ドリーム小説


「桂さァァアん! 怪しい女を連れて来ました! この女、真選組の女中です――ッ!!」
「何ぃぃいい!?」

弾けるように振り返った男は、を見るなりパチリと瞬く。
黒くて細く長い髪。攘夷浪士なんて危ない橋を未だに最前線で渡っているくせに、白くて艶やかな肌。
女顔負けの整った顔立ちで、眉間に皺を寄せた桂は、素っ頓狂な声を上げた。

ではないか」
「………久し振り、桂…」

両腕を縛られたまま、はげんなりを口を開く。
だと…?」
桂の奥から聞こえた低い声は、聞きたくなかったので聞こえない振りをした。

どうやら一番会いたくなかった人物は、桂の影にいるらしく、ひおりの位置からは隠れて見えない。
その変わりひょこっと顔を出したのは、銀時と一緒に連れて来られたチャイナガールで、
彼女はくりくりとした瞳を開くと、小首を傾げた。
「銀ちゃんの知り合いアルか?」

「知り合いも何も、彼女も同士だ。とは言え、今、真選組の女中だとか言う言葉が聞こえた気がしたが?」
「ハイ! 間違いありません! 以前真選組の偵察に行った折、この女の姿を見ました!」
「なんと。お前もまだ志を曲げては無かったか」

都合よく解釈していそうな桂を、一刀両断する。

「んな訳ないでしょ。あたしの戦いはあの時終わったの。今は正真正銘、真選組の女中よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

言うと、桂の綺麗な顔が歪んだ。
まあ、町で見かけた銀時の様子から見ても、彼もまた、今や戦争などとは無縁の所に身を置いているに違いない。
昔馴染みがまた一人腑抜けに戻ったように感じているのだろうが、こちらから見れば、まだそこに身を置いている桂の方が理解しがたい。
あんな身を切るような戦いを長く続けるなんて、正気の沙汰とは思えなかった。
は肩をすぼめる。

「団体客の世話をするいいバイトがあるからって声を掛けられたのよ。
こんなやましい集まりだって知ってたら、絶対に断ってたわ。
せっかく給料諦めてでも引き揚げようと思ったのに。もう、最悪」

腕を結ばれている紐を強く持ち上げられて、その痛みには顔をしかめた。
どうせなら手袋の上から縛ってくれれば、こんなに痛くもなかっただろうに。食い込む縄に奥歯を噛みしめる。

「桂さん! このまま逃がせば、真選組にアジトが割れます!!」
「――ッ!」
そんなこと危惧しなくても、きっともう割れているに違いない。
曲者変り者ばかりの真選組だが、それをまとめている近藤勲は人柄ゆえに人望が厚く、隊士たちからの信頼は絶大だ。
彼の右腕たる土方十四郎は激しく味覚音痴だが、かなり頭が切れて、人を使うのも上手いし、
そして一番隊隊長沖田総悟――の呑み友達…らしい彼の剣筋は、数多の強豪を見て来たが、断トツに美しく強い。
何より侍であろうと、前だけ見てひた進む彼らの姿は、あの頃の自身らを彷彿とさせた。強いに決まっている。


見ている限り、この桂の軍勢で勝てる要素などまるでない。だからこそ桂も、銀時を引っ張り上げてきたのだろう。

素直にそれを言って癇癪を起されても困るし、が黙って痛みに眉をひそめていると、
の手綱を持っていた攘夷浪士が派手に後ろへはじけ飛んだ。
「…?」
その風圧に、一瞬何が起こったのか理解が追い付かない。
の目の前に拳を構えた銀時が居る事に遅れて気付き、ようやく銀時が男を殴ったのだと合点がいった。

「おいおいお前、当然居なくなったと思ったら、今度はいきなり現れるたあ、どういう了見ですかコノヤロー」
「別にあたしの人生だもの。どう生きようが、あたしの勝手でしょ」
「あのなあ! オレがどういうつもりでお前に一緒に来いって言ったが分かってンのか!?」
「分かってるから離れたんじゃない!」
「あぁ!?」

「あたしが戦ってた理由にアンタが気付いてたからでしょう!」
「――ッ」

の言葉に、銀時が息を呑む。
そう、絶対に銀時は気付いていた。もしかしたら、高杉も薄々と気付いていたのかも知れない。
別には、天人から国を取り返そうと思った訳じゃない。侍が粛清されることに反感を覚えた訳でもない。
ましてや、松陽を助けようとした訳でもない。
そこに銀時が居たから、高杉が居たから、桂が居たから剣を握った。坂本が増えて、剣を振るった。
ただ仲間が死ぬのは嫌だった。だから、戦い続けた。

――戦が終わって、皆散り散りになると分かった時、残ったのはだれかの為だけに戦っていた空虚な自分だけ。
自分に志など無かった事に気付いた時、身体は心底冷え切った。震えが止まらないなど、あの時が初めてで。

