ドリーム小説

「うそ」
嘶く馬の脚を止めて、は息を詰めた。
蜀陣の城から黒煙が立ち上っている。押し破られた門に、討た果たされた蜀の兵士たち。
雪崩れ込んでいく織田の旗に血の気が引いたは応援を呼びに戻ろうとして、一人奮戦している武将に気付いた。よくよく目を凝らす。
「あれは…法正殿?」


何とか踏みとどまっているが、いつ討たれてもおかしくない。
「ッ、法正殿ォオオオオ!」
雄叫びに驚く兵士たちを薙ぎ払う。馬に乗ったまま顔面を蹴り飛ばして、着地すると槍を回した。
「ここはわたしが! 法正殿は応援を呼びに戻って下さい」
「……正気ですか? 手負いの私より、貴方が走った方が早いですよ」
「法正殿は城に詳しいでしょう」
法正は僅かに目を開く。緊迫した空気の中でふっと息を吐くように笑うと、手綱を取った。
「それもそうですか。……この借りは必ず」
「これくらい、とびきり高い酒で手を打ちますよ」
一目散に駆けていく馬の背中。見送ったは得物を手に、城を見上げる。

「――出来るだけ、時間をかせがなくちゃ」



慄き逃げ出す織田の兵士を後目に、とにかく我武者羅に槍を振るった。
(運よく劉備殿と合流って訳にはいかなそうね)
どこに劉備たちがいるのか皆目見当もつかない。ここにマップがあればなあ、なんて思って、マップがあった所で迷子になっていた自分を思い出す。

「せめてちょっとでもこっちに目が向いてくれるといいんだけ…どっ!」
咄嗟に避けたはみぞおちを蹴り飛ばした。取り囲む兵士を一気に切り捨てて、歯を食いしばる。
(もういっそ、戦場の中心で叫んでみるか? 劉備様ー! って)
返事があればラッキー。そうじゃなくても敵の目くらいはひきつけられるかもしれない。
息を吸い込んでいると、


「やっぱりか」


後ろからかかった声に振り返った。思いもよらない人物に息を吐くのを忘れてしまう。

(司馬、子上…!? なんでわたしの名前を)
得物を握る手に力が籠る。
緊張の糸を張ると司馬昭は瞬いた。

「呉の女武将が派手に暴れてるって聞いて来たんだ、が!? おまっ、いきなり打って出るなよ!」
一気に間合いを詰める。
「落ち着けって!」


焦るの気も知らず、司馬昭はまるで友達のような口ぶりで声をかけてきた。

「なあ、
「気安く呼ばないで!」
「あー、そう言う懐かしい感じも悪くはないんだが」
槍を払われ懐に潜り込まれる。蹴りを繰り出そうとしたつま先を踏まれて、為すこと全て封じられたは息を呑んだ。
「っ、何で…!?」
「お前、陸遜…だっけな。呉の軍師とはどうなってんだ?」
「陸遜?」
ここに来て再び、思いもよらない名前。眉を潜めると、は声を低くした。

「なんで貴方が陸遜を…? どうも何もないけれど」
「へぇ」
機嫌が良さそうな顔つきで眉根を上げる。ぐっと顔を寄せられて、槍を掴まれれば抵抗が出来ない。
視界いっぱいに広がった司馬昭に背筋が冷たくなったは身体を強張らせた。


「な、に」
「俺は司馬子上ってんだ」
名乗られて、恐々頷く。

(知ってるけど)

「それがな――」
に、と言おうとした言葉は続かない。みぞおちに痛みが走る。


「よろしくな、



糸が切れたように動かなくなったを肩にかついだ司馬昭は瞳を細めるようにして笑った。


「出て来るとめんどくさい連中ばっかりだからな。先手を打たせてもらうぜ」







「これはまた、偉く機嫌が悪そうだな」
事務的な会話を二三言交わしただけだというのに、陸遜は面を上げると朱然を見た。
「……顔に出てますか?」
「いや。分かる人間には分かりやすいからな、陸遜は」
「そう、ですか」


だったら分かってくれてもいいだろうに、なんて思う反面、どうせならもう少し動揺してくれれば良かったのにとも考えてしまう。
(妙な勘ぐりはしないで下さいと…わたしからいうのも変な話ですしね)
溜息をひとつつくと、朱然は両手を挙げた。

「おっと、城を燃やすのは止せよ」
「しませんよ」
投げやりに言うと軽く肩を叩かれる。慰められているのかからかわれているのか。分からない朱然を見ていると、彼は陸遜の後ろに目を向けた。
「…陸遜?」
穏やかな声に振り向けば、眉を潜めている練師が立っている。
「どうしてここに? と一緒に劉備殿の城へ向かったものだと…」
殿、ですか? それなら甲斐姫殿とくのいち殿と共に立つと聞きましたが」
「甲斐姫とくのいちなら、さっき揉めてたぞ」
「え?」
「置いて逃げただのなんだのと話していたが…の姿は無かったな」

陸遜は目を見開いた。


 ――蜀陣へ書簡を頼まれたのよ。一応陸遜に伝えて出ようと思って


「まさか…」
「伝令です! 蜀軍の城に、織田軍が攻めて来たようす…!」
が戻って来たの!?」
「い、いえ、練師様。それが法正殿で…、なんでも殿に馬を借りたとか」
「馬を? じゃあまさかあの子」
「単騎で城に残られたそうです」

練師が色を無くす傍らで、陸遜は自分がどんな顔をしているか分からなかった。朱然に肩を揺さぶられてようやく己を取り戻す。
「ぼうとしている暇はないぞ、陸遜」
「……ええ、そうですね」



 ――……まさか一人で向かわれる訳ではありませんよね?

 ――甲斐姫とくのいちと一緒よ



いつもなら、もう少し話を聞いていたはず。
いつもなら、追いかけてでも一緒に向かっていたはず。

いつもなら。

(動揺していたのはわたし、ですか)


情けなくて吐きそうになるのを飲み込んで、陸遜は袖を捲った。



「…法正殿は今どちらに?」
「出陣出来る方を探しておられます」
「わたしも出ますとお伝えください。すぐに準備して向かいます」
「は、はい!」