ドリーム小説
「さっきからわたしのことを子ども扱いしますけれど」
サイリルの街へと向かうため、ティルソの森を進んで行く。
ようやく慣れて来た雪道を踏みしめていると、先頭を歩いているチェルシーが頬を膨らませた。
「リオンさんはおいくつなんですか?」
「16だ」
「わたしは14ですよ! やっぱりあんまり変わらないじゃないですか。背だって変わらないし」
耳はダンボだが、知らぬ振りを決め込む。するとチェルシーは首を巡らせた。
「そう思いませんか? さん」
「…い、いや、何の話してるのか良く聞いてなかったから、なんとも」
「ですからリオンさんはわたしを子ども扱いしますが、歳だって、背だって、そう変わらないって話です!」
傍から聞いている分には可愛らしい。
けれどどちらを選んでも死活問題な気がして、は伺うようにリオンを見た。
(めっっっちゃ睨まれてる!)
「えっと」
負けず嫌いの眼力、半端じゃない。
「えぇ――っと…」
ついには負けて目を逸らした。
「チェルシーはウッドロウさんと一緒に立派に戦っていらっしゃいますし、リオンはとても」
(リオンは、とても)
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ハイデルベルグの地下通路は思った以上に暗くてカビ臭い。
「…ジェイドなんて名前の敵が出て来るだけでも恐ろしいのに」
ぼそぼそ愚痴を言いながら進んでいると、差し伸べられた大きな手。ためらいがちに握ると、マリーはくすぐったそうに微笑んだ。
「カルバレイスの神殿でもこうして手を握ったな」
「はい。なんだか…随分昔の事みたいで」
「ああ、そうだな」
これが最後だ。
ハイデルベルグの城に着いたら、マリーはダリスと共に行ってしまう。そうして。
(次に会う時は敵、なんだよね)
ルーティも珍しく空回ったせいですっかり口を噤んでしまって、地下通路もパーティも湿ったまま、ハイデルベルグの城はすぐそこまで迫っている。
(これが最後なのはちょっとさみしいけれど)
「」
顔を上げると、驚くくらい穏やかな顔をしているマリーと目があった。
「忘れたくないものだな」
「え?」
「もう忘れたくない。ダリスの事も、この旅も」
咄嗟に言葉が出て来なかった。
胸に支えた言葉の代わりに、たまらない涙が込み上げてくる。
(ダメだ)
下唇を噛みしめたは、握る手に力を込めた。
(泣くな、泣いちゃダメだ)
「わた、しもです。マリーさん」
(笑え、笑うんだ)
「忘れたくないし、忘れて欲しくない」
だから、上手にさよならを
繋いだこの手を、笑顔でほどくんだ。
オーバーロードした神の眼封じ込めて、リオンはシャルティエをなおした。
「なんとかおさまったな。急いでセインガルドに持ち帰り、封印してしまわねば」
息を吐く間もなく踵を返す。
飛行竜で持ち帰る算段をつけているようだが、ついていく気力がない。しゃがみ込むと肩を突かれて、見上げれば、同じくズタボロのルーティがにやにや笑っていた。
「坊ちゃんはああ言ってるけれど、せっかくだものお祝いしましょ」
「お祝い、ですか?」
「フードサックだけどね。それらしいメニューなかったかしら」
「フルーツパフェなんてどうです?」
「いいわね、フィリア」
「ですが他の方たちは…」
「リオンはウッドロウと話に夢中だし、チェルシーはウッドロウにべったりたしね。スタンは……外しましょ、うっかり大声で美味しいなあ! なんて言われたら、リオンに何を言われる事やら」
「確かに」
「想像付きますね」
笑いながらフィリアが取り出したフルーツパフェ。影に隠れて、女三人丸くなるとこっそりスプーンを入れた。口の中にふわりと広がる蜜柑の香り。
(こんなものが出て来るなんて、最後まで謎だったわ、フードサック)
「皆に隠れて食べるこの罪悪感がまた…おいしいですね」
ざっくざっく食べ進める。横眼で見て、ルーティはぽつりと呟いた。
「まーね。……マリーも居れば良かったんだけど」
「……ルーティさん」
フィリアが瞳を揺らす。
肩をすくめたフィリアの背を撫ぜて、は呑気に見えるよう笑った。
「必ず会えますよ。なんなら賭けてもいいですよ」
「いいじゃない。いくら賭ける?」
調子を取り戻して、「なかなかイケるわね」とルーティはリンゴを齧る。
いくら賭けるか話していると、ふいに影が掛かった。
「何をしているんだ、お前たちは」
地を這うような低い声。
見上げたフィリアが固唾を呑む。
「リオンさん」
「急いでセインガルドに戻ると言っただろう! 飛行竜へ向かうぞ!」
「ちょっと引っ張らないでよ! あーもういいわ、食べながら歩くからッ!」
「あ! ルーティ、ズルいぞ!」
「フィリア!」
「スタンさんどうぞ!」
開き直ったルーティとフィリアがフードサックを漁るのを見ていると、刺さる視線。見上げた先で、リオンの瞳が剣呑になっていく。
「行くぞと言ってるだろう!」
「え? あ、すいません」
慌ててフルーツパフェと向きあう。
あと一口だし食べてしまおう。
そう思うけれど、
最後の一口を残して、どうにも食べる気になれない。
(あんなに美味しかったのに)
スプーンを持つ手は動かないまま、は胸の内でぽつりと呟いた。
(一生懸命戦って)
(グレバムを倒して)
(こんなささやかな、お祝いをして)
(どうして物語は終らなかったんだろ)
「……っ」
肩を掴まれて驚いた。
綺麗な紫色の瞳に映る自分が泣いている。
「え? 泣い…!?」
頬が濡れている。拭うけれどとめどない。どうにも出来なくてうずくまったは手探りのまま、リオンを突き放した。
「先に行っててください。リオン」
「…」
「すぐに追いつきますから」
「……分かった」
足音が遠くなっていく。
ちょっと顔を上げて、 ツンと痛くなった鼻を押さえた。
(本当に…忘れたくないですね、マリーさん)
胸の内で呟いて、去っていくリオンの背中を眺める。
(きっと最後は見る余裕なんてないだろうし、覚えておこう。こうやってリオンが先に進んで行くって事)
――チェルシーはウッドロウさんと一緒に立派に戦っていらっしゃいますし、リオンはとても
あの時、やっぱり言う勇気が持てなかった言葉。ふいにどうしても口にしたくなって、は自慢げな声を上げた。
「リオンはとてもカッコいいんですよ、チェルシーさん」