ドリーム小説
>>1.誰にでもスキだらけ
>>2.眠るきみに秘密の愛を
>>3.無意識のゼロセンチ
>>4.きみの心に触れさせて
>>5.狼まであと何秒?
*
「ちょっと、セブルスってば!」
足早に上っていく背に、たまらず伸ばした腕。
掴めそうで掴めない。
この四年でずいぶん見慣れた背中に、今日もめげずと声をかけていると、スネイプの眼前で何かが派手に爆発した。
「んっ!?」
立ち上る黒い煙に、
男にしては華奢な身体が傾ぐ。
「嘘、ちょ、セブ…!?」
咄嗟に受け止めた。受け止めたけれど、支えきれずにはスネイプもろとも転げ落ちていく。
「ぃった」
「……ブラック、ポッター」
押しのけられて、スネイプが杖を向けた先。釣られてみあげると、
ジェームズ・ポッター。
シリウス・ブラック。
リーマス・ルーピン。
ピーター・ペティグリューと、四者四様の顔と目があった。
手を叩くジェームズ・ポッターに、シリウス・ブラック。しきりに辺りを見ているペティグリュー。何ともつかない顔でこちらを見ているリーマス・ルーピン。
彼らに向けて杖を振ろうとしていたスネイプは、
「!?」
響いたリリーの声に手を止め、陰鬱な目を向けた。
「すごい音がしたわ。怪我はない!?」
「だ、だいじょうぶ」
「セブルス、貴方、杖を出す前に心配するべきだわ!」
まくしたてて、瞳に剣を帯びるリリー。
一目瞭然の状況に、これは、その、とつっかえつっかえジェームズが言葉を探して、
場所を弁えずにパッと咲いた花を呆れて見ていると、ふとスネイプの横顔に目が向いた。
まるで井戸の底を見ているような暗い目が、リリーを映す。
胸が焼けるような音を立て、強張る指先が、いともたやすくローブに届く事に鼻がツンと痛くなる。
「セブルス。遅れるわ、行きましょう」
「…ああ」
頷くくせに、ちっとも動かない。
心の中でえいやと掛け声。
手を掴んで引っ張ってみる。あっさりと引っ張られてくれるその身体に、情けなさは増すばかりだけれど。
(もう、ほんと)
1、誰にでもスキだらけ
(前しか見てないんだから)
*
我らが偉大なる親友、ジェームズ・ポッターは今日も息をするように恋をしている。
「リリー! 今日の昼もいい天気だね!」
「朝から天気は変わってないわ、ジェームズ」
どれだけ冷たくあしらわれようと、果敢に次の話題を探す姿には敬意しか覚えない。ぐるりと魔法薬学の教室を見渡しながら、
「なあ」
「リリー、君の友人の姿が見えないようだけれど――」
ふと零れ落ちそうになった言葉を飲みこむと、リリーに睨まれて、ジェームズは椅子ごとたじろいだ。
「は医務室よ」
「医務室?」
「セブルスを庇った時に頭を打ったの! 頭っていうのはね、遅れて具合が悪くなるの。貴方たちの喧嘩にを巻き込まないでって、いつも言ってるじゃない!」
「お、落ち着いてリリー。別に喧嘩って訳じゃあ…。なあ、シリウス」
「気にくわないだけ」
「そうそう。気にくわないだけ。彼女だって、いつも、たまたまスニベリーと一緒に居るから巻き込まれているだけで、別に僕たちが巻き込もうとしている訳じゃあ」
(いつも、たまたま、ねぇ)
恋というのは、つくづく人を鈍感にさせるらしい。
轟と蹴散らされて、それでもリリーの気を引きたいジェームズを見ているに、痛みにめげていられないのだろうけれど。
「ジェームズ」
「ん? どうしたんだい」
「俺ちょっと熱っぽいから医務室行って来るわ」
そう。
いつもセブルス・スネイプと一緒にいる少女。
気にくわないあの男と一緒にいなければ、目に留まる事もなかったと思う。
たまたま。
本当にたまたま、なのだ。
「シリウス?」
柔らかな声に呼び止められ、気が付けば、医務室から出て来た友人、リーマス・ルーピンが首を傾げていた。
「マダム・ポンフリーならいないよ」
「あ、ああ。湿布薬をちょっとな」
「そう」
消毒液の香りが鼻をつく。
見渡すと、一番奥のベッドがこんもり山を作っていた。
