「子上殿!」
「子上、誰だその男は。どこから」
得物を構えた王元姫と司馬師を眺めて、青年は首を傾げる。
「それもいいけれど、まずは腕輪の持ち主と戦ってみたいんだよね」
「腕輪の持ち主?」
「では、敵ではない…と」
「その後でならいつでも戦うよ」
言って、ガラス玉のような瞳にを映した。
「本当は君の面倒も頼まれてるんだけれど。まあ、次に来る誰かがするかな」
「子上殿みたい」
「…元姫」
思わず呟いたらしい王元姫。司馬昭は何とも言えない顔で横眼に見る。
「うーん、君の記憶が戻りかけているのは、異界の人間だから術の効きが甘かったのか」
「っ」
「それとも身の危険を感じて思い出そうとしているのか、どっちかなんだろうけれど」
ふわりと宙に浮いた青年。
兵が雄叫びを上げる。
「自然に任せろ、太公望からの伝言だよ」
「たい、こうぼう」
なぜだか素直に頷ける。
「分かった」
「それからあんまり怯えた顔をしない方がいいかもね。思い出したと思われたら厄介だから。それじゃあね」
開いた門からするすると出ていく青年。
その背を見送って、は自分の頬を抓った。痛くて顔がしわくちゃになる。
(確かに、恐がってばかりじゃいけないわね。この戦で手柄を立てて、織田信長に会わせて貰う! その為には孫権様たちとだって戦う。出来る事をしなくちゃ)
そ う 思 っ た の に。
「……司馬昭!」
燃え上がる剣を受け止めて、はひぃと悲鳴を上げた。双眸がギラギラと剣呑に光っている。
「えっと、その、陸遜?」
伺うように名前を呼ぶと、にこりと笑顔。
「いやいやいやいやその笑顔が怖い! ただの恐怖だから!」
陸遜激昂、の四文字が黒い炎となって立ちのぼる。
「、俺はいいから一端退けって!」
「そう言う訳にもいかないでしょ!? いやいかないんだけれど…っ」
冷や汗を流す。その前で、陸遜は双剣を手に花も恥じらい真っ赤に燃える笑顔を浮かべた。
「随分仲がよろしいようで。覚悟はよろしいですか? 殿」
「っ、ぎゃ―――――――――――――ッ!!!!!」