ドリーム小説
馴染みのだんご屋の店先で、がメニューに目を落としていると、茶を持って来たおかみは「あらら」と驚いたような声を上げた。
「どうしたの、ちゃん。その手」
「ちょっと怪我しちゃって。炊事の役に立たないからって早々に、おばちゃん達から台所を追われちゃいました」
「あらまぁ。真選組の古株女中とはいえ、年の功には勝てなかったかい」
「ですねぇ。おかげでお昼からのんびりお団子が頂けます」
「珍しいものね、メニューなんて見るのは」
「今日はお持ち帰りもお願いしようと思って…。うぅん、これと、これと、これを一本づつ、帰りまでに包んで貰っていいですか?」
「あいよ」
「あとはいつものやつを、二つ」
「じゃあ、俺は五つで」
さらりと横入って来た声に顔を上げると、挨拶する気も無いらしい銀時が、我が物顔で隣に腰かける。
驚いた様子のおかみが下がって行くと、は湯呑みに手をかけた。
「やめてよ隣に座るの。揃って片手が包帯なんて、まるで厨二丸出しじゃない」
「奴が来る…ってでも言やいいのか」
「奴が来た後に言っても、とんだ間抜けよ」
「それもそうだな」
かったるそうに宙を仰いだ銀時は、おかみに差し出されたお茶に口をつけると、早速団子の一本に手を伸ばす。むしゃりとかぶりついて、噛むのもほどほどに飲み込んだ。
「一発でも殴ってやりゃぁ良かったんだよ」
「殴って治るなら、アンタら三人とっくに改心して、世のため人の為工場ででも働いてるわよ」
「言えてりゃ」
は、と銀時が鼻で笑う。
横眼で見たは、込み上げて来た苦い物を茶で濁すと、唇を結んだ。
ややあって、尋ねる。
「いつから知ってたの」
「何が」
「お世話になってた料亭、高杉に燃やされた事。その様子じゃ、知ってたんでしょ」
「……時々、オメーの馬鹿面見ねーと気が済まなくてな。ちょいちょい足運んでたんだよ。喰う金は無かったけどな」
「わたしはアンタの馬鹿面見なくて清々してたけれど、まさか覗き見されてたとはね。近藤さんの事、ストーカーとは言えないんじゃないの」
「バカヤロー、俺はまだ、一線は越えて無い」
「時事ネタですか。越える線が見えてる時点でアウトだっつーの」
心底呆れた瞳に、真顔の銀時が映る。瞳を伏せたは、息を吐いた。
「ねぇ、銀時」
「何だよ」
「恨んでないの、わたしの事」
訊くと、銀時は頬杖をついた。欠伸ひとつして、だんごを頬張る。
「恨むって? なんで銀さんが、お前を恨まなきゃなんないんですかー」
「一番辛かったアンタを置いて、逃げ出したから」
が言うと、銀時はついと流れるようにを見た。だんごの串で差すと、大げさに肩を竦めてみせる。
「ンなしょーもねぇ事ばっかり考えてっから、高杉なんかに付け込まれるんだよ。
オメーが逃げたのは、ようはアレだろ。俺の顔見て、松陽思い出すのが耐え切れなかったからだ。
そこに俺はいようがいめーが、結論としちゃ関係ねーくせに、逃げ出さずにはいられなかった訳だ。
バファリンに入れりゃ。九割松陽で出来てるお前に、優しさなんざ、端から期待しちゃいねーよ。
どーせ、戦いおわりゃ空っぽだなんだって怖くなって逃げ出したんだろ。当たり前じゃねぇか、オメーの九割は松陽なんだからよ。それでいいんだよ、お前は」
気だるく口を動かしているが、もはや四本なくなっている。
軽く追加で五本頼んだ銀時は、最後の一本をくわえた。
「」
緩く名前を呼ばれて首を巡らせれば、呆と軒先を見ている銀時が、継いで口を開く。
「恨んでるか、俺を」
「……何で」
「お前をあの時、置いてった事」
「…」
「……」
「………恨んでてほしいの?」
訊ね返されて、銀時は少し笑った。
「恨まれてた方が楽かも知れねェなとは、何度か思ったかな」
「そうだねぇ、恨んだ方が楽だろうなとは、何度か思ったような気がする」
顔を見合わせる。
丁度追加のだんごが届いて、二本を平らげたは、横から手を伸ばすと、追加の内の二本を奪った。
「俺のだんごに何しやがんだ、テメー!!」
「金出す気もない奴が、どの面下げて言ってンのよ」
構わず齧って、は口端を僅かに持ち上げる。
「銀時のその、不器用極まりない優しさが分からない程、曇っちゃいないつもりだよ」
「そう言う、なんっつーの? 分からなくていい事分かるから、オメーはいらねーもんばっかり背負うんだよ」
