ドリーム小説


ダリルシェイドに着くと、
船の調達を王に願い出る為に一度ヒューゴ邸に戻るとリオンは言う。

取り立てて何か指示を受けた訳でもなかったので、
スタン達と一緒にぼうっと港で待っていても良かったのだが、
戦闘では未だに足手まといの分部下らしい事の一つでもしようと、はリオンの後に続いた。

ついて来ている事に気付いているであろうリオンも取り立てて何も言わないので、是と言う事なのだろう。

一つの会話もなくヒューゴ邸に辿り着くと、
「――くん、だったね。
君の部屋をマリアンに用意させている。リオンに話を聞く間、部屋を案内してもらうといい」
そう言われて、結局は階段を昇って行くリオンとヒューゴの背中を見送る事となった。
何を考えているか知れないヒューゴ。
あからさまに不快感を顔に出しているリオン。

どう贔屓目に見ても、親子が話す場を今から作るとは思えない。
(まあ、仲睦まじい夫婦とか、仲睦まじい親子の方が世の中天然記念物だと思うけどね)
ならば上司と部下かと聞かれると、それもしっくりとは来なかった。
あくまでリオンの手柄は親であるヒューゴの功績。これは親子関係でしか成立しない不条理だ。

そんな重圧をリオンは全て――マリアンといる為の方法にすり替えている。


屋敷を歩いていると、そう時間を掛けずにマリアンは見つかった。
艶やかな黒髪を靡かせて首を巡らせた彼女は穏やかに笑う。
様。おかえりなさいませ。ヒューゴ様よりお部屋をご案内するよう仰せつかっておりますよ」
「あり…がとうございます」

ふくよかな唇。
真っ直ぐに切りそろえられた髪の下にある、大きな眼。
質素なメイド服すら、彼女の美しさを際立たせる道具のようなものに見えた。

何だか引け目が半端じゃない。
スッと背筋を伸ばして歩くマリアンの後ろを、気後れからつい小さくなって歩いた。

の部屋は、マリアンら使用人が住む離れの一室である。
使用人が使うとはいえそこはやはりさすが天下のオベロン社。一般家庭よりも十分に豪華だ。ベッドの刺繍が煌びやかで目に痛い。
住み込みで働いているのはマリアンやレンブラントをはじめとする数人らしく、食堂はヒューゴやリオンが食事している時間以外での共用なのだと言う事も習った。
ヒューゴの書斎は呼ばれぬ限り絶対に立ち入り禁止らしいが、呼ばれても遠慮したいものだと思う。

一通り説明を受けて食堂へ戻って来ると、は時計を見上げた。
そろそろリオンとヒューゴの話も終わる頃か。その後リオンはマリアンに会いに来るだろうし、お暇してスタン達と合流しておいた方がいいだろう。
マリアンへの挨拶もそこそこに食堂を出ようとした
後ろ背を呼び止められて踵を返すと、目があったマリアンは困ったような顔をした。
様」
戸惑うように少し逸れる。
「リオン様は、あの…」
口にするかしまいか迷っている様子のマリアンを見て、何となく察した言葉を紡いだ。
「元気ですよ」
「そう、ですか」
「まあツンケンは通常スキルですが。…心配しなくてもすぐ馴染みますよ。ホラ、子どもって順応性が高い所が長所じゃないですかぁ」
歳を取ると共に、頭では理解しても馴染むまでに時間が居るようになる。二の足が得意になる。
茶化した口調で言うと、マリアンは息を吐くように笑った。
「そうですね」

それにしても、とはマリアンを伺い見た。
初版のディスティニーではマリアンはヒューゴを思う一心で、まるでリオンを顧みなかったと聞く。
がプレイしたのはリメイク版だったから、リオンとマリアンの関係に救いはあった方だけれど…。
有り難くもこの世界は、がプレイした世界に近いらしい。
その事に少し安堵を覚えたは胸をなでおろした。すると、どうしてだかマリアンも同じように胸を撫でる。

様が…ついていて下さるなら安心です」
ぽつりと零すようなマリアンの言葉に、は面を食らったように瞬いた。いやいやいや、と大きく首を横に振る。
「わたしなんて足を引っ張ってばかりで、全然駄目ですよ。それに…リオンがついていて欲しいのはマリアンさんですから、他は足元にも及びませんよ、きっと」
「…」
マリアンの瞳が大きく開く。
マリアンとリオンの微妙な距離感を入ってばかりの女があけすけに言うのは怪しいのだろうが、がマリアンに会う機会なんてもうないかも知れない。
そう思いつつマリアンを見たは内心しみじみ思った。

それこそ昔は、言いたい事が腐るほどあった気がする。

だけど、今は。
リオンと同じようにマリアンはここで生きていて、
リオンがマリアンを愛していたように、マリアンもヒューゴを愛していたのだと思える。
すると目の前に立つマリアンを尊敬できるような気もした。
何に変えても構わない程、愛せるのもまた強さだ。

マリアンが美しく見えるのは、もちろん彼女の美貌もさることながら――そう言う滲み出る恋の強さみたいなものが眩しすぎてしまうのかも知れない。


「だから、わたしに出来る事なんて…本当に望まれなくても着いて行く事…くらいなんですけれど」

はここに来てようやく背筋を伸ばした。
向き合うマリアンに見合うよう、しっかり地を踏みしめて立つ。
そうして伸ばしたの手を見て、マリアンは瞬いた。

「行ける所までわたしはリオン様についていって、出来る事で…リオン様をお守りする事を約束します」
の意図を汲んだマリアンの手がそろりと動く。
恐る恐ると伸びて来た腕。まるで腫物に触れるような彼女の指先は想像以上に温かくて、なんだか笑えてしまった。

その手をしっかり握って、は願う。
「何とか出来るよう、頑張りましょ」

口にする事は止めてしまったけれど、どうしても願わずにはいられない思いを。


どうかリオンの思いが、少しでも彼女の心に響きますように。彼の思いが少しでも多く報われますように。