ドリーム小説

リオンとスタンが雪溶けた。
リオンに戦闘指導を受けるスタンを見ながら、心に穏やかな風が吹き抜けるのを感じる。スタリオ、好物なんだよな。あわよくば上手くいっちゃったりしないかな。
無意識に唇が緩んでいたのか、ルーティに「何笑ってんの?」と訊かれて、はだらしのない顔つきとは知らず、後ろ頭を掻いた。
「いやぁ、リオン様とスタンが仲良くなって良かったなぁと」
「…何でアンタが喜ぶのよ」
「せっかく旅に同行させて貰ってるんですもん。殺伐とした空気よりは、こういう穏やかな方が過ごしやすいじゃないですか」
「そう? 所詮は期間限定、寄せ集めの集団だもの。仲良しこよしで足引っ張ってちゃ世話ないわよ」
ドライな口ぶりを繕って言うルーティに、は少し笑う。
「強みになる事はあっても、足を引っ張り合う事にはなりませんよ。絶対」
横目が、訝しげなルーティの瞳とあった。
「アンタって時々、妙に訳知り顔するわよね」
「いやあ。年より風って言うんですかねぇ?」
茶化して、はリオンとスタンに目を戻した。

生まれ故郷が近いと言うだけあってか、いつもより一層元気な様子に見えるスタン。

「スタン! だから言ってるだろう…!」

イレーヌが留守をしている間の戦闘訓練でこの光景を何度見た事か。
懲りないスタンにガミガミと説教をしているリオンは、随分と表情が豊かになった。
ほのぼのと見守っていると、今まさにスタンを叱っていたはずのリオンが、ギッと剣呑な目を向けてくる。
「誰かサボっていいと言った!」
「うあ、はい、すいません!」

「…なんかアンタ達、戦闘と言い随分と息の合うコンビになったわね」

ぽそっと、ルーティ。
レベルが高い割に戦闘経験がスッカラカンのは戦闘指導を受ければ受けるほど、リオンが動きやすいように立ち回る癖がついた。
これがなかなか様になるコンビネーションを生むようになって、
「えへへ」
が照れても、リオンは取り付く島もない。
「どこがだ。僕の尻拭いが上手くなっただけだろう」
「そんな本当の事を言わなくてもいいじゃなですか、リオンさ…!」
睨まれた。が出掛った言葉を飲み込むと、言い直す。
「リオン」
「…本当の事と言う自覚があるぶんまだマシだな。スタン! だからすぐ前へ出るな!」
「無駄よ、無駄むだ。三歩歩けば忘れるのがスタンなんだから」
「はは。ルーティさん、厳しい」
この兄弟を前にして、苦笑しかでない。
すると少し先でフィリアが呼ぶ声が聞こえて来た。

「みなさん、そろそろ街に戻りませんか? イレーヌさんと言う方が戻っていらっしゃるかもしれませんし…」


リオンが熱中している間に陽が随分と高く昇っている。
強い日差しを仰ぎ見たルーティは手を翳すと、眩しそうに目を細めた。
「本当ね。また行き違いになったら面倒だわ。戻りましょ」


イレーヌの屋敷に戻っても彼女は留守のまま。
そうなるとまた手持無沙汰になる訳で、ルーティはマリーに首を巡らせた。
「ただ待ってるだけってのも性に合わないのよね。
マリー、さっき言ってたアイスキャンディーの店ってどこ? ちょっと疲れたし、甘い物でも食べてくるわ」
「ならばわたしも行こう」
「あ、俺も!」
「ではわたくしも」

呆れ顔のリオンを通り過ぎて、マリーの目はで止まった。

はどうする?」
「わ、わたしですか!?」
正直お声が掛かるとは思わなかった。
目を白黒とさせていると、マリーが首を傾げる。
「どうしたんだ。そんなに驚いて」
「あ、いや…その。声を掛けて貰えるとは思わなかったので…」
ルーティじゃないが、この集団は期間限定、寄せ集め集団である。
強制的に手伝わされているスタン、ルーティ、マリーに加えて、グレバムを追いかけているフィリア。そしては言うまでもなく、三人をこき使っているリオン側。
いたく自然にかけられた声に戸惑っていると、リオンが単調に口を開いた。
「行ってくればいいだろう」
「え? でも」
「待ってるだけならぼく一人で十分だ」
「で、でも」
だって訓練で頑張ってたじゃないか。甘い物くらいいいだろう、そう言いたいんだよな、リオン」
呑気に言うスタンの言葉に驚いてはリオンを見る。
目が合うとする顔を逸らされたので伺い見る事は出来なかったが、この反応は本当にそう言う意味らしい。

