ドリーム小説
「ちょいとちゃん」
馴染みにしているだんご屋さんの女将に声を掛けられたのは夕刻前の事。
買い出し次いでにおやつのみたらし団子を頬張るに、女将は内緒話をするように身を寄せて来た。
「あんまりお客さんに聞く事じゃあないんだけれどさ。ちゃんはその…良い人はいたりするのかい?」
「いま、せんけど?」
「そうかい! いやね、うちに来るお客さんでちゃんを気に入っている人がいてさ。よければ一回食事でもどうかな、なんてね」
まるで年頃のように頬を染める女将に、ひよりは「はあ」と生返事を返した。
「もし一度食事して気に入らなかったら全然断ってくれて構わないから」
「いやあの、気に入るもなにも、あまりそう言う気がないと言うか…」
渋茶を呑んで誤魔化す。
攘夷志士だった過去を別段後ろ暗く思っている訳でもないのだが、言えない過去を持ちながら所帯に入るのは何だが気疲れしそうな気がする。
押し黙っているを押せばいけると思ったのか、女将は一際明るい声をあげた。
「とにもかくにも一度会ってからじゃないと、こういう話はね。おばちゃんの顔を立てると思って食事して頂戴!」
そこまで言われて無下に断る理由がある訳でもなく、は結局、押し切られる形で頷いてしまう。
まあこんなごまんと転がっている面構えをした女に一目ぼれとは、どんな酔狂な相手だろうかと興味もあった。
かくして約束の日。
珍しく白粉などはたいてしまったのは、それとはなしに浮かれているのか。
下駄を履いて歩いていると、屯所の中はやたらめったらと辛気臭かった。誰も彼も揃って喪中のような面構えをしている。
横眼で見ながら通り過ぎていると、そんな空気もわれ関せずと縁側で寝ていた沖田がひょいとアイマスクを押し上げた。
「なんでェ、誰かと思いやしたぜ」
「お決まりの台詞をありがとうございます。――それより、何かあったんですか?」
「近藤さんがゴリラ星のゴリラ姫と見合いだそうでェ」
「ゴリラ星の? ゴリラ姫?」
さっぱり意味が分からない。
けれど不思議と何でも起こるのがこのかぶき町でもある訳で。
が「へぇ」と相槌ひとつ返すと、沖田はの頭のてっぺんからつま先までをジロリと見た。
「そう言うアンタも、七五三みたいな恰好してどこに行くんでェ」
「わたしですか?」
「居酒屋って恰好じゃねぇでしょう」
「…なんか、妙に突っかかって来ません? 別にどこでもいいじゃないですか」
「なんでぃ。せっかく後からでも合流しようと思ったってぇのに。近藤さんの結婚前祝じゃねぇんですかィ」
つまらなそうに口先を尖らせる。
違いますよ、と言っては少し笑った。
近藤も見合い。
この空気で「実はわたしもお見合いなんです」なんて言得る程の心臓は強くない。
は少し考えた後、当たり障りのないよう、頭を下げた。
「今日はお団子の気分なんです。失礼します」
近藤の見合い話を耳に入れ、昔馴染みである銀髪天パの家であるよろず屋を横眼に見ながら歩いたのがつい先ほど。
見合い相手の男性と挨拶もほどほどに、庭先へ足を踏み入れたは、
「え?」
「あれ? ちゃん?」
池の中から伸びる、毛むくじゃらの足がまず目に入った。
脇に立っているのは葬式のように身暗れたのであろう、近藤勲。
「ちゃん。どうしたアルか、そんなオサレな恰好で」
銀時が面倒見ている少女が立っている。
その横で今にも泡吹くような顔でこちらを見ていた銀時は、大股で歩いて来ると、の両肩を掴んだ。
「お、おおおおおおい、」
「何?」
「おま、おい。こんな所で…な、ななな何してんだよ」
「何って、ご飯食べに来たんだけれど」
「飯って、そのカッコ…! 横に居るのは男に見えるんですけどォオオオ!?」
「…まあ、男の人に見えないのなら眼下へ行った方がいいわよ、銀時。糖尿病が進行してるかも」
「ま、ままま、まさ、まさかデ…ッ! デートとか言うんじゃねぇだろうな」
「デートじゃないわよ。お見合い」
「お。おみあ…ィ」
吐血した。
だくだくと銀時の服が血に染まるのを見ていると、肩を揺さぶられる。
「おい、おま…っ!? それ、沖田クンは知ってンだろーな!?」
「何で沖田さんが出て来るのよ。言う必要ないじゃない」
「アイッツ! 近くに居る癖に虫よけにも――っ」
銀時の後ろで池から伸びていた日本の足が突然引っ込んだ。
まるまる驚いて見ていると、池からゴリラが飛び出してくる。着物姿のゴリラを見て、は開いた口のまま呟いた。
「…近藤局長、本当にゴリラと見合いだったんですか?」
「ちょ、おま、こっちくんな!」
ゴリラに追いかけられて、神楽と近藤が一直線に駆けて来る。
は横に居る男を思い出して、庭の端へとそっと手を引いた。
「こっちに避けましょ」
「おま、手なんて握ってんじゃね…!」
言い終らないうちに走り出す。
煙を巻くような勢いで駆けて行く一団を見送って、は完全に置いてけぼりだった男性へと目を戻した。
「さ、ご飯食べましょうか」