ドリーム小説
「本当に悪かった! ごめん!」
「いえいえ、スタンさん。だいじょうぶです。
ただもうちょっとだけ…後ろを気にしていただけると助かります」
「分かった!」
「そんな言い方じゃ絶対すぐに忘れるわよ、その鳥頭は」
「…突っ走ったのはルーティも一緒だぞ?」
「分かってるわよ、マリー! 気を付けるわ。……悪かったわよ」
珍しく殊勝に謝るルーティに、は弱弱しく首を横に振った。
「いえ。本当にもういいんです…ただ……」
「ただ?」
「リオンさまに抱きとめられるなど…畏れ多く」
と、言うか、後がめっちゃ怖い。
が言いたい意味がみなまで言わずとも分かったルーティは、
黙々と大聖堂へ向かって歩いて行く小柄な後ろ姿を見ながら、「ああー」と何とも言えない相槌を打ったのだった。
◇
「グレバムさま…っ! それを…神の目を持ち出してはいけませんわ…ッ」
パナシーアボトルで石化が解けたフィリアは、
悲壮な顔でそう叫ぶと、前につんのめるようにして倒れかけた。
傍に立っていたスタンが慌てて手を伸ばしてその細い腰を掴むと、若草色のふんわりとした三つ編みが宙を舞う。
「フィリア、落ち着きなさい。何があったのです?」
「アイルツ司教様!? どうして…」
瞬いたフィリアは、支えているスタン、マリー、ルーティ、リオン、へと順に目を向けると、
自身が置かれている状況が分からなくなったように二三度瞬いた。
「これは一体…?」
「いいから、フィリア。状況を説明しなさい」
アイルツに催促されて、フィリアはつい今しがたの話をするような口調で、一か月前の出来事を話した。
グレバムの下で古典研究をしていたこと。
モンスターが襲って来たこと。
グレバムに、大聖堂の封印を解くように言われたこと。
そこにあるのが神の目で、まさか実在しているなどとは思いもしなかったフィリアは、
まんまとグレバムの思惑道理に大聖堂の封印を解いてしまった事。
それに気付いた時にはすでに遅く、神の目を持ち出すグレバムを止めようとして、モンスターに石化されたらしい。
一連の経緯を聞いて、頭を抱えたのはアイルツとリオンだった。
「――この付近で、神の目を運ぶ程の船が運航できるとしたら…ダリルシェイドしかない」
つまりはみすみす行き違えたと言う事だ。
口惜しそうに壁を殴るリオンの横で、は静かに瞳を伏せる。
こんな事で、
こんなはじめで、
言えない事に罪悪感を覚えてしまえば――この先はきっと耐え切れなくなる。
ぎゅっと拳を握ると、
罪悪感を胸の内に押しやり、蓋をするようにして眼を開けた。
「すぐにダリルシェイドに戻るぞ」
踵を返したリオンの背を追うように、フィリアが声をあげる。
「あのう! 私も連れて行っていただけませんでしょうか!」
「足手まといだ」
間髪入れずに返されて、いきり立ったのはスタンだ。
「リオン! 言い方ってものがあるだろう!」
言われた本人よりスタンの方が不服そうなのは、彼が持っている素直な優しさの性なのだろう。
「いいのです。えっと…」
「俺はスタン。スタン=エルロンだ」
「スタンさん、ですね。でも、確かにおっしゃる通りなのです。
ですが……元はと言えば、封印を解いてしまったわたしの責任。
なんとしてでも大司教様を…いえ、グレバムを止めなければ」
フィリアの意志は、その深い緑色の瞳を燃やすようにしていた。
横眼で事の成り行きを見ていたルーティは、腕を頭の後ろで組むと、茶々を入れるように口を開く。
「場合によっちゃあ、グレバムを殺す事になるわよ?」
「……仕方ないかと…」
眉をひそめたフィリアは、殉教者の白服と相まって、儚く――そして水彩画のように繊細で、健気に見えた。
傍らのスタンは目を奪われているようにも見える。これが庇護欲と言うものか、とは唸った。
まあ、ルーティ、マリー、と共に健気のけの字も知らないような面子ばかりである。
フィリアの登場は、男性陣からしてみるとさしずめ花か潤いか。
なんにせよ…、と、は目を細めた。
神職者にはもったいない程の巨乳だ。
スタイルで言えばルーティが天下一品だし、胸に関してはマリーも充分大きい。
だけど服の上からでも分かるふくらみに、
不釣り合いな殉教者の白服…これで萌えねば男が廃る。
本当にこの世界、不公平。
一方、の僻み根性など知る由もないルーティは「ふぅん」と相槌を打つと、
「そ。じゃあ一緒に行きましょ」
軽く了承した。
これに異を唱えるのはもちろんリオンだ。
「おい! 罪人が勝手に決めるな!」
「いいじゃない。実際そのグレバムって奴の顔を知ってるのはこの子だけなんでしょ?
行き違いところかすれ違って見逃しでもした時には、洒落にもなんないわよ」
ルーティの言葉は十分に説得力がある。
結局フィリアの動向を渋々とはいえ認めざる得なくなったリオンは、
これ以上の立ち話は無駄だと言わんばかりに、大股で歩き出した。
小さな背中は不機嫌そうだ。
その後を追おうと足を踏み出しかけただったが、
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げるフィリアに、釣られて腰を折る。
目が合うと、丸眼鏡の奥にある大きな瞳がやさし気に弧を描くのを見て、
が先ほど抱いたちっぽけな僻み根性は途端にかき消されていくのを感じた。
悔い改めよう。
がうっかり気を取られていると、
「何をしてる! さっさと来い、!」
と、リオンの怒声が響いた。
「ぅえ!?」
これにはどんなにフィリアに見惚れていようと、正気に引き戻すだけの破壊力がある。
驚いたはびくりと肩を揺らすと、弾けるようにして後方を振り返る――確かにリオンはを見ていた。
どうやら呼ばれたのは夢でも幻聴でも聞き間違いでもないらしい。
口をぱくぱくさせていると、
雷が落ちるようにしてもう一度名前を呼ばれて、は打たれたように背筋を伸ばした。
「!」
「は、はい! すぐ行きます、今行きます…!」
転がるようにしてがリオンの後を追いかけていく。
その姿を見ていたルーティは同情するような態で、ふ、と息をつくよう笑った。
「確かに高くついた代償かもね」
「ん? 何か言ったか? ルーティ」
「いーえ。あたしはゴメンだなって話よ。まったくこのティアラ…いつになったら取ってくれるのかしら」