極力足音を立てないように近づいて、覗き込む。
椅子に腰かけ、足を組んだり解いたり。
寝顔を見たあと、外を眺めたり。
そんな一分を何十分の居心地の悪さに感じて、頬杖をついたシリウスは息を吐いた。
横眼で見下す。
(我らが偉大なる親友、ジェームズ・ポッターは今日も息をするように恋をしている)
心臓が音を高くした。
唇を結んで、伸ばした手。スニベリーばかりを追う双眼が隠れている事を褒めるように、まつげを撫ぜて、
その間中、息を止めていた自分に気付く。
2、眠るきみに秘密の愛を
(上手くいかないもんだ)
*
リリーがジェームズと付き合いだした、と聞いた時のスネイプの顔といったら本当にほんとうに酷かった。ゲロ味とはなくそ味のビーンズをいっぱいに詰められてもまだマシな顔になるはずである。
それからほどなくして、
スネイプは『例のあの人』に親しいと言われる血筋の子たちと行動を共にするようになった。
一言にスリザリンと言ってもなんて、組分け帽子が最後の最後まで云々悩んで入れたクチである。
あの鼻にかかった、血筋自慢お家ワッショイみたいな所がどうにも苦手で、そんな中で我関せずなスネイプをカッコイイと思ったところから始まったのだけれど、
(どうしたものかなあ)
彼を中心に、階段を上っていく集団はちょっと苦手だ。
(…コソコソ話が楽しいのは分かるけれどね)
恋の話しは格別だ。
噂話だってしたりもする。悪口もたまに言う。
けれど決まって話す時は、あのリリーの、ビー玉みたいに澄んだ緑色の瞳を見て話すのだ。決して、誰かの顔を見ながら笑ったりなんてしない。
(そろそろ潮時なのかな)
こうなってみて考えると、無遠慮に前を突き進んでいたように見えて、意外と歩幅を合わせてくれていたのかもしれない。
きっと今、手を伸ばしても届かないなあ、
なんて考えていると、
「っ」
登った先で、取り巻きの一人が急に立ち止まった。
びっくりした足が階段を踏み外す。
垣間見えた意地の悪い笑みが遠くなって、
「セ――!」
血の気が引いたのに、咄嗟に口を噤んだ自分が情けない。
知らない振りをされたらと思うと、階段から落ちる以上に怖かった。
唇を噛んで、目を瞑るか悩んでいると、その瞳に、飛び込んで来たスネイプがいっぱいに映る。
心臓が飛び跳ねた。
「セブル…!」
抱きしめられて、転がり落ちる。
打った背中もお尻も痛かったけれどすぐさま飛び起きようとして――押し留められた。耳朶にかかるスネイプの冷たい息が、単調に言葉を紡ぐ。
「僕に関わるな」
見開いた瞳に映るスネイプは、いつも通り土気色の顔。髪の毛の隙間から覗く陰鬱な瞳は何の感情もないまま。その背が一度も振り返らず、遠くなっていく。
ショック、だった。
関わるなと言われた事よりも、ためらいなく寄せられた唇に。
抱き寄せながら、変わる事もなかった顔色に。
胸をかきむしりたいような、泣き叫びたいような。怒涛のような感情が身体を駆け巡るくせに、心だけぽっかりと穴が開いてしまって、
呆然と座っている。
その前で、チョコレートがひとつ、落ちた。
「?」
立て続けに落ちていくチョコレートにようやく焦点が合う。
緩く顔を上げると、リーマス・ルーピンが居た。両手いっぱいに抱えたチョコレートがまたひとつ、彼の掌から零れ落ちる。
「な、にそれ」
「チョコレート。元気になる」
「なんで、そんなにいっぱい」
「…」
いつ見ても覇気の無い鳶色の瞳が、今日は、いやに物寂しげにを見ていた。
どういっていいのか迷う素振りを見せて、リーマスは弱く微笑む。
「…きっと……いくつあっても、足りないだろうから」
3、無意識のゼロセンチ
*
泣いて、泣いた。
今までの事、これからの事、とりとめのない気持ちが身体の内でグチャグチャにほつれて、
無かった事にしようと思えば思うほど、スネイプの背中が瞼の裏に焼き付いて。あまりの痛さに、また涙が出た。
(この時間は、何だったんだろ)
(セブルスにとってわたしは何だったんだろ)
(わたしにとってセブルスは――)