銀時は、昔馴染みの中でも、一番気の合う友人だった。

だからそんな彼に共に行かぬかと言われた時、
まるで自分は何もない事を指摘されたように感じた。
皆の横に立っていた権利を突然はく奪されたようで悔しかった。

だから、一人で生きようと思ったのだ。
強く、強く。
あの時隣に立つに相応しかった自分であれるよう、しっかりと土を踏んで立てるように。


「アンタについて行ったら、あたしは絶対ダメになると思った」

ぽつりと、は言葉を落とす。

「――でも、断る言葉が見つからなかった。ううん、言いたくなかったの。だから、あたしは…」

あの時の銀時が、目の前に重なる。
あの頃の自分が、フィードバックする。

それを振り払うように、は踵を返した。

「手、外して。これじゃあ屯所に戻れない。

桂、心配しなくてもあたしは言わないから安心して。
素性がバレたら困るのはあたしなの。
結構高い給料もらってるからね」


「銀時」

銀時の言葉をピシャリと遮って、は息を吸い込んだ。
あの時言えなかった言葉を、もう一度言う時が来るとは思ってもみなかったけれど、今なら言える。

「あの時はありがとう」

言って、一度口を噤む。
縛られた手よりも、今は心の方がずっと痛い。

「さよなら、銀時」

すぐ近くで銀時の衣が擦れる音がする。
どう動くつもりなのか。いっそいさぎよく手を外してくれるならいいけれど、と思っていたは、肩を掴まれた事にすくなからずとも動揺した。

振り向かされて、思わぬ近くにある銀時の顔にひやりとする。

息が、かかる。


「ほわ―――!」
「神楽ちゃん、見ちゃダメ!」

ワタワタとする声を後ろに、近づいてくる銀時の顔がスローモーションで見えて、は身動き一つ取れずに固まっていた。
「ちょ――っ」
その時、ドカンと音を立てて襖が飛んでくる。

すぐ傍まで近づいて来ていた銀時の顔はあっと言う間に離れて、は奥へ押し込むように、銀時の背の後ろへ隠された。
「御用改めである! 神妙にしろ、テロリスト!」
土方の声だ。
が慌てて隠れる所を探していると、ぐぃと手綱が引っ張られる。

「ぎゃ!」
「――静かにしていろ。お前の立場とやらがあるのだろう」

耳元でささやくように聞こえたのは、桂の声だ。
が口を噤むと、桂は「こちらには人質が居る!」と、を全面に押し出した。

(ちょ…っ!)

驚きの展開に、はパニックに陥る。
そんな人質と言われても、しがない女中。大した足止めにもなるまい。
しかしながら、が巻き込まれていると言うインパクトを与えるには十分だった様子で、中心に居る土方は眉根を寄せた。

…?」
「も、申し訳ありません。土方さん」

ごにょごにょと言葉が尻すぼむ。
逃げの小太郎と呼ばれる桂だが、何故だか不安要素しかない。
どうするつもりなのだろう、と半ば嫌な予感したのは見事に的中して、桂は叫んだ――「今だぁ! 逃げろ――!!」

何が今なのかまったくもって分からない。

銀時が襖を蹴り飛ばして、皆が後に続く。
「ちょ、桂! あたしを連れて逃げてどうするの!?」
後ろ手に引かれながら、それでも転ばないのは褒めて欲しい。

しかしそんなの言葉も、逃げる事で精いっぱいになった桂には届いておらず、
「もっと早く走れ!」
と、声を荒げる始末。
「そ、そんなむちゃくちゃな!」

相変わらずのバ桂が!
叫びたくなったの身体が突然ひょぃと軽くなって、銀時に担がれたと分かったは、足をバタつかせた。

「離して! なんであたしまでっ」
「そんなもん、ほいそうですかと帰したくないからに決まってんだろォーが! 男はオオカミなんだ、せいぜい気をつけやがれ!」
「意味が分からないっつの!」

「厄介なのに捕まったな。どうします? ボス」
「だーれがボスだ! お前が一番厄介なんだよ!」
「ヅラ! ボスなら私に任せるヨロシ! 少なくとも、女に振られたばかりの男よりはマシね!」
「振られた言うんじゃねぇ!」
「振ったんだっつーの!」

はうわーんと泣き声を上げる。

「ちょ、おま、痛!!」
「女中、クビになったらどうしてくれんのよ! 今までで一番いい給料なんだから! 今までより、ちょっといい酒飲めてるんだから!」

両足で背中を殴り、縛られた手を振り上げては頭を殴る。

「そんときゃ嫁に貰ってやる!」
「絶対ゴメンよ! そんな大きい子ども二人居る男と再婚なんて、絶対に嫌!」
「ガキじゃねぇ!」
「こんなカイショーのない父親、私ゴメンある!」
「僕も嫌です!」

