ドリーム小説
「…」
「あ、おはようございます、沖田さん」
調理場の扉を開くなり、を睨むように見遣った沖田に挨拶すると、機嫌の悪そうな沖田は開口一番に言い放った。
「俺の制服が一式足りねェんでさァ」
「制服、ですか?」
瞬いたは、首を傾げる。
「洗濯に出されていた分は、全部まとめてお部屋の前に置きましたけれど」
言うと、疑うように細くなる沖田の目。
幾分か低くなった声が訊ねて来る。
「…アンタ、またロクでもねェ事考えてンじゃないですかィ」
「ロクでも無い事、とは何ですか」
空とぼけて尋ね返すと、沖田は寝癖のついた後ろ頭を掻きむしった。ああ、もう、と悪態をつくなり、ズカズカと調理場へ入って来る。
「刀はどうするつもりでィ」
「刀ですか?」
「今日日、侍の国なんて呼ばれてたのは昔の話でさァ。刀を下げてちゃ、廃刀令でしょっ引かれる。真選組で女中なんかしてる女にゃ、聞きなれた話しだと思いますがねェ」
「そうですねェ」
のんびり相槌を打って、は朝食用に作った酢の物を箸でつまむと、総悟の口まで持ち上げた。
「味見、します?」
「…」
総悟の目が僅かに開く。
電光に晒されているのは、女にしては不格好でいびつな両手。
手首に残る火傷の跡まで見た沖田は、黙ったまま口を開いた。はその中に酢の物を放り込む。
「すっぺ」
「好き嫌いするから、いつまでも小さいままなんですよ」
「喧嘩売ってンですかィ」
「売ってないです」
そう言って、は背を向けると、朝食の準備に戻った。
「当の昔に、刀は預けちゃったんです。預けたと言っても名ばかりで、今回に至っては、逃げ出すのを優先して刀は置いて行くつもりでした」
「…」
「苦しいから、つい忘れた振りして逃げちゃいますけれど、わたし知ってるんです。
刀なんて持たなくても、男じゃなくても、
女にだって、踏ん張る下っ腹に折れない柱一本持ってたら侍なんです。だって刀を取られたって、戦う事を止めたって、ここは侍の国。
その血を引くわたしたちは、どんなに腑抜けになったって、侍である事さえ忘れなければ、侍で居られる国なんですよ、ここは」
「…そんなの、屁理屈でさァ」
侍になりたくて江戸に来た男を、侍であろうとした女は、流れるように横眼で見た。
「そうですね。屁理屈です。それだけじゃ、大切なものは護れない。
…護れるのかも知れないですけれど、わたしにはまだ、到底無理な話みたいです。
そうであれたらと、思い続けては来たのですが…
だからわたしは、やっぱりわたしに出来る方法で、侍であり続けます」
「廃刀令でしょっ引くのが俺達の仕事って、分かった上での言葉ですかィ」
は沖田の目を真っ直ぐと見据えると、いつもの沖田を真似て、得意気な笑みを描いた。
「捕まえられたらの話でさァ」
「…」
「……え、無言ですか」
「………ぜんっぜん似てませんぜ」
「そうですかィ。文字にしたら、結構イケると思いますぜィ」
引っ掻けるように持ち上げた頬を、沖田が抓る。
痛いです、沖田さんと言うの抗議もむなしく、存分に抓り上げた沖田は、ようやく手を離した。
赤くなった頬をは摩る。
踵を返した沖田が調理場の扉に手をかけたので、は慌てて言葉を繋げた。
「あ、沖田さん!」
「なんでィ」
「昨日は、その、ありがとうございました」
ついと沖田の視線がを向く。
そのまま何を言う訳でもなく閉まった扉。
扉を呆と眺めながら、昨夜に想いを馳せたはうわごとのように落とした。
「ただいま、か…。
そんな言葉言ったの…、ホント、十何年ぶりだったかも…」
◇
「かっ…カラクリだァァ!! カラクリの軍団が…!!」
煙幕をあげて突撃してきたカラクリに、隊士たちは慄き、祭りの見物客は逃げ惑う。
近藤が刀を鞘から抜き、斬りかかったカラクリの腕。
金の音がして、あっさりと競り負けた近藤の刀はいともたやすく折れた。
「ウソォォ、名刀虎鉄ちゃんが!! トシ、これ、虎鉄ちゃんが…ウソォォ!」
「うるせーな、言ってる場合かよ!」
「だってお前コレ、まだローンが、ウソォォォ!」
「チッ、斬っても斬ってもわいて出やがる。キリがねーぜ」
爆音と悲鳴と喧騒の中、隊士の声が嫌に大きく響く。
「な…! だ、誰だお前は!? ひ、土方さん…!」
「なんだ! この上、攘夷浪士ってんじゃねーだろうな!」
「ち、違います。見たこともない隊士が、カラクリを、次々と…!」
「あぁん!?」
隊士が指差す方を見ると、一線で斬り落とされたカラクリの図体が、音を立てて地面に落ちた。
近藤の刀ですら折れたカラクリを、容易く斬る刀の持ち主。
刀が斬れるだけでは、カラクリは落とせない。相応の腕の持ち主となると、一斉に頭を過った隊士たちだったが、沖田以外に思い当たる節も無かった。
着地した隊士は、背後に迫るカラクリの腕を後ろ背に切り落とすと、二本の脚を打った斬る。そのまま、光る目に刀を突き刺し立ち上がった。
