ドリーム小説
「いたぞ! こっちだ!」
「な…んで、わたしだけ…ッ!」
わざと逃がしたバティスタを追ってアクアヴェイルへと渡ったは、
小舟に乗った船酔いでキレるリオンを宥め、海底洞窟でお金をまき散らしたルーティとスタンが落ちた穴を覗き込み、挙句、仲間から一人はぐれ、モリュウ兵に追われている。
トウケイ領主が港に訪れたと言う話を聞いて、グレバムの姿があるのではないかと見に行ったまでは良かった。
が知っている通りこっそり覗き見るはずが、シャルティエを通じてリオンの素性をばらされてしまいモリュウ兵に追われる身となったのだが、
最後尾を走っていたは物陰から飛び出して来たモリュウ兵に腕を掴まれたのである。
「ッ!?」
声をあげようとした口を塞がれる。
咄嗟にモリュウ兵に肘鉄を喰らわせてすり抜けたものの、リオン達を見失ってしまったは町中を走り回るしかない
「ブレスレットか…!」
目を落として、は舌打ちした。
アクアヴェイルは、今やグレバムの手中。
このブレスレットを狙ってモリュウ兵が動いても不思議じゃない。
「くそ、神様見習いめ! もうちょっと目立たないデザインにしてくれたら良かったのにっ」
を追って来るモリュウ兵は、明らかにリオン達を追いかけていった兵士と動きが違う。
戦うか、と過って、は首を横に振った。
(ノイシュタットの二の舞はごめんだ。ましてや自分で傷つけるなんて――出来れば、したくない)
心臓が鳴り響く。
モリュウ兵の中にはフェイトを盾に取られて従わざる得ない兵も居る。
(とにかく、なんとかして逃げなきゃ!)
鞭を打たれたように走るの前にモリュウ兵が飛び出して来た。
足を止めようとして、勢いで身体が前のめりになる。そのまま躓いたは受身も取れずに転がって、背中を押えられた。
「…!」
晶術を使うか、使わないか。
開いた口のまま止まっていると、背中を抑えるモリュウ兵の力が抜けた。崩れるように倒れた音がすぐそばで聞こえる。
「貴方は…!?」
後ろから聞こるのは、追って来ていた兵士か。
身体を起こそうとしたは派手な袖に腕を取られ、半ば引き摺るように立ち上がらされた。
よろけながらも背後へ追いやられる。
「よう。久しぶりの所悪いが…」
親しげな口調でそう言った男は、金色の髪が眩しい。
目が眩む合間にジョニー・シデンは愛用のリュートを握ると、掲げた。
「眠ってもらうぜ」
フルスイングしたリュートが兵士を強打する。
唖然として見ていると、「大丈夫か?」と声を掛けられた。慌てて顔を上げたは二度、三度と頷く。
「大丈夫です。はい」
「よっし。早い所離れようぜ。次が来てまた殴るのも気が引けるしな」
隠れ小屋へと案内されたは、小屋に入るなりリオンに睨まれた。
「………す、すいませ…」
「ぼくはついこの間、フラフラするなと言ったはずだ」
「いや、そうなんですけど」
「俺の方こそ、ごめん。がはぐれたのに全然気づかなくって」
「い、いいんです。気にしないで下さい。うっかり口を塞がれてしまって、声をあげられなかったので」
ぶんぶん音を立てて首を振っていると、ルーティがふぅんと声を上げる。
「よっぽどグレバムは、そのブレスレットが気に入ったのね」
「だが…似合わないだろう」
ぽつりとマリーが零すように言って、ルーティはすぐさま口を挟んだ。
「いや、お洒落で付ける訳じゃないのよ、マリー」
「お洒落ならなおさら似合わない」
「そ、そうね。そう思う」
大真面目なマリーに頷くルーティ。すると、ディムロスが低く声を上げた。
『つまりグレバムの狙いはでもある訳だな』
「まあそれならそれでこっちが追ってるのもグレバムな訳ですから、いいんじゃないですか?」
「何のんきな事言ってるのよ。ブレスレッドが手に入ったらアンタなんか用済みよ」
「そう…ですよね。この間も腕ごと持って行こうとされましたし」
「何それ、こっわ!」
「でも、なら兵士くらい楽に倒せたんじゃ」
首を傾げたスタンに、はウッと言葉に詰まる。
右に左にと視線を泳がせて、肩を縮ませた。
「そ、の。モリュウ領主を盾に取られてる方だったりするのかなあと思うと、傷つけるのがその、怖くなって」
「捕まったらどうするつもりだったのよ? 腕チョンよ、チョン」
「腕チョンは嫌ですよ!? なんとかして、逃げるしかないような…」
「馬鹿ねぇ」
しみじみ言われた。
はそうですね、と頷くしかない。
俯いていると、突然上からガシガシと撫でられて、びっくりして上げた瞳にジョニーが映る。彼は精悍な顔でニッと笑った。
「ありがとな」
「へ?」
「フェイトを、モリュウを気遣ってくれたんだろ」
「あ、いえ、そんな高尚な事ではなくて…わたしはただ」
怖かったのだ。
もしこの試験に、選択を間違うと、マイナスが記されるような要素があるのなら。
ノイシュタットを見て見ぬ振りをしたのせいで神様見習いが不合格になって、何も為せぬまま、元の世界に連れ戻されてしまうのではないかと思ったら、怖かったのだ。
は何一つ言葉に出来ないまま、思わずリオンに視線を走らせた。
瞳を揺らして、床に落とす。
「すいませんでした。その、知り合いだったんですよね? ジョニーさんに手を出させてしまって」
「ああ、俺か? 俺は討つ事にためらいはないからな」
本気か嘘か、分からぬ口調でジョニーは笑う。
「ためらううちは止めておいた方がいい。ましてやそれが、誰かの為ならなおさらな」
は目を剥いた。
虚を突かれた顔でジョニーを見ると、涼やかな瞳がを見ている。
「ジョニーさ」
「さ、モリュウ城に行こうぜ」
な、とウインクされて心臓が跳ねた。
顔面偏差値が高い男のウインクは心臓に悪い。拍子に頷いてしまって、ドキドキする心臓に思わず手を添えると、ルーティがニヤリと笑った。
「へぇー、ふぅん、そうなんだあ」
「ルーティ、どうしたんだ?」
「フィリアといい、隅に置けないわねぇ」
「わたくしですか?」
「ルーティさん。今確実に何か誤解しましたよね。そう言う訳じゃ――」
ないんですよ、と言おうとしたは、火を噴くような瞳をしたリオンと目があって言葉を飲み込んだ。
無意識に両手を挙げる。
「あの、ほんと、すみませんでした」
がごにょごにょ言い淀む傍らで、ルーティは吹きだすようにして小さく笑った。
「ホント見てて飽きないわね。……困るわ、ほんと」