度胆を抜かれたはおずおずと頷いた。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…。リ、リオンの分も買ってきますね」
「ぼ! ぼくは別にいらない。ま、まあどうしても買って来ると言うのであれば食べてやらない事もないが…」
よし、いくらでも買ってこよう。お姉さんに任せなさい。
ごにょごにょと言い淀むリオンのなんと可愛い事か。
心のメモリアルブックに記しておかねばなるまいと、はそっぽを向くリオンをこれでもかと言う程眺めた。

萌える。




と言う経緯でスパルタの口直しにアイスキャンディー屋へと向かう事になったのだが。
イレーヌ・レンブラントと言う女性はどうにも苦手なのである。
緩やかに風に靡くボブ・ヘヤー。いかにも育ちの良さそうな物腰。
一見すると世間知らずの箱入り娘に見えなくもないが、実際に目にすると、その双眸は強い光を宿していた。
イレーヌがその場にいた子どもたち全員にアイスを買い与え、それを見たコングマンが難癖を付けに来ると言う一連のイベントを見たは、


初めてフィリアの顔が引きつっているのを目撃した。


「なんとお美しい」
フィリアの足元にかしずいて、謳うように賛辞を述べる。
スキンヘッドに黒い眉。
その下のある小さな瞳が爛々と輝いているのを見て、フィリアは見るからに困っていた。
「えっと、その、あの…」
殉教者であるフィリアが恋愛経験豊富とは思えない。
はほう、と声を上げると、したり顔で顎を撫ぜた。
「さてはフィリアさん、口説かれたの初めてですな」
「アンタはあるの?」
「ありません!」
はっはっはと軽快に笑っていると、スタンが颯爽と二人の間に入る。
「止めろよ! フィリアが困ってるじゃないか!」

「あーあ、ほっとけばいいのに。スタンも馬鹿ね」
「まあでも、フィリアさんも困ってましたからね」
「困ってたのか? じゃあわたしたちも助けに――」
「マリー」
「マリーさん」
「「行くのは止めましょう」」

余計事がややこしくなるのは目に見えている。とルーティが揃ってマリーを制す合間に、コングマンはスタンの胸倉をつかみにかかっていた。
「てめぇ! フィリアさんの何なんだ!」
「俺はフィリアの仲間だ!」
「仲間だぁ!? なんつぅ頼りなさそうな奴なんだ!
てめぇなんぞにフィリアさんが護れるか! 俺様がそれを証明してやる! 今すぐ闘技場に来い!」
「何でお前にそんなことを言われなきゃならないんだ! 分かった、受けて立ってやる!」


そう、スタンは受けて立つ。
そしてその間にこの街は――。
はさりげなく街を見回した。
一瞬迷う。出来る事と、出来ない事を考えてしまう。
そうして瞳を伏せると緩く首を横に振り、闘技場へと向かうスタンの背中について歩きはじめたのであった。


あれよあれよと言うまに闘技場へ雪崩れ込み、スタンはコングマンの汗握る拳を相手に、
王者コングマンを応援する人間ばかりのアウェーな空気もなんのその、かなりの激戦を繰り広げていた。
それを助けている華麗な身のこなしや、避けてから攻撃に映るまでの一切の無駄を感じさせない動きは、
どちらかと言うと、三歩歩けば忘れるスタンに口やかましく指導を続けているリオンの方に成果を感じさせる。

この場に居れば、絶対に悪い気はしなかったであろう。


およそ十五分に渡る戦闘の末、何とか勝ちを取ったスタン。

血と汗握る男の対決が終われば、
そのあとは決まって友情が来るのが通例で――「なんて爽やかな野郎なんだ」「お前も、強いな」



握手を交わす二人を見る頃にはルーティの瞳は死んだ魚のようになっていた。
マリーはアイスが溶けた事で完全に心が折れているし、フィリアに至ってはイマイチ状況に追い付いていない。

唯一イレーヌだけが、場にそぐう心配そうな瞳を二人に投げかけている。
はそんな空気の中で剣に手をかけていた。首を巡らせると、闘技場のドアが弾けるように開く。
「何をやってるんだ! お前たち! 街がモンスターに襲われているぞ!!」