砂埃と煙幕に紛れて、背格好も分からない隊士。
「誰だ、アイツは」
「さぁ…」
土方の問いに、近藤が目を凝らす。
「…女、に見えなくもないが」
「何言ってんだ近藤さん、女が隊士の服着てる訳ねーだろ。ましてや、ありゃ相当の手練れだぜ」
「じゃぁ一体――」
どこのどいつだ、と言おうとした近藤の脇を、カラクリが弾丸のように駆け抜けた。そのまま爆発する。
驚く二人の目に映ったのは、鬼の形相をした神楽と沖田で、ゆらりと刀を構えた沖田は地を蹴った。
「祭りを邪魔する悪い子は」
「だーれーだー」
「あっ…あれは妖怪祭り囃子! 祭りを妨害する暴走族などをこらしめると言う古の妖怪だ」
「いや、違うと思う」
沖田は一直線にカラクリと隊士たちの乱戦へと突っ込んで行く。
そのままカラクリを切り捨てると、事もあろうことか、今回一番戦績をあげている隊士へと斬りかかった。
「ちょ、おい、総悟ォォ!?」
「何してんだ、あの馬鹿!」
総悟の刀を、隊士が受け止める。
そのまませめぎ合う事数秒。
「な――!」
「総悟…!?」
沖田の刀は、鮮やかに受け流された。
軸がずれた沖田の腹を隊士が蹴飛ばそうとするも、寸での所で沖田の腕に防がれる。
驚く近藤と土方の前で、隊士はそれでも構わず力任せに沖田を蹴り飛ばすと、傍から襲い来るカラクリの頭を切り捨てた。
そのまま駆けだす。
進行方向に居るカラクリの頭だけを落としながら、アッと言う間に煙幕の中へと姿を消してしまう。
ようやく時間を取り戻した近藤は、寝そべる沖田の元へと走った。
起き上がった沖田は、チ、と舌打ちすると、目を光らせる。
「軽くいなしやがった」
「総悟。誰だったんだ、今のは」
総悟は近藤を横眼で見た。
黙りこくった総悟は子どもみたいにふくれ面のまま。
「妖怪祭り囃子でさァ」
と言うと、まるで何事も無かったかのように、カラクリへと刀を向けた。
一方のは全力で駆けながら、早鐘のように脈打つ心臓を宥めている。
「そりゃ、捕まえてみろとは言ったけど、あんなに全力で来なくても…!」
斬られるかと思った。
咄嗟に昔の勘が働き、感覚に身体が付いて来たから流す事が出来たけれど、あのまませめぎ合っていたなら、確実に競り負けていた。
その先は考えるだけでゾッとする。
長年の積りに積もった運動不足は、ちょっとやそっとの稽古でどうなるとも思えない。
「こりゃちょっと稽古しないとマズイかなぁ」
逃げる人たちに紛れて走っていると、前方に見慣れた銀髪が見えた。
そして、その後ろに立って居る男を見た瞬間、は足を止める。
その影に気付いた銀時と高杉は、の姿を目に映すなり、対照的な反応を見せた。驚く銀時に、笑う高杉。
高杉はキツイ視線をに向けると、唇に三日月を描いた。
「こりゃまた、趣味の悪い服を着てんじゃねぇか。」
「高杉こそ、随分と趣味の悪い事してるみたいね」
視線だけを動かすと、高杉の刀を銀時が素手で掴んでいる。
流れる血が地面にぽつりと落ちるのを見て、は顔を歪めた。
「高杉」
「何だ」
「アンタがわたしの行く先々に現れて、大切になりそうなものを壊していく理由は、何となく想像がついてる」
高杉は答えない。
「確かにわたしは、この世界を呪ってる。先生が居ない世界なんて、わたしごと千切れて無くなってしまえばいいと思ってた。ううん、今でもそう」
は刀を抜くと、その刀身が鈍く光るのを、目を細めて眺めた。
「だけど壊す度胸は無いから、刀を捨てた。ようするにアンタはそれが気に喰わなかった訳でしょう」
グッと奥歯を食いしばったは、刀の刃を握る。
焼けるような痛みが走って、浮き上がった血が刀身を伝って落ちた。
「だけどわたし、もう逃げないから。仲間が痛いのからも、自分が痛いのからも、苦しいのからも、全部逃げないで立つって決めた。目ェ開いて、前を向くって決めたから…ッ!」
息を吸う。
高杉を指差したは、肺一杯にため込んだ空気を吐き出すように声を上げた。
「金輪際、アンタの迎えはいらない!」
言うなり、再び駆けてく。
その姿がだんだんと小さくなっていくのを見ながら、高杉は呟いた。
「逃げてんじゃねェか」
その一言に、高杉の刀を握ったまま、銀時は場に不釣り合いな程穏やかに笑う。
「アイツはかわらねぇよ。ずっと、壁にぶつかっちゃ派手に頭ぶつけて、それでも前に進もうと頑なで、松陽に振り向いてもらおうと必死だったガキのまんまだ」
「…」
「高杉よ。見くびってもらっちゃ困るぜ。テメェだけじゃない。……獣くらい、俺も、アイツだって飼ってらァ。あいつは猪」
銀時が振り返る。
握った刀が動かない事に気付いた高杉が動くより先に、銀時は拳を振り上げた。
「俺のは白い奴でな。え? 名前? 定春ってんだ」
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「腰振るのなんざ、俺に似て天才的だぜ」
「…訊いてねェよ」