ドリーム小説

グレバムが隠れている大聖堂へ辿り着くのにそう時間がかからなかったのは一重にフィリアの下調べのおかげだろう。
大聖堂にかけられた封印を解き、奥の間へと進んで行くとそこには巨大なレンズと、それを仰ぎ見ていた――グレバムの姿があった。


「グレバム!」
「フィリア、か」


振り返った彼は紛れもなくレンズに魅入られし者だった。
細身の身体に纏っている殉教者の服はホツレや汚れが目立っており、その姿で神云々をと民に説き伏せる事は二度となさそうだ。
げっそりと痩せて落ちくぼんでいるはずの目だけが異様な光を放っている。

「…あれが…グレバム……」

画面を通してみている時よりずっと悲壮感の漂う男だとは思った。
彼もまた、運命の糸に絡め取られし人間のまた一人なのだと言う事を強く認識させられる。
その傍らに置かれた巨大なレンズは、美しさに目を奪う所かぞっと怖気が立つ程の輝きを放っていた。

「…神の目…」
圧倒的なスケールのレンズ。
これを手に入れる為に今までも、これからも、多くの人の血が流れて行くのである。
苦渋を呑むような顔でレンズを見ていたはふと目の端に光が見えて、視線を落とす。
暗闇の中輝いているのは腕だった。いつの間にかついているブレスレットが輝いている。

「へ?」
「アンタ、ブレスレットなんてつけてた?」
「え、いや…あれ、ホントだ」
あの時神様見習いは、この世界を生き抜く力を与える、と言っていた。
詠唱なしに晶術を使える事にレンズが関係していたのなら、このブレスレットは神の目に呼応して姿を現したのか。

(これ、この世界じゃなかなかすごい代物なんじゃ…)

呆気に取られてブレスレットを見ていると、「リオン! 危ない!」と言うスタンの鬼気迫った声が飛び込んで来た。
慌てて顔を上げたの目に映ったのはリオンと、すぐそばの闇で蠢いていたモンスター。
思わず身体が動く。
スタンとリオンの距離が縮まる重要なイベントなのだが、頭では分かっていても動く身体が止められない。は咄嗟に床を蹴った。

「リオンさま!」
さん!」

フィリアが叫んだ瞬間、身体に衝撃が走る。
届きそうだった手が空しく宙を掴んで、すぐ傍にいたはずのルーティの声が遠く聞こえた。

「スタン!」
スタンの身体が石化していく。
だんだんと石になって行くスタンが遠く見えて、ようやくは自分が動いているのだと気付いた。
「何が…!?」
動揺する合間にも距離が開いて行く。
ウルフの尻尾が眼下に見え、細い枝のような腕が腰を掴んでいる事に気付いた。おそるおそる辿って行くと、首を巡らせた先に居るグレバムに心臓が止まる。
「ちょ、離して…! スタンっ、リオンさま…! みんな…!」
抵抗しようとした腕を取られて、後ろ背にされるとグレバムが何かを唱えた。腕が動かない。
の声などお構いなしに、大聖堂を飛び出たウルフは神殿の中を駆け抜けて行く。


(ブレスレットか…!)


神様見習いもチートするのであればもうちょっと巧妙にしてくれればいいのに。
想像もしていなかった事態だがそもそもこのまま素直に連れ去られる訳にはいかない。
すぐさま頭をよぎったのは無謀ともいえる作戦だったが、時は一刻も惜しかった。はすぐに腹を決める。
幸いグレバムはが詠唱なしに晶術を使える事を知らないのだ。チャンスは一度。神殿を出て――すぐ。


(今だ――!)
「ウインドアロー!」

地面から風の刃が突きあがる。ウルフの腹をえぐった衝撃で、はグレバム共々投げ出された。
丸太のように地面を転がったはすぐさま身を起こす。この隙に危険な賭けをもう一度して、手首の縄まで斬りたかったのだが、思ったよりもグレバムとの距離が近かった。
「アイスウォール!」
「ストーンウォール!」
追いかけて来るグレバム目掛けて立て続けに晶術を唱えるが、一人じゃどうにもならない。
片手でグレバムに弾かれて、はついに縛られた腕を掴まれた。
強制的に反転させられて、悪あがきよろしく晶術を唱えようとした口を押えつけられる。
「ぐ…ッ」
「詠唱なしに晶術が使えるとはな。その腕輪の力か。ただ腕輪を取るだけにしようと思ったが、つまらんな。…腕を落とすか」
嘲笑うようなグレバムの言葉に心臓が冷えた。


なす術がない。
このまま時間を稼いでいればバルックを呼びに行くであろうリオンと鉢合わせるだろうか。僅かな期待が胸をよぎった。
こちらに来ているとしても、大聖堂にはまだモンスターがいる。まだ時間が居る。
今ですら絶対絶命のピンチに陥っているが時間を稼ぐ術などない。
自力でどうにかするしかない。

(このブレスレットを取られて、グレバムが力を付けたら…、話が変わる可能性がある)

ここはもうゲームの中の世界じゃないのだから。

何も浮かばずに気ばかりが焦る。
(ああもう! ウインドアローで腹でも突けりゃぁいいんだけど!!)
やけくそ混じりで吹っ飛ばされるグレバムを想像した時、風が動いた。
風が集まり、グレバムの腹を目掛けて吹き荒れる。
「何…!?」
不意を突かれたグレバムはウインドアローを腹で受けた。吹っ飛ばされたグレバムを見て、息を呑む。
(唱えなくても使えるんだ!?)
想像が原動力だから有りなのか。これは使えるかもしれない。
とにかく今はこのチャンスを逃す手はなかった。
腕を捕えているのが何か分からない以上、切るイメージは使えない。なら。

「ブレスレットを切る…! 壊せなくてもバラバラにすれば…!」

(神様見習いに貰ったチートの一つが使えなくなる。それから、加減が分からないからほぼ百パー怪我すると思っていい! それでも…!)