スネイプは、リリーとジェームズが付き合いだした事がショックだったのだろうか。それとも彼が抱いていた闇に、足を踏み入れるきっかけが必要だっただけなのだろうか。
チョコレートを齧る。
どういう訳か、あの日から足繁くチョコレートを持って来るリーマス・ルーピン。
おかげでニキビもこしらえたけれど、
(このままセブルスが堕ちて行くとして、わたしはきっと止められない)
(でもそれでいいのかな)
(セブルスの気持ちを知っているのは、ずっとセブルスを見ていたわたしなのに)
齧りながら、鼻をすする。
「ほんと、イヤになっちゃう」
甘ったるい口に苦い気持ちが込み上げて来て、もう一つチョコレートを放り込んだ。
「こんな時浮かぶのが、背中ばっかりなんだもの」
(リリーを見ている後ろ姿ばかりなんだもの)
だって好きだった。
ずっとずっと大好きだった。
(でも好きな人じゃダメなんだ。関わるなって言われちゃう)
(これから先どこかへ行ってしまうセブルスに、関わるなって言われちゃう)
(だったら――)
バクバクバクッとチョコレートで口をいっぱいにして、教科書と羊皮紙を掴んだ。部屋を出ると、目もくれずに談話室を突っ切る。
(この時間なら、図書館に居るはず)
居た。
とりまきに囲まれているスネイプと、面白くなさそうな顔でそれを眺めているジェームズ・ポッター一団。その隣で、本を読んでいるリリー。
口の中がまた苦くなったけれど、ぎゅぅっと押し込めて、
「セ、セブルス! こんばんわ!」
努めて明るい声を出した。
ちらりと、スネイプの暗い瞳がを映す。それだけで耳朶が燃えるような衝撃だったけれど、ふいと通り過ぎて行った視線にしょぼくれる間はいらない。リリーとジェームズ一団まで足早に駆けて行く。
「リリー!」
「!? ようやく会えた…! 貴方ここ最近酷い顔だけれど一体――」
「リリー、勉強を教えて欲しいの! でもその前に」
息を吸い込む。
「る、ルーピン!」
ずいと手を出すと、鳶色の瞳は虚を突かれたように瞬いた。
「チョコレートちょうだい!」
「…」
受け取ったチョコレートを大口に放り込む。
噛んで、飲んで、誤魔化して。
ありがとうと言うと、彼はすごく驚いた顔をしたあと、すこし朱色に染まった。
「勉強ならスニベリーに習えばいいだろ」
「…シリウス」
ジェームズ・ポッターが脇を突く。言われる事を想定していたはうん、と頷いた。
「それじゃあダメなの。わたし、セブルスと友達になりたいから」
「…は?」
「対等になるの。だからセブルスの後を追いかけないで、勉強が出来るようになりたいの。この際なりふり構ってられないから、成績優秀者の貴方にも頼む事にするわ。シリウス・ブラック」
「……俺たちに関わると、階段から落とされる位じゃ済まないんじゃねーの」
どうしてその事を知っているのか。
を落とした少女へとシリウスが噛みつきそうな目を向けて、
リーマスが現れたのは偶然ではなかったのだと納得するに、リリーが詰め寄る。
「階段から落とされた!?」
「大丈夫よ、リリー。わたし特訓するから」
「特訓?」
「誰より早く杖を振る特訓。階段から落とされたって何されたって、華麗に杖を振ってみせるわ」
するとシリウスは目を丸くして、唇を押えた。そのままゆっくりとそっぽを向く。
「なによ」
「いや、思ってたより面白いなと思って」
「言っておくけれどね、目の腫れが引いたらちょっとはマシになるのよ」
「だといいけどな」
息つくように笑って、シリウスは椅子を指差した。
「んで? 俺達に頼んでまでスニベリーと友達になって、何すんだ」
「友達じゃないと出来ない事」
4、きみの心に触れさせて
(チョコレート、もっともっと用意しておこう)
*
今日も今日とて無視された。
スネイプと友達になろう計画は、一年経っても成果が見えない。
が嘆息すると、リーマスは教科書から顔を持ち上げた。
「どうかした?」
