ドリーム小説

、顔が死んでるわよ」
「しんどいんですもん。身体も髪も血でベタベタだし…」
街中を駆け回った面々は誰も彼も土埃と血で汚れているが、なかでも我が身を省みなかったは散々たる汚れ様だ。
汗と血で濡れた前髪を横に流しながら、それに、とは口先を尖らせた。

「そんな事言うんだったらルーティさん、場所変わって下さいよ」
「い、や」
「もう悪さはしないとこの上腕二頭筋に誓えぇぇえええぇえええええええ!」

響いて来た声には耳を塞ぐ。
海賊の胸倉をゆすっているコングマンはぶくぶく泡吹いて沈んだ海賊から手を離すと、後ろを振り返った。キラリと歯が光る。
「何でイチイチ後ろ向くのよ」
「心を閉ざしましょう、ルーティさん。向けられているのはフィリアさんですから」
「…さん、すみません」

肝心のフィリアはマリーの後ろに隠れていて、見えているかも怪しいのだが。

先陣を切って歩く男性陣に続いて、女性陣はまず、誰が先頭を歩くかをじゃんけんで決める事から始まった。
後出しをしたように見えたルーティが一番後ろ。フィリア、マリー、そして先頭をが歩いているのだが。

「ルーティさん。少なくとも戦闘十五はこなしましたし、十分歩きましたよね。そろそろじゃんけん二回戦しません?」
「グレバムに着くまでこのままじゃないの?」
「え!? マジですか!!?? くそ、最初から距離決めとくんだった!」
コングマンから発せられる熱量が半端じゃない。
汗を拭っていると、フィリアがきゅっと唇を結んだ。
「しましょう、じゃんけん」
「やった! フィリアさん天使! じゃあいきますよ、じゃんけん」

やっぱりルーティは後出しだった。
負けたフィリアが先頭を歩き出すと、なぜか歩調に合わせて動くコングマンの肩甲骨。あれはアピールなのか。アピールなのか。は両手で顔を覆うと叫んだ。
「あつっくるしい!」
「うるさいぞ、!」
「いや、だっても、リオン…」
言いかけた言葉が出て来ない。
何故だか急に笑えて来て、は口を押えた。

「大変な時にすみませ」

あははと声をあげて笑うと、ルーティに横腹を突かれる。
「アンタの所の坊ちゃん、始終あんな調子なんだから、アンタまでこーんな顔してちゃ、間が持たないわよ」
目元を釣り上げたルーティ。
そんな顔してたかな、とぼやくと、隣に並んだマリーがカカッと笑った。
「こんな時だからこそ、だな」
その笑顔が眩して、は思わず目を細める。
「そう、ですね。…そうですよね。……よし! じゃあフィリアさん、じゃんけん三回戦行きましょ」
「まだやるの?」
「次は後出しは無しですからね、ルーティさん」
「…バレてたか」
「バレてたな。ルーティ」
「じゃあいきますよ。じゃんけーん」









「なんて、ずっと楽しい旅ならいいのになあ」
呟いて、は身体を折り曲げた。

バティスタの尋問が心身ともに堪えたのだろう。胃が痛い。腹を擦って重い息を吐いた。
それでも最後まで立ち会い続ける事が出来たのは――同席したフィリアが果敢にも顔色一つ変えず、事の次第を見ていたからだろう。
「強いなあ、みんな」
強く開かれた、緑色の瞳が脳裏を過る。
そんなフィリアが唯一瞳を曇らせたのは、スタンがイレーヌを追って駆けていった時だろうか。


 ――スタンさん、ああいう女性が好みなのでしょうか。


そう呟いたフィリアは年相応に儚く見えて、女ながらに綺麗だなあと見惚れてしまった。
「わたしは強くなれるかな。…リオンの、身代わりになる事以外で、何か残せるような。
少なくともリオンが、前を向いて戦えるような気持ちに出来れば。裏切り者なんて、呼ばれない未来を作らなきゃ」


ルーティや、マリー、フィリアのように強くあれたなら。
濁流に呑まれるリオンを救って、共に最後の地を踏めたなら。
最後まで、皆と一緒に旅が出来たら。

なんて考える自分が早くも情けなくて、は緩く頭を振った。

「もう少し、もう少しなんだ。アクアヴェイルが終われば…スノーフリア。あとちょっとで、マリーさんが離れてしまう。リオンが、死んじゃう。それまでに出来る事全部しなくちゃ」

言葉にするとあまりに怖い。
リオンの身代わりになる自分も、目の前で濁流に呑まれるリオンも。
想像だけでも身が竦む。


「?、リオン?」

呼ばれた気がして、振り返ったがリオンの姿はない。

ぐるりと回りを見回して、気のせいだった事に対する寂しさと、独り言を聞かれていなかった安心とで胸を撫ぜた。は剣をを掲げる。
夕焼けの光を反射して、オレンジ色に輝く剣。
なめらかな剣刃に映る頼りない顔を引き締めて、は言い聞かせるように呟いた。


「どうかリオンが裏切り者と呼ばれない未来を。――あたしは、その為にここに居るんだ」