やらなきゃ、だめだ!


腹を括ったがブレスレットを切るイメージを描こうとした時、
「何をぼんやりしてるんだ! さっさと逃げろ!」
「は、はい!」
頭上からリオンの怒声が聞こえて来て、は反射的に踵を返すと駆け出した。
声がした方へ視線を持ち上げると、二階の窓枠に足をかけているリオンと目が合う。マントと黒髪が靡いていた。
「リ――!」
リオンはためらう素振りもなく窓枠を蹴った。
とグレバムの間に着地すると、砂煙が巻き上がる。
呆気に取られたが思わず首を巡らせる合間に、リオンはシャルティエを構えるとグレバムに向かって駆けた。


その一挙一動がの目にはスローモーションのように映って、心臓が早鐘のように鳴り響く。
(なんて)


なんてきれいなひとなのだろう。

その姿は涙が出る程に美しかった。









リオンとしばしの攻防戦を繰り広げたグレバムが逃げの体勢を取るのは早かった。
一瞬の間にウルフを呼び寄せると、その背に跨り、あっという間に暗闇に溶けるようにして姿が見えなくなる。

忌々しそうに睨んだリオンは追いかける素振りを見せず、を振り返った。

「立てるか?」
投げやりに聞かれて、ははいと背筋を伸ばしたが、一呼吸開けて弱弱しく首を横に振る。
「…すいません。腰が抜けてます…」
リオンに見惚れて尻もちをついた時にやらかしたらしい。
そうとは知らないリオンは呆れた目をに向けた。
「役に立たないな」
「本当に…申し訳ない」

何を言われても仕方ないとは思った。 ことごとく役には立たない挙句グレバムの手に落ちるなんて…。

――…腕を落とすか

思い出して背筋が泡立った。身を絡め取ろうとする恐怖を振り切るようには声を上げる。
「申し訳ありませんがわたしはここから動けそうにありません。リオンさまは早く…」


神殿の外が騒がしくなる。
松明の火が何個も見えたかと思うと、夜闇の中で明るく灯るバルックの顔が見えた。
「やあリオン。状況はどうだ?」
「大聖堂で一人石化している、解いてやってくれるか。
それからまだモンスターが何匹か残っていると思う。それも頼む」
「ああ、もちろん」

男たちが神殿の中へ突入していく。 バルックも神殿の中に入って行くのを見送って、はリオンを見上げた。
「あの…」

行かなくていいんですか?

そう訊こうとした折、リオンがの横に腰を下ろしたので、びっくりして肩を揺らす。
リオンはシャルティエでの拘束を解くと、ふんと鼻を鳴らした。
「え、あの、リオンさま…」
「リオンでいい」
「え!?」
「行ける所までが短いんだ」
「…は?」
「僕が追いかけてやる筋合いはない。着いて来るなら、ちゃんとついて来い」

立て続けに言われて、はようやくマリアンとの会話に結び付く。ギョッと目を見開いたは声を震わせた。
「まさか…えっと…あー…マジですか…」

眩暈を感じる。
道中感じた違和感はが沈没船で役立たなかったからではなく、話を聞かれていたからなのだと合点がいった。
は両手で顔を覆うと、消え入りそうな声を上げる。
「偉そうな事を言った挙句、足を引っ張ってすみませんでした…」
「全くだ」
二の句が継げなくなる。
が黙り込んでいると、リオンは少し間を開けたのち、零すように呟いた。

「仕方ないから、待ってやる」
「…へ?」
「さっさと立て。スタンたちと合流したらグレバムを追いかけるぞ。ぼくの…」
一度口を噤んで、リオンは緩めるように唇を解いた。
「ぼくたちの本気を、あいつに見せてやる」
その横顔があまりに穏やかで。
目を奪われたは瞳を揺らした。


「何だ?」
「あ、いえ。今ので立てそうだなぁと思って」
笑って、足に力を入れる。
そのまま颯爽と立ち上がれれば恰好ついたのに、身体は思うようには動いてくれず、は顔から砂に突っ込んだ。
「むぐ」
「………」
「…………」
「……………ふ」

坊 ち ゃ ん が 笑 っ た。

見たい! 見たいのに身体が動かない! 恨めしい!
ギリギリと歯を食いしばっていると、後ろからルーティの声が聞こえて来る。
「…どういう恰好? それ」
「…助けて欲しい恰好です」
仕方なく言うと、ルーティが笑った。
そうしての前まで来た彼女は手を伸ばす。リオンに首の動きで反対の腕を示した。
「ホラ、そっち持ちなさいよ」
「何で僕が」
「男でしょ。ちょっとスタン! いつまでボサッとしてんの、さっさと来てを抱える!」
「どーしたんだ!? !」
「腰が…抜けて…」

「行くわよ、せーの!」