「世の中分からない事ばかりだと思ったのよ。あれでまさか、リリーとジェームズが付き合ってなかったなんて」
ジェームズとシリウス、それに巻き添えを食ったペティグリュー。
彼らがリリーに絞られている図を見守っている生徒たちが、噂の出所『ジェームズとリリーを応援する会』らしい。
「スネイプには教えた?」
「うん。あの様子じゃ知ってたんじゃないかな」
「そうか。……でも、あの二人は分かりやすいと思うよ」
鳶色の瞳はげっそり窪んでいる。
どういう訳だか定期的に体調を崩すリーマスは、緩く差し込む光を浴びて一層不健康に見えた。
「ジェームズが噂の火消を必要以上にしないのは、リリーの気を引きたいからだろうし。スネイプがああいう連中とつるむようになったのも、きっとリリーの気を引きたいからだろうし」
「面倒くさいのね、男の子って」
「うん。多分めんどくさい」
そう言って、リーマスが笑う。
横眼で眺めていると、視線が絡んで途端にムズ痒くなったは目を逸らした。
「リリーも変わったわ。前だったらそんな噂、絶対に目くじら立てていたもの。いまは――取り合わなくてもいいと思うくらいには気を許しているのね。だからわたし、一日一個、セブルスの良い所をリリーに伝えるようにしているの」
「…」
「……なによ、その顔」
「君も十分めんどくさいんじゃないかなあって思って」
「どうぞ何とでも。わたしはセブルスの味方でいるって決めてるもの」
「頼りにされなくても?」
「頼りにされなくても、よ! 貴方って本当、見た目によらずに口が悪いのね。さすがはポッター一味」
嫌味に皮肉を塗って返してやったというのに。
痩せた頬をほころばせて、リーマスは微笑んだ。
「うん、ぼくは幸せなんだ。だからほんとうに……ほんとうにこれ以上、望むべきじゃない」
畳み掛けてやるつもりの口が半開きのまま。仕方なくなっては閉じた。
まるで幸せになる権利がないような口ぶりで、線を引くくせに、毎日毎日飽きる事なくチョコレートと甘い気持ちをくれるひと。
食べても食べても減らないチョコレートを上から撫ぜて、は瞼を伏せた。
(好きだと言われる事はなさそうだし)
(わたしも、惹かれているとは言い辛いのよね)
誰からも話しかけられないのをいいことに、遠慮なくカボチャパイをよそいながら考える。
(まあ実際、セブルスに対する恋心が冷めたのかというと…そう言う訳でもないし)
彼氏と彼女なんて、憧れちゃったりもするのだが。
大きな窓から覗く満月。
(今日は月も明るいし、部屋で勉強しようかな)
なんて考えながら大広間を出たは、思わぬ人物が目に飛び込んで来て驚いた。
「こんばんわ」がいいのか、「おやすみ」がいいのか。
一生懸命考える腕を、無遠慮に掴まれる。
「ひぇっ」
「来い」
「来いってどこに!?」
されるがままに引っ張られながら、思い切って覗き込んでみた。いつになく血色のいいスネイプに目を疑う。
「どうしたの、セブルス」
「ぼくは今夜、あいつらを退学にしてやる。おまえは――」
暗い、どこまでも底が見えない瞳にが揺れた。
「リーマス・ルーピンは止めておけ」
「なっ」
開いた口が塞がらない。
何で今更、とか、どうしてそんな事、とかたくさん過ったけれど、危ないことに首を突っ込もうとしているスネイプをとにかく止めなくてはと、足を踏ん張る。
「ヤツはマダム・ポンフリーに連れられて、暴れ柳へ向かった」
「だからって!」
「何かあるんだ、アイツには。尻尾を掴んでやる」
「暴れ柳に向かったってどうするのよ。叩いてもらって、頭でも冷やそうっての」
「木の幹のコブを長い棒で突く。そしたら暴れ柳は止まる」
「なんでそんなこと」
「シリウス・ブラックに聞いた。試してみたら、確かに暴れ柳は止まった」
「正気!?」
声が裏返った。
「シリウスが…シリウス・ブラックが貴方に教える事なんてロクな事じゃあないでしょう!? 罠に決まってるじゃない!」
「だろうな。だから裏をかいてやるんだ。自信満々な鼻っ柱をへし折ってやる」
(そんなに、そんなに憎いの?)
