ドリーム小説
ただ今、人生で最大のピンチである。
「バ桂だけならともかく、なんで銀時まで居るのよ…」
事の起こりは、共に真選組で女中を務めるおばちゃんからの、バイト代役の話だった。
ちょっと相談があるんだけれども、
から始まった話は、とあるホテルでの一日バイトで。
どうやら団体客が入るらしく、貸切になったホテルの手伝いに人手を探しているらしい。
急な用事でどうにも首が回らなくなったの、と、おばちゃんは両手を顔の前で真摯に合わせた。
――なんだか男ばかりの団体客とかで。ちゃんなら安心して任せられるし、給料もいいのよ〜。お願い出来ないかしら?
給料が良い、と言われると、つい二つ返事で承諾してしまうである。
それでなくても今月は呑み過ぎて、収入より出費の方が多い予想だった。
飛んで火に居る夏の虫。
棚から牡丹餅。
そんな単語を浮かべながら、表面的には卒なく引き受けたのだが。
「…これは、非常にマズイ」
まさかそのホテルの団体客とやらが、桂小太郎率いる攘夷浪士とは夢にも思わなんだ。
おまけにどういう訳だか、小太郎が銀時と二人の少年少女を引きつれて戻って来るし、
前にも後ろにもすすめなくなったは、息を殺してしゃがみこむ他ない。
「何の為に今までコソコソ隠れて来たと思ってるのよ」
行き場のないやるせなさに、だれにと言う訳でもなく悪態付く。
かぶき町に銀時の姿を見つけた時、は町を移ろうかと本気で悩んだ。
それでもかぶき町を離れなかったのは――真選組の女中の給料が、今までのの人生の中で、一番高額だったからに他ならない。
桂が未だに攘夷活動をしていると言うのは、隊士たちの話を聞きかじって知っていた。
と、言う事は当然、真選組は桂小太郎をマークしていると言う訳である。ここに突入して来るのも時間の問題かもしれない。
早急に退散する必要があった。
かと言って、むやみに動いてどちらかと鉢合わせすれば、の人生で最大のピンチを迎える事になる。
真選組に見つかれば、攘夷浪士との繋がりを探られるだろう。埃満載のである。下手すれば、攘夷戦争に参加していたのもバレるかもしれない。
良くてもクビ。悪かったら、捕まる可能性だってあったりするのだろうか。
は肝が冷えて行くのを感じる。
もっとも最悪なのは、桂や銀時と鉢合わせる事だ。
まだ桂ならいい。あれは顔は良いけれど、頭はちょっと抜けてる所があるから、
いざとなれば、なんやかんやと言いくるめて逃げる自信があった。
だけれど、
銀時は。
は着物の裾を、ぎゅっと握りしめる。
――ほら、なんっつーか、お前アレだ。
柄にもなく頬を朱に染めて、くせ毛の銀髪をかきむしる男の姿が瞼の裏に浮かんだ。
――行くとこねぇなら、俺と一緒に来るか。
そう言ってくれた男の言葉の真意に分かっていたからこそ――は顔面をグーパンで殴りつけ、行方をくらましたのだ。
今更どの面下げて再会しろと言うのか。
思い返すのは良くない。ますます嫌な汗が滲んで来る。
はそっと呼吸を整えると、おっかなびっくり立ち上がった。
本当なら、日当までキチンと貰って行くつもりだったけれど。
先にあるリスクを考えるならば、諦めてさっさとしっぽを巻いて逃げる方が断然賢い。
おばちゃんにはなんとか謝罪するとして、給料は泣く泣く諦めよう。
(嗚呼、午前中タダ働き…)
これは帰ってもう飲むしかない。
そうと決まれば、早く逃げるに限る。
が壁伝いに横歩きを始めた時、背後から「おい」と声がかかった。
振り返ると、人相の悪い男が、を睨み据えるようにして立っている。
「何を怪しい動きをしている?」
「いや、えっと、その…」
「お前、見たことがあるぞ…確か、どこかに密偵に行った時……、あ! 貴様、確か真選組の…!」
その瞬間、の頭に四文字の言葉が浮かんだ。
(終わった…)
人生最悪のピンチの日から、人生最悪の日へと転がり落ちたのである。