ドリーム小説

モリュウ城の最深部――バティスタが君臨する場所へ駆け上がり、フィリアは振り絞るように声をかけた。
「もう止めてください、バティスタ!」
「ふん。愚図で鈍間なフィリアがよくここまで追いかけて来たな」
「バティスタ、今ならまだ間に合います。武器から手を離して…グレバムの居場所を教えてください」

「……だから」
「フィリア!」
「だからお前はお人よしって言うんだよ!」

放たれた攻撃を寸でのところでスタンが防ぐ。
『戦うしかないようじゃな』
クレメンテの言葉に震えながら頷いて、

「みんな! 行くぞっ」

フィリアはソーディアンの柄に手をかけた。




「…私、何をするにも時間が掛かるんです。それを良く…バティスタにからかわれていました」
バティスタの最後はあまりにも凄惨だった。
が目も当てられない遺体を前にしても、フィリアは瞳を逸らさない。膝から崩れ落ちて、ぼろりと大粒の涙を落とす。
「フィリアさん」
背をなぜようとした手が宙で止まった。
躊躇って、腫れ物に触れるようにそっとなぜる。

慰める資格があるのか、には分からなかった。

「ですが、仕事が終わると戻って来て…手伝ってくれたこともありました。彼は、従順な神官だった頃もあったのです」
「うん」


バティスタに自分の姿が重なって見える。
目を逸らしたいような、背けてはいけないような。唇を噛みしめたはたまらず瞼を伏せた。

そう遠くない未来、はフィリアを――仲間を裏切る。
この心優しい少女をは再び傷つけるのであろう。

「わたしは…バティスタの事は、よく知らないけれど。
もし、……もし、わたしがね。フィリアや、みんなを…裏切る事があったとして。もしそんな時が、来たとして。それでも過去は…消えないと思うんです。
成り行きの、寄せ集めでも、目的があっても、わたしの中にもフィリアさんの中にも、皆で旅をして過ごした過去はきっと消えなくて。

それはきっと、苦しくて辛いものだと思うけれど…今想像している以上に痛いんだろうけれど、それが仲間だって言うなら、甘んじて受け入れるしかないんだと思うんです。
それでも、阻まれるなら。
とめられるなら。
皆さんだと、嬉しいです」

緑色のやわらかな髪。
クレメンテを握るにふさわしくない、白く細い腕。
真っ直ぐと前を見据える、大きな瞳。

バティスタには勝手を言って悪いなあと思いつつ、はにぃっと限界まで頬を持ち上げて笑った。

「きっとバティスタも、やるじゃねぇかフィリア!って、思ってますよ」

だから。
だからどうか、良かったら。

(わたしが居なくなった時…この言葉を思い出して下さいね。フィリアさん)








フェイトが指揮する黒十字艦隊は今まで乗ったどの船よりも乗り心地がよかった。
どっしりと重い装甲が滑るように水面の上を走っていく。
モリュウ領でを追って来たのは、どうやら本当にフェイトを人質に取られた彼の部隊だったらしい。顔を合わせるや否や総出で謝罪されて、は首を横に振った。

「いえいえいえ。そんなそちらにも事情があったんですし、わざわざ謝って貰わなくても――」
「よ! 悪かったな!」

の後ろから爽やかに片手を挙げたジョニーに、リュートで殴られた兵士は一瞬複雑そうな顔をする。
笑ってしまいながら黒十字艦隊に乗り込んだは意気揚々と両手に食糧を抱えていた。
(ミニキッチン付きの部屋なんてラッキー! しかも一人一部屋だし、黒十字軍の人に食糧とちょっとお酒と恵んで貰ったし、トウケイに着くまでむふふ)


黒十字艦隊と言えば、船上で語らうスタンとリオン。
俺はイレーヌさんが初恋かな。リオンは?
僕はマリアンがトゥキダカラー!(古い)
と、脚色が行き過ぎているが、恋バナに花を咲かせるのである。

お姉さんとしては、若い男の子の恋バナイベント。
聞きたいような気もするがそこはグッと堪えて、画面越しに盗み聞いた恋バナを思い出しながら酒と肴でもつまむ事にした。

「久し振りに食べたいものはいっぱいあるんだよね。何にしようかな」

腕を組んで、うんと考えて、
時間も限られている事だしちょっと酒をたしなみながらキッチンに立っていると、扉がノックされた。

「え!? あ、はい!」
まさか人が尋ねて来ると思ってなかったは慌てふためく。酒とコップを奥に隠してコンロの火を消すと、開けた扉の向こうには。


「よ」
「ジョニーさん」
「トウケイまであっと言う間だってのに、酒を貰ったって聞いてな」
「グッ」
バレてる。
赤くなっているだろう頬を押さえたはそろりとジョニーを見上げた。
「あの、ジョニーさん」
「リオンには黙っといてやるよ」
「ありがとうございますぅぅうう」
「その代わりと言っちゃぁなんだが」
「?」
「口止め料をちょっとな」