あの二人だってそうだ。スネイプが絡まなければ気の良い友人なのに。
「気が引けるか? あいつ等と随分仲が良い様じゃないか」
見透かしたような猫なで声で訊かれて、カッと頭に血が昇ったは腕を振りほどいた。
「そうよ、友人よ! 友人ですとも!
でもね、わたしは貴方の友人でもあるわ、セブルス。わたしは貴方がどこへ行こうと見届ける友人になの。そこの所を、今後、絶対、一生、一切忘れないで!」
まるまると目を開くスネイプの腕を、逆に取ってやる。
けれど実際暴れ柳につくと、夜闇に幹を伸ばす姿がいやに不気味で腰が引けた。
すかさずコブに石をぶつけるスネイプ。本当に動きを止めた柳の根元にどこかへ続いていそうな暗い穴を見つけて、顔を見合わせた。
「まさか、ここ?」
「だろうな」
ためらわず潜っていくスネイプ。覚悟を決めてあとを追うと、這いつくばったまま、ずいぶん長い距離を進んだように思った。
「ここ、もしかして…叫びの屋敷?」
「こんな所に繋がっていたのか」
上で誰かが歩いている音がする。
杖を取り出したスネイプが階段を上りはじめて、も杖を握った。
至る所が壊れているのを、杖の灯りが映し出す。
並ぶ部屋のなかで、ただひとつ開いているドア。中を覗き込んだスネイプは突然血相を変えてを突き飛ばした。
「逃げろ!」
「セブルス!?」
「早く行け! ヤツは――っ!」
轟と何かが叫んだ。
すると突然現れた人影が、スネイプもろとも廊下に転がって行く。
驚くよりも早く魔法でスネイプを気絶させた影は叫んだ。
「シリウス! が居る!」
ジェームズの声だ。
次いで部屋から飛び出して来たのは黒い犬。その奥に一瞬だけ見えた――狼の姿に、の心臓は冷たくなった。
「シリウス、を頼んだ!」
任せろ、と犬が喋った。
半ば強引に引き摺られながら、は震える指先で唇を覆う。
「リーマスは、人狼なのね?」
(だから)
「あんなに怯えているのね?」
犬は答えない。
どこかの部屋に押し込められて、ようやく「スニベリーめ」と悪態をついた。
のこのこついて来るなんてと、責められたような気もする。
やがて緩く朝日が射し込んで、もう大丈夫だと、いつもの姿に戻ったシリウスに、はすがるよう手を伸ばした。
「リーマスに会いたい」
「…怖くないのか?」
「わか、らないけど。会わせて、お願い」
連れられた先、リーマスはペティグリューに見守られるようにして伏せっていた。酷く具合が悪そうなのに、を見るなり、ごめんと言う。
「怖い思いをさせたんだね」
「………貴方は優しすぎるわ、リーマス。自分でいっぱいいっぱいなのに、毎日チョコレートを持って来て」
「…」
「何も言わないのも、貴方が優しいからでしょう?」
とてつもなく腹が立って、酷く悲しかった。
スネイプの向ける気持ちとは明らかに違うそれが何なのか分からないまま。ポケットからチョコレートが、次から次へと出て来る。
「言いたくないなら、何も言わなくていいわ。リーマス」
両手いっぱいになったチョコレート。
見ながらリーマスが、瞬いた。
「わたしのお墨付きなの。元気になるわよ」
言うと、鳶色の瞳がいまにも泣きそうに潤む。ぎゅうっと瞑ったリーマスは両手で顔を覆った。
「君も優しい」
「え?」
「ずっと見ていたんだ。君があまりに優しい顔でスネイプを見るから。あまりに諦めた目で、スネイプを見てるから」
腕を引かれて、チョコレートが散らばる。
5、狼まであと何秒?
濡れた唇が、重なった。
*+*+*+*+*
すごく好きな話が書けて、幸せでした。
この話しを考えた時に、どうしてもどうしても幸せな未来は浮かばないのだけれど、この瞬間の幸せを切り取って。
おつきあいいただき、ありがとうございました。
お題はこちらからお借り致しました。
確かに恋だった 様より、無防備なきみに恋をする5題
1.誰にでもスキだらけ
2.眠るきみに秘密の愛を
3.無意識のゼロセンチ
4.きみの心に触れさせて
5.狼まであと何秒?