「しょうがないでしょ。背負った所で、気付いたら横で一緒に持ってる馬鹿な男がずっと隣に居たんだもの」
「まぁそりゃ、しょうがないですよねー」
心の籠っていない単調な銀時の声。は少し笑って、立ち上がった。
「お会計お願いします。あ、あと持ち帰りの分も下さい」
「もう勘定かよー、あと三十本は食えたのに」
「だからよ」
勘定を済ませて、持ち帰りを貰う。
まだ団子を食べている銀時に首を巡らせたは、目を細めた。
「チャイナ娘」
「はぁ?」
「男は皆ロリコンって奴の続きよ。覚えてる? あのあとわたしが言った事」
「…」
「どうせアンタだって、ロリでチャイナな娘でも傍に置くのよ、きっと。さぞやお似合いでしょーね。ま、松陽先生とわたしの足元にも及ばないでしょーがねぇ。
って、あの時言ったのよね」
「……え? 何? お前がエスパーかなんかって話?」
思い出したらしい銀時が、玉のような汗を流していく。
どうやら肝を抜かれたらしい男の姿に、は得意気に胸を張った。
「似合ってたわよ。二人の保護者。そうね、手が足りない時は、声かけてくれたら昔の好で貸してあげる」
「貸してあげるって、」
「子どもの頃と同じって訳にはいかないでしょ。お互い歳も取った事だし、銀時には銀時の居場所があって、わたしにはわたしの居場所があるんだもの」
「いば…!? 聞き捨てならねぇ台詞だなぁ、オイ! お前の居場所があのチンピラ警察二十四時みたいな連中の所って話なら、銀さん納得いかねぇんですけど!?」
「まァ、そうね。七割八割は居場所よね。なんて言ったって、ブラックだしあそこ。ホンット、ストレスが酒の肴みたいな所があるからね」
ううん、とは首を捻ると、銀時を指差す。
「だから、さんの二割は貸してやろうって言ってんじゃないの。ありがたく思いなさい」
「…」
虚を突かれたような顔をする銀時に、は噴き出すようにして笑った。
カラリと軽快に笑うと、銀時に手を振る。
「色々ありがと、銀時! またね!」
◇
軽い足取りで屯所の門をくぐると、丁度見回りから戻って来たらしい沖田と一緒になった。
「あ、おかえりなさい沖田さん」
言うと、沖田は顔色一つ変えない。
柄にもない事を云ったから、嫌味やからかいの一つでも来るかなと思っていたは、肩透かしを食らったような顔で団子を突き出した。
「なんでィ、これ」
「だんごです。ここのだんご、美味しいですよ。お礼です」
「礼」
宙を仰いだ沖田は、苦虫を噛んだような顔をする。
「あァ、今日、洗濯の制服が一式多かった件ですかィ」
「そうです、それです」
二度三度と頷いて、は沖田に半ば押し付けるようにして団子を渡した。
返すだけでお礼もしないのはどうかな、と思って団子を土産に買ってみたのだが、
良く考えれば、あの時割と本気だった沖田。格子に入れられていたら、だんご所の話ではなかった気がする。
背筋が寒くなったは早い所この場を立ち去ろうと踵を返したが、不意に沖田に呼び止められた。
振り返ると、沖田はの手袋を見、反対側の包帯へと視線を向ける。
「手が治るまでの融通は、きいたんですかィ?」
「あ、はい。しばらくは安静に出来そうです」
「そりゃ良かった。アンタの血が入った飯なんざ、喰いたくありませんぜ」
「ご心配なく」
言って、は再び歩き出す。
するとその背を、ため息が追いかけた。
「と、言う事は、今夜辺りあの店ですかィ」
「…」
くるりとは首を巡らせる。
「沖田さんは?」
「早番でさァ、夜回り無し」
「…」
「……」
視線が交差する事数秒。
は言いようのない恥ずかしさに押されて顔を背けると、袖で口元を隠した。
なんだか近藤に迎え入れられてからと言うもの、沖田への恐怖心と言うか、警戒心が大分薄れたように思える。
たっぷりと時間をかけたあと、はもごもごと口を動かした。
「じゃぁ、あとで」
そのままそそくさと駆けて行く。
その背を見送りながら、沖田は誰にという訳でもなく、グッと親指を突き出した。
「さすが近藤さん、期待以上の働きでさァ。超使えるゥ」
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「ちょっとぉぉおおお! またなんか違う方向に爽やかに突き進んで行ってンですけど、あの猪娘ェェエエェエエ! ホント馬鹿ァァア!」