ドリーム小説
チェリクは暑い。
そして画面越しに見ていた以上に感じが悪い。
特にフィリアを見る時の刺すような視線に反応しているとキリが無いのだが、わざわざ首を巡らせてまで睨んで来る男を見据え返していると、リオンが静かな声を上げた。
「放っておけ」
「だってリオン様、ムカつきません?」
「…イチイチ腹を立てる方が疲れる」
相変わらず大人と言うか、ドライと言うか…。妙な所で年相応な癖に。
淡々と返すリオンに、
「まぁそれもそうなんですけどねぇ」
しみじみと言って、は口先をへの字にひん曲げた。
「ああいう人見てると、たまにどこ見てるんだろうなあって思うんですよねぇ」
「どこを見ている、ですか?」
ぽろりと零れた独り言を拾い上げたフィリアに、は慌てて首を横に振る。
「あ、いえ…何と言うか、神官様に言うにはちょっと…」
あれなんですけれど。
は言葉尻を濁した。
濁した所で今更言った言葉が戻って来る訳でも無くて、引っ込みがつかなくなった言葉の続きを探しながら、は肩を竦める。
「色んな事があるじゃないですか。悲しい事も、苦しい事も、傷ついた事も、楽しい事も、優しい事も。
そう言うのって、わたしだけのものだと思うんです。誰にも有りのままの気持ちは分からない。わたしにしか分からない。
悲しいねって言われて、悲しいなって思っても…多分、ちょっとづつ違うんです。
悲しいねって言われて、これが悲しいんだって思ったら、それはもう悲しいねって言った人の価値観になっちゃうんです。そうなってくるとだんだん焦点が合わなくなって、苦しくなって、何を信じていいか分からなくなる。
だから、いつでも焦点は自分に合わせていないといけないんです。強さも弱さも人それぞれで、そうあるべきですから、信じるべくは自分の中にしかないはずです。きっと」
の視線は自然とリオンへと流れた。
聞いているのかいないのか知れないリオンの背中を見て、目を落とす。
「わたしは…そうやって信じて生きた人に憧れて…ここに居ますから」
「そーそ。信じる物なんて何だって良いのよ」
あっけらかんと言うルーティに、は人差し指と親指で円を作った。ニヤリと笑う。
「これでも?」
「これでも、ね。ああいう顔して歩いている奴らより、よっぽど健全でしょ」
「確かに」
ニヤニヤと笑い合っていると、呆れた声音のリオンが横槍を入れた。
「いつまでくだらない話をしているんだ。お前たちは――着いたぞ」
バルックはめぼしい情報を持っておらず、神官たちが大荷物を首都カルバレイスに運び込む所を見ていた人が居ると言う情報をリオンが仕入れて来た。
カルバレイスと言えば、ストレイライズ神殿があるとフィリアが言い、神の目の在り処に目星を付けた一同はチェリクの街を出る。
街を出て数歩ほど歩いた時、ふと思いついたようにスタンが口を開いた。
「――でも、町の人達は知っていた情報が、どうして調べてくれていたはずのバルックさんまで行ってなかったんだろう?」
リオンは応えなかった。
純粋なスタンにはどことなく教えたくないような気もする。
もまた口に出すのを憚れていると、ルーティはなんてことないように応えた。
「何をしてくれようが、所詮よそ者はよそ者って事でしょ」
「そういうものかなぁ?」
ひよこ頭を掻くようにして小首を傾げるスタン。
スタンは理解出来ない方が救われる気がする。
が内心そう思っている事を知る由もないスタンが難しい顔をして腕を組む傍らで、ルーティとリオンが皮肉気に笑った。
「世の中は金でしか動かないって事よ」
「金を出せば買えるんだ。揃って口を閉じられるより楽でいいじゃないか」
その笑い方がとても良く似ている事に気付いたのなんてきっとだけ。
だけだろうけれど、なんだか温かいような寂しいようなこの感情は誰にも伝えようがなくて、蓋をするように瞳を伏せた。
◇
カルビオラに着くとすぐ、
フィリアが殉教者の振りをして、ストレイライズ神殿に一足先に潜り込む事となった。
夜になれば、裏口の鍵を開けておいてくれると言う。
それまで他のメンバーは、アイテムやフードサックの補給。
それが終わると、時間まで宿屋で休息がてら時間を潰す事となった。
ここに来てはいつになく気持ちが塞ぎこんでいた。夜の教会、いかにも何か出て来そうな雰囲気である。
行きたくないなあなんて思っていたらかえって時間と言うのは早く経つもので、あっと言う間にフィリアとの待ち合わせ時間になり、は今恐怖に震えていた。
「、どうした?」
「いや…マリーさん、差し支えなかったら先にどうぞ…」
闇が落ちた教会を、フィリアが持つ松明の灯りだけを頼りに歩いていく。
かろうじて進行方向は分かるものの、足元はおぼつかず、おまけに怯えているは圧倒的に遅れていた。
最初こそ先頭近くを歩いていたものの、巡り巡ってマリーと入れ替わればもう最後尾だ。
「…最後尾…」
それはそれで怖い。
「もしかして恐いのか?」
絶望を前にしたようなを見て、マリーが訊ねて来る。
力なく頷くと軽快に笑い飛ばされた。
「それで、先ほどの戦闘も動かなかったんだな!」
「ホントもう…役立たずで申し訳ない…」
そんなクイズに正解したような満面の笑みで言われると余計堪える。
はうう、と情けない声を上げた。
前回の沈没船と言い、やる気は空回っている。
全く持って力になれていない現状に情けなさが募っていると、マリーが手を差し伸べて来た。理解が追い付かず、はマリーの顔を見上げる。
「手を繋いでいれば、怖くないだろう?」
「い、いいんですか? でも戦闘になったら…」
「戦闘が終わればまた繋げばいい。よほどピンチにならない限り、繋いでいてもいいかもしれない」
茶目っ気たっぷりに笑うマリー。
はきゅんと射られた心臓を両手で押さえた。
「マリーさん…!」
おっかなびっくりその手を掴むと、斧を振り回すマリーの手は剣を持ってまだ幾ばくかのより大きくて節くれも多かった。
同じ女の人なのに――強い女の人の手だとは思う。
「マリーさんの手、かっこいいです」
「そうか?」
「はい。マリーさんの記憶がなくても…身体は全部覚えてるんですね、きっと」
の言葉にマリーはいまいちよく分からない素振りで首を傾げた。
「――そうなのか?」
「はい。だから、すぐには思い出せなくても…。きっといつか絶対、思い出せますよ」
「…そうだと、いいな」
マリーが緩やかに笑む。
は一層握る手の力を込めると、瞳を伏せるようにして微笑んだ。
その時まで、どうかこのまま…もう少し…。