「甲斐性なしなんて、あたしもゴメンよ! いいから、とにかく離して――!」

の抵抗もむなしく、銀時の走るスピードは一向に落ちない。
それでも今の状況で出来うる全ての力を使って銀時をボカスカ殴っていると、
「おい」
と、低い声が後ろから聞こえた。


「ぬお!」



銀時の横を刀が通り抜けて、は放り出される。
そのままゴロゴロと丸太のように床を転がって、はバッと身を落とした。
「ちょ――ぎんと…!」
だいじょうぶ、と思わず声を掛けようとしたの声をかき消すように発射されるバズーカ。

呆気に取られるの前を横切って、銀時と土方の間に打ち込まれる。

「ひぇ」
何ていうおっかない武器。
刀の方が何万倍もマシだ。

発射先に目を向けると、そこに居るのは、大きな筒を抱えた沖田総悟。
彼はちらりとに目をやると、
「こんな所で会うとは、奇遇じゃねぇですかィ」
と、無表情のまま口を開いた。

「…ですね」

はおずおずと頷く。

酔っぱらって記憶がない間に出来た友達「そうごくん」が、この沖田総悟だと言う事を知ったのはつい先日。
元々どちらかというと苦手なタイプであるこの青年と、発覚したからと言って距離感が縮まるかと言われればそうでもなく、
今でもどちらかというと、はこの底が見えない青年が怖い。

沖田はに歩み寄って来ると、無言で剣を抜いた。
そのまま手首の綱を切ってくれる。

容赦なく結ばれた綱はの両手首をうっ血させていて、ようやく自由になった手首を擦り合わせているのを見た沖田は、ついと銀時に視線を移した。

そのままスタスタと土方の方へ歩きはじめる。
どうやら銀時は一つ奥の部屋へと逃げ込んだらしい。
どこかホッとしている自分が居る事に気付いて、は微妙な表情を浮かべた。

「生きてやすか、土方さん」
「バカヤロー! おっ死ぬ所だったぜ!」
「チ、しくじったか」
「しくじったかって何だ! オイ、こっち見ろ! オイッ!」

「俺は今、ものすごく機嫌が悪いんでェ」
「アア?」

「今さら出て来て横から掻っ攫って行こうたァ、虫が良すぎる話ですぜ。銀髪」

沖田の言葉を上手く聞き取れなかったのか、土方が歯に何かが挟まったような顔をした。
その時、襖を飛び出して来た銀時、神楽、新八の三人の姿に、辺りを取り囲み始めた隊士たちがおののききの声をあげる。
「止めるならこの爆弾止めてくれェ! 爆弾処理班とかさ…なんか居るだろ! オイ!」
「おあああ! 爆弾持ってるぞ、コイツ」

隊士たちが逃げ出す。
はぽつんとそこに座ったまま、「爆弾?」と、うわ言のように呟いた。

桂が率いる攘夷浪士がテロを起こしていることは、小耳にはさんでいる。
つまりあの爆弾は桂の持ち物と言う事で、あの銀時の慌てようは、それが起爆していると言う事で、
が眼を開くのと同時に、座り込んだままのに気付いた銀時が声を荒げた。

「馬鹿! お前、どっか逃げろ!」
「どっかって」

今更どこかへ逃げても、爆発すれば巻き込まれる。
それよりも、は立ち上がりながら、銀時に手を伸ばした。

「貸して!」
「渡せるかよ!」
「窓から投げるの! 上!」
「もう十秒しかねぇっつの!」
「走る!」
「お前の足で間に合う訳ねェだろうが!」
「でも…っ」

が戦ったのは、仲間を護る為。友を護る為。
一番仲の良かった――本当なら、ついて行きたかった銀時の手にある爆弾を見た時、はとっさに走り出して受け取ろうと考えた。
銀時が死ぬなら、あたしが。
その考えが頭をよぎった時、

「バカか、てめェは!! そう言う所が昔からムカつくんだよッ!」

と、言う銀時の声が響いて、
は力強く後ろに引っ張られた。

「お、沖田さん」

首根っこを掴まれるように、腕を回される。
身動き取れなくなったは、銀時に伸ばした手が宙を切った。

一瞬総悟と銀時の視線が交差した事など知る由もないは、彼の後ろに駆けて来た神楽が、傘を振りかぶった事に息を呑んだ。
「銀ちゃん、惚れた女を護る為に、歯ァ喰いしばるネ」

「ぎ…っ」
「ほあちゃァアアアアアァアアアア!」

銀時が傘に殴られて吹っ飛ぶ。
窓ガラスを突き破った彼は、爆弾を上へと投げて、
やがて鳴り響いた大きな爆発音に、は驚いて耳を塞いだ。

「………やっぱりあの時町を出ていくべきだったかも知れない…」

窓の向こうに咲く火花を見ながらした後悔は、先に立たなかった。

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実写版はまだ見てないけれど、定期的に訪れる銀魂ブーム再来。
一二年前に書いたものを今更引っ張り出してくる勇気。
懲りないわたし。