コンロを指差されて、はああと頷いた。
「どうぞどうぞ。お口に合うかは分かりませんが」
「部屋の外まで匂いが漏れててな。ついノックしちまったぜ」
「それは申し訳ない。フェイトさんとのお話し、終わったんですか?」
つるりと滑り出た言葉は引っ込みがつかない。

(しまった。久しぶりに飲んだら思った以上に酒のまわりが早い)

「フェイトさんも囚われの身だった事ですし、積る話とかあるでしょうね」
何気ない顔をして付け加え、皿に盛りつけたは首を巡らせた。
「な、んですか」
愉快そうに弧を描いている瞳と目が合う。
思わず腰を引くと、ジョニーは手を伸ばして皿を取った。

「お前さんを見てると、俺を見てるみたいでな」
「ジョニーさんを、ですか?」
「俺の全てを賭けて、ティベリウスを討つ」
「…」
「………お前さんは、何を覚悟してるんだ?」
緑色の瞳がひたとを見据える。
「わた、しは…」
「言えない、か?」
黙り込んでいる合間にジョニーは料理を口に入れた。
「なかなかイケる」
「そうですか? それは良かった」
アクアヴェイルはどことなく昔の日本に寄せて作ってあるように見える。口にあったなら何よりで、椅子に腰かけたはフォークを掴んだ。

「リオンを、守ろうと思っています。あの人が…先に進めるように、わたしに出来る事をしようと思っています」
「先、か」
ぽつりと呟いて、ジョニーは重く零す。
「俺も…先に進まなきゃとは思ってるんだがな」

ゲームでは道化と謳われることもあって、エレノアの仇を討とうとしたのか、それともアクアヴェイルを救おうとしたのか、最後まで明確な答えを言わないまま話が進んで行く。
どちらと言う訳じゃなくて、
たぶん、どちらもなのだろう。
飲みこむと、口を開いた。

「進めますよ、きっと」

は知っている。
リオンを亡くしても、足を止めなかったスタンたちを。
ソーディアンを――友を失くすと分かっていながらも、神の目に突き刺した彼らを。


「強いんです。スタンさんも、ルーティさんも、フィリアさんも。……マリーさんも。
リオンだって、本当は、わたしがどうにかしようと思うのはおこがましいくらい強い」

大好きな人の為に、大好きな人たちに剣を向けた強い人。
何度だって、この道を選ぶと豪語した人。
小さな背中に全部背負って歩き続けた人。

「そんな皆の仲間になれるような人ですもん。コングマンさんも、ジョニーさんも強い人に違いありません」
「お前さんはどうなんだ?」
「え?」
「強いんだろ」
「わたしはどうでしょう。ちょっとズルして――ここにいますし」

体力も晶術も使えるようにして貰って、何とか食らいている。
心は全然強くなれていないから、ちょっとした事で迷って、傷ついて、途方に暮れる。

それでも。

「強くなりたいです」

思わず笑みが零れて、は目を細めた。
「いつかちゃんと、わたしは仲間なんだって…自信を持って、言えるように。いつかもう一度」

バティスタを前にして涙するフィリアが脳裏を過ぎって、

痛む胸に、蓋をする。

「仲間だったんだって思い出して貰えるように」
「そうか」
頷いて、ジョニーが手を伸ばす。
の髪を撫ぜる大きな手。くすぐったくて笑っていると、扉がバターンと音を立てて開いた。
「ごほっ」
「良い匂いがすると思ったら、二人で何食べてるのよ!」
「ルーティさん!?」
「いい匂いだな。が作ったのか?」
「そ、そうです。えっと食べかけなんですけど」
キラキラしたマリーの瞳。気圧されて、は皿を差し出した。ひょいとつまんで、マリーの顔に花が咲く。

「美味い! はいいお嫁さんになれるな!」
「いや、そんな、褒め上手なマリーさんの方がよっぽど…!」
「ちょっとマリー、あたしの分も残しておいてよ!」
「わ、私も欲しいです」
「美味しそうな匂いがすると思ったら、みんな集まってどうしたんだ?」
ひょこっと顔を覗かせたスタンに引っ張られて、リオンが仏頂面の顔を出す。

「何をのんきにしてるんだ、お前たちは」
「あ、マリー、最後の一口食べたわね! ちょっと、あたしの分作りなさい!」
「無理です。もう食材が無いです」
「酒はあるんだがな」
「ちょ、ジョニーさん、口止め料渡したでしょう!」

あわあわと泡食うがリオンからジョニーに目を向けて、ルーティとスタンの瞳が、ジョニーの皿を見下ろす。
リオンも一足遅れて視線を向けると、ジョニーは皿を抱え込みながらリオンににんまり笑った。

「悪いな、リオン」