ドリーム小説

「だからさ、ちゃんはちょっと控え目過ぎるんじゃない」
「そうですかねぇ」

山賊討伐についての報告をし、その足で妻、の寝室へと向かった幸村は中から聞こえて来た会話に動きを止めた。
「俺はもっとワガママって言うの? 言ってみるのもいいと思うけど」
帰りが遅くなろうと待っているのはいつものこと。佐助が話相手になっているのもいつものこと。

盗み聞きは良くないと分かっているものの、つい耳を傾けてしまう。
「我がまま、ですか」
「そうそう。男の立場からしてみれば奥さんに甘えられたり、我がまま言われたりしたいもんよ」
「そう言うものですか」
「そーいうもの」
「へぇ」
「たまに甘えてみるってのは? ホラ、今日は旦那様の好きにしてください、とか」
「まさかの床の話しですか」

妙に甘ったるい声をあげる佐助に、が冷静なツッコミを入れている。
対して幸村はボンと破裂したように頬を朱に染めると、佐助の言葉に釣られて浮かんだピンク色の思考を強制的に遮断した。
(な、なななな、なんと破廉恥なッ!)

「今、何か聞こえませんでした?」
「気のせいじゃない?」
「そうですかね」

黙って聞いておけと言うことなのか。
「まあ冗談は置いておいてさ」
後ろ目たさと天秤にかけていると、佐助の真摯な声音に引き戻された。

「マジな話、旦那ももっとわがまま言って欲しいんじゃない? ちゃんは聞き分けが良すぎるって言うか、欲がないっていうか」
「欲ぐらいありますよ」
声をあげてが笑うに幸村ははたと瞬く。
彼女の笑い声を聞いたのはいつぶりだろう。

娶ってからというもの、どこか困ったような顔ばかり見ている気がする。

(佐助には笑うのか)

「言いたくても、言えないと言うか」
ぽつりと落とされた声に滲んでいる寂しさに、幸村は俯いていた顔を持ち上げた。
「……お館様の為に槍を振るうことこそが幸せだと、よく分かっているんです」
「まあね。でもちゃんが殺生は苦手だって言うからホラ、旦那なりに気をつけてるみたいだよ」
「それを後悔してるんです」
「………旦那に限ってそんな凡ミスをするとも思わないけれどさ。まあ確かに、みねうちするより殺す気で獲物を取った方が安全は安全だもんね」
「わたし、大切な人が戦場に行く恐怖なんて分かってなかった。覚悟を決めている背中を見る辛さなんて何もわかってなかった。私の見えない所で死ぬ日が来る方があの人にとって幸せだろう、分かってはいるけれど…けれど時々。…ときどき、お館様が羨ましくなる…」

消え入りそうな声は微かに笑った。

「それでもどんなに夜更けになっても…ためらいがちに部屋を訪ねて来てくれる嬉しさは言葉にならないんです。
だからわたしが一番になれなくても、
一生懸命に鍛錬する姿も、
御茶請けに団子が出された時の嬉しそうな顔も、
……口下手なのにすごく直球で…そのあとりんごみたいに真っ赤になる姿も。出来るだけ長く見ていたいんです。だからわたしは……例え誰かを傷つけても、全力で帰って来て下さいと言うべきだった」
「俺は給料が大事。でもやっぱ旦那つきの忍びだからね、一番っつーと旦那になっちまう訳だけれど。旦那が大将の為に捨て身なもんだから、大将が優先になることもある。そんで、友達ならちゃん」
「わたし?」
「釣れない事言わないでよ、茶飲み友達デショ」
「……ありがと」
「一番なんていっぱいあるもんなんだからさ、ちゃんがわざわざ…どれが一番かなんて決める必要ないんじゃない。な、旦那」
「へ!?」

そろりと障子を開くと、豆鉄砲を食らったような顔をしていると目があった。
まんまるとした目で口を開いている彼女は、サッと羞恥に頬を染めると幸村と佐助を交互に見る。
「さ、佐助さん!」
「まぁ旦那もちゃんも恋愛初心者同士が結婚したようなもんだからさ、初々しくてほほえましい所もあるけど、たまぁに口出したくなるようなもどかしさも感じる訳よ」
「だからって…!」
「さ、俺の仕事は終わりっと。おやすみ〜」
ひらひら手を振って出て行く佐助の背中を恨めしそうに見ている
幸村が咳払いをひとつすると正座のまま跳び上がって、うつむいた。怒っているような、泣きそうになっているような、分からない顔を前に言葉を探す。

「……某は…その、

一生懸命に鍛錬する姿も、
某が鍛錬しているのを見ている姿も、

御茶請けに団子が出された時の嬉しそうな顔も、
御茶請けに必ず団子を出して下さる気遣いも、

……口下手なのに、すごく直球で…そのあとりんごみたいに真っ赤になる姿も。
負けず劣らず真っ赤になるその頬も

振り向きざまの笑顔も、某より柔らかい髪も身体もだ、大好きでござるっ」
「うぇ!?」
声をひっくり返したが後ろにすっころびそうになったので支えると、真っ赤な顔がつきあわさってしまった。飛び跳ねた心臓がひとつになって鳴り響く。
殿」
触れそうな唇。
切なく名前を呼ばれたが突然勢いよく身を起こしたので、反射的に仰け反った幸村は後ろに転がった。
「幸村さん、すごく我がままな事を言ってもいいですか?」
「う、うむ」
立ち上がったが棚を漁り出す。
その合間に何事もなかったかのような顔をして起き上がると、握ったものを差し出された。
「これを」
「六文銭、でござるか?」
「わたしの、三途の川の渡し賃…幸村さんが持っていてくれませんか?」
の分を、某が…」
こくりと頷くと、瞼が震えている。
「もしわたしが先に死んだなら、川のほとりで幸村さんが来るのを待っています。幸村さんが先に死んだ時は、もし迷惑じゃなければわたしが来るのを待っていて欲しいんです。一緒に死んで欲しいんです」
「迷惑な訳がない」
彼女の瞳が嬉しそうに弧を描いた。
その笑顔は心がほぐれるようで、幸村は首から六文銭をおろすと、彼女の分の通して首にかける。

「この幸村、しかと受け取ったでござる」
「…ありがとうございます」
「もう夜も遅い。ゆっくりと身体を休めてくだされ」
「幸村さんこそ」

おやすみなさい、の声を背に障子を閉める。
首にかかった十二文を握り締めて、幸村は瞳を伏せた。
「そうかこれが」

以前より倍に増えた重みがずっしりと首にかかる。


だからわたしは……例え誰かを傷つけても、全力で帰って来て下さいと言うべきだった

「…いのちの重み、